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桃色娘

 さんざん笑い散らかしたので、いい加減疲れてしまった。

 ジジイは虚ろな目でソファーに座り、いつお迎えに来てもいい状態になっている。俺も両足を投げ出してソファーに座り、大あくびをかまして脱力の人になっている。

 後処理に駆けずり回っていた飛田が、額の汗をふきふき出っ歯をテカテカしながら近づいて来ると、

「奴らも派手に壊してくれたもんですな。爆風で天井まで穴が開いている」

 天井を見上げながら、だれまくる俺の隣に座った。

「銀行を襲うだけなら、なにもダイナマイトを使わなくてもいいのに」

 全くもって困ってしまいますな、的な警察官顔と、飛び出てしまったもんはしょうがないでしょ、的なキラリンチョの歯を、俺とジジイに交互に向ける。ジジイは目クソだらけの虚ろな目をしょぼしょぼ擦ると、面倒くさそうに口を開いた。

「これからてえへんだな警察も。やつらみたいなバカタレがいっぺえ出てくんぞ。忙しくなるから覚悟すんだな」

「いっぱい出てくる? ホールさん、それはどう言う意味です?」

 首を傾げる飛田に向かって、ジジイはビニール袋を放り投げた。

「ほりゃ、これ見てみな」

 飛田はビニール袋を両手でキャッチすると、結び目を解き中を覗きこむ。

「へっ? なんですかこれは? ナマコがクラゲになって、ますますだらしなくなったような感じですな。新種のナマコですかね? ナマナマララゲ、ってそんな生き物かな?」

 ナマナマララゲとは、また奇妙なネーミングをつけるもんだ。そんなややこしくしなくても、ナマクラゲにすればいいじゃねえか。それかナクラゲとか、ちょっと捻ってもナミャクニャゲがいいとこだろ。それをナマナマララゲとは、飛田のセンスはどこに置き去りにされたのやら。

「おーっ、いいね飛田ちゃん。ナマナマララゲ、いいじゃねえかよ。おめえもかっちょいい名前をつけるもんだな。歯だけだと思っていたが、キラリと光るセンスと飛び抜け具合は、その出っ歯にも勝るとも劣らねえぞ。てえしたもんだ」

 なぜかジジイは、目をランランと輝かせて感心している。飛田もなぜか顔を赤らめて、「いやいやどうも」と満更でもない顔をしている。おまけに、人差指で出っ歯をしごいたりもしている。

「でっ、ホールさん、このナマナマララゲがどうしたのですか? 酢の物にでもして食べるのですかな。でしたら、わたしもご相伴にあやかりたいものですな。わたしはナマコにもクラゲにも目がないのですよ。日本酒でキュ~ッとやりたいもんですな。むふふ」

「おっ、飛田ちゃんもいける口だな。でもよ、お猪口で飲んだ日にゃ、その出っ歯が邪魔して上手く飲めねえだろ。かっかっかっかっ」

「心配ご無用ですよ。横ちょにずらして飲みますからね。キュ~ッといっちゃいますから、わたしの場合。むふ、むふふっ」

「そいつはいいや。その奇妙な飲み方をぜひ見てえもんだ。さっそくこれから飲みに行こうぜ、飛田ちゃん。かっかっかっ」

「行っちゃいますか。このナマナマララゲ二匹を肴にして、キューッとやっちゃいますか。むふ、むふふふふっ」

 飛田とジジイは、嬉しさいっぱいヨダレいっぱいの顔で、ビニール袋の中を覗き込んでいる。

「そんなの食うと腹こわすぞ」

 俺が呆れて言うと、二人は同時に顔を上げた。気分は居酒屋にすっ飛んでいるのか、目はトロンとして口はだらしなく開けっぱなしだ。

「二人ともヨダレ拭け。ホールは、そのナマナマララゲの説明を飛田さんにしろよ」

「おっ、そうだったな」

 ジジイは口元のよだれを、小汚い手でジュルジュル音を立てて拭き取ると、真面目くさった顔で飛田に向き直った。

「そこのナマナマララゲちゃんは、地球の外から来た奴なのさ。その奴らが、でっかいのとフグにとり憑いて悪さしたってゆうわけよ。どうでぇ、驚いたかい、デルデルデッパちゃん」

 デルデルデッパちゃんと改名された飛田は、自慢の出っ歯を剥き出しにして怪訝な顔をしている。

「はっ? ナマナマララゲが地球の外から来た? 言ってることが私にはわからないのですが……」

 眉間にしわを寄せて首を捻る飛田の胸元から、突然のんきなメロディーが流れた。

 ペッパ~警部、邪魔をし~ないでぇ~え~、ペッパ~警部、私たちこれから、いいところぉ~――

 桃色娘の代表作『ペッパー警部』の軽やかなリズムを聞きながら、飛田はジャケットの内ポケットから携帯電話を取り出した。この曲の振り付けなのか、腰をクネクネさせながら二つ折りの携帯を開くと、

「はいは~い、飛田~」

 調子よくリズムに乗り、軽やかに返事をした。が、通話の相手の声を聞いて、すぐに直立不動のビシッと体勢になると、ペッパー警部というよりも、デッパー部長の苦悩といった感じで声を落として返答した。

「は、はい、わかりました。も、申し訳ございません。すぐに戻ります……」

 デルデルデッパー部長は携帯を切ると、刑事部長といっても管理職は辛いよ、と悲しき中間管理職五十五歳の憂いある顔つきで、俺たちに向かい寂しそうに呟いた。

「署長がジャックさんとホールさんを連れて、早く戻って来いと言ってます。さあ、戻りましょう……」

 飛田は出口に向かいきびすを返すと、「俺だって後処理で忙しいんだよ。勝手なことばっかり言いやがって。チャンスがあったらカツラを頭皮に縫い付けてやる。ケッケッケ~」独り言を呟き不気味な笑い声を響かせ、殺気のみなぎる肩を小刻みに揺らすし歩いて行く。

 ジジイは鼻毛をむしりながらナマナマララゲの入ったビニール袋をかかげると、飛田の薄気味悪い後ろ姿に声をかけた。

「おい、ナマナマララゲの説明を聞かなくてもいいのか?」

 飛田はピタッと立ち止まり、ゆっくり顔だけを振り向かせた。

「いいんです。私はどうせ使われている身ですから。大事な話は署長に話してください。どうせ私なんか、私なんか……」

 うるうると涙をためて、ホワイトニングされた前歯で唇を噛みしめると、

「キーッ!」

 ヒステリックな年増女のように叫びながら、出口に向かい内股で駆けて行った。

 鼻毛をむしるジジイは鼻の穴に指を突っ込みながら、鼻毛よりも遥かにしょぼい顔を俺に向けた。

「ありゃどうしたんだ?」

「中間管理職の苦悩と、もしかしたら、男の更年期もあるかもしれんな」

「ほぉ~っ、デルデルデッパもいろいろとてえへんなんだな。プッ」

 ジジイは摘んだ鼻毛をふっ飛ばすと、いやらしい顔でニンマリ笑った。

「おいジャック、おいらたちも行こうぜ。表にはヒーローを待ってるギャラリーが、ごちゃまんといるぜ。クックックッ」

「おっ、そうだった。ヒーローインタビューに向かって、レッツラゴーじゃ!」

 俺とジジイは瓦礫の中に埋もれていたサングラスをビシッと装着し、軽やかな足取りで夢と希望の出口へと駆け出した。

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