死神
番組は俺たちのニュースから、天気予報に変わった。
今日の天気をつまらなそうに観ているジジイに聞いた。
「署長の記者会見は夜の七時だったな。その前にナマナマララゲの事を、署長に説明しに行くんだろ。ジジイ、あんたちゃんと説明できんのか?」
ジジイは眠たげな目をこちらに向けると、意味深にニヤリと笑う。
「だからさっき言っただろ。死神が来るってよ。地毛ちゃんには奴から説明させるよ」
「死神って、なんでそんな奴が説明するんだ?」
呆れて言い返した時、
プゥィ~ン ポォゥォ~ン
例の間抜けなチャイムが鳴った。
「おっ、来たんじゃねえか」ジジイは首を伸ばして玄関の方を見ると、
「ほら、早く出迎えてやれよ」
嬉しそうな顔を俺に向ける。
「なんかやだな。死神だろ……」
渋々立ち上がり、トボトボと玄関に向かった。
プゥィ~ン ポォゥォ~ン
「はいはい」と言いながら、恐る恐る玄関のドアを開けた。
「どちらさん」
目の前に、黒のアタッシュケースを持った男が立っている。髪をきっちり七三に分け、紺のスーツに赤いネクタイをつけた、見るからに爽やかなセールスマンが立っている。背が高くなかなかの男前だ。
「おはようございます」
セールスマンは歯切れ良く挨拶すると、折り目正しくピチッと頭を下げた。
実に爽やかなセールスマンである。しかし、いくら爽やかでも、朝っぱらからセールスの相手などしていられない。
「申し訳ないけど、セールスお断りなんで。ご苦労様でした」
丁重にお断りの弁を述べて、ドアを閉めようとノブを引こうとしたが、
「お~う、ピッチョン。早く入れ」
ジジイが俺の後から、「こいこい」と手招きをした。
ピッチョンとヘンテコな名前を呼ばれたセールスマンは、
「大神様、おはようございます」
先ほどよりも深々と頭を下げた。そして姿勢を正すと、「失礼します」と言いながら、キッパリと玄関に入ってくる。
テキパキと靴を脱ぎ、キッチリカッチリ靴を揃えると、シュパッと反転させてつま先をドア側にピッチリ向けた。見事なまでに小気味が良い。
セールスマンはジジイに促されて、スタスタとリビングに向かった。
ジジイはソファーの上で胡坐をかくと、ビシッと正座しているセールスマンに向かい偉そうにアゴをしゃくった。
「ジャック、こいつが死神だ」
死神とはかなりかけ離れたイメージのセールスマンは、膝に両手を揃えてスパッと俊敏にお辞儀をした。
「はじめまして、死神のギュランジャジューム・ジュブリナッキュ・フェレメンピッチョン・十四世です」
「はっ?」
呪文のような名前を早口で言われても、まったく覚えられない。
「ギュギュ……ギュラララ、ジュブブブ、フェレレレ十四世ですか?」
「いや違います。ギュランジャジューム・ジュブリナッキュ・フェレメンピッチョン・十四世です」
「ギュランジュブブブ……十四世……」
腕を組んで首を捻っていると、ジジイの嫌みったらしい笑い声が響く。
「ケッケッケッ、そんな長ったらしい名前を無理に覚えなくてもいいぜ。頭の悪いおめえじゃ、百回聞いても覚えられねえよ。賢いおいらだって未だに名前を全部言えねえしな。こいつの名前はピッチョンで十分だ。なあピッチョン」
死神はコクリとうなずくと、爽やかな笑顔を俺に向けた。
「はい。みなさんからピッチョンと呼ばれています。ジャックさんもそう呼んでください」
死神なのにサラリーマンのような風貌をして、下町の鼻を垂らした頭の弱いクソガキがつけたような、なんともすっとぼけたあだ名。
そして、人間よりも確実にサルに近いジジイの大神。
それに、地獄から来た魂がナマコとクラゲを合わした、ナマナマララゲの情けない姿。
なんとも、緊張感の欠片もないのが天上界らしい。実に呆れる。
ブッ!
と寝室から聞こえる由美子の豪快な屁。
切ないくらいに人間界も、実に呆れてしまう……。




