悪の侵略者
ジジイのすっとこどっこい加減に、さぞかしだいちゃんも呆れているだろう、と見てみれば、
「あ、あんた、大神なのか……」
ビックリした顔で、二、三歩ヨロヨロよろめいている。おまけにデコに手を当て、なんてこったのオーバーリアクションでバシッと決めている。
デコに手を当てよろめく大男。その向こうでは、「棺桶が間に合わないのよ。その辺に寝かしちまえ」と葬儀屋に指示され、とりあえずカウンターに寝かされたようなジジイが、頭をガクリとさせ鼻を垂らして気絶している。
本来なら、地球の平和を脅かす悪の侵略者と、それに立ち向かう大神様との一騎打ち、といった緊迫感ある白熱したシーンのはずなのに。まったく緊迫感もなく、白熱もしていない。
よろめく大男。鼻水垂らして寝てるジジイ。それを事務机の上で呆れて見ている、運動不足のヒーロー。実に緩やかな、和やかな雰囲気である。
『ジャックさ~ん。我々は今シャッターの前でぇ~す。すぐに突入しますので、よろしくぅ~。聞こえちゃいないかな? さあ、ボチボチ行こうかね』
俺に聞こえていないと思っているので、飛田の声も緊張感もなく、ますます緩やかで和やかな感じになってしまった。しかし、ボチボチ来られても困ってしまう。俺はいいが、ジジイと警察官の皆様は吹っ飛ばされてしまうぞ。
さて、どうするもんかと考えていると、まだだいちゃんはしつこくヨロヨロとよろめいている。
うん? あっ、そうであった。これはいわゆる絶好のチャンスではないか。ジジイがずっこけてまで勝ち取った、絶好のチャンスではないか。
俺はなにをボーとしていたのだ。ジジイのバカさ加減に、なにを見とれてしまっていたのだ。
良し! ミラクルジャックいざ参るぞ。敵は二メートル前方。狙うはどたまのナマコちゃん。
デコに手を当て、天井を見上げてよろめくだいちゃん目掛けて、
「とりゃ!」事務机の上で華麗なるジャンプ。
「うん?」
だいちゃんが華麗なるジャンプに気づき、マヌケ面をこちらに向けた。しかし、時すでに遅しなのだよ。俺の右手はだいちゃんの頭にあと少し。
スカ!
なんの抵抗もなく、右手はだいちゃんの頭をすり抜ける。実に見事なスカだ。
全て順調の時は、着地も見事にやってのけてしまうのだ。
着地と同時に髪がファサっと前になびき、右ひざを床に着け、左ひざは立てたまま腰を落とす。決まった。これまた華麗に決めた見事な着地だ。
もったいぶって顔なんか上げない。俯いたまま目をつぶり、「フフフッ」などと微笑などしたりする。
余裕をかまし肩越しに後ろを振り返ると、だいちゃんはデコに手を当てたまま、前後左右にゆっくりと揺れている。だが、段々と揺れが大きくなり、ユラユラと後ろに倒れる。哀れだいちゃん、直立したまま後ろに引っくり返った。
ビタン! ゴン!
体だけでは飽き足らず、後頭部で重低音まで響かせるとは、だいちゃんも憎い演出をする。おまけに白目まで剥いて、きっちりと悪党の最後をかもし出していた。
俺の右手には半透明のナマコちゃんが、気だるい人妻三十七歳という感じで、ウネウネと動いてる。
「よっしゃ! 二匹目ゲットだぜ!」
おなじみの決めゼリフを高らかに告げ、ナマコちゃんを頭上高くかかげた時、
「ヒャ~ック……ヒャ~ックよ~……コホコホ」
肥溜めに落っこちた奴が、助けを呼ぶような声がする。紛れも無くジジイの声だ。二度も速攻で蘇生するとは、なかなかタフガイな野郎だ。ハリウッドからオファーがくるかもしれんな。
「どうだ、ホール。ナマコをゲットしたぜ」
ジジイの鼻先に、掴んだナマコと突きつけた。
「お~……コホコホ」
ジジイは咳き込みながら、右肘を支えに上体を起こす。
「コホコホ、良くやったな……ゴホゴホ……。てえしたもんだぜ……ゴホゴホ……コホ」
おとっつあん、お粥が出来たわよ、のセリフがビタッと決まってしまうくらい、ジジイはヘロヘロに弱っている。百姓のジジイ役で、水戸黄門からオファーがくるかもしれん。
「大丈夫かホール? 怪我人だったのに、いつの間に病人になったんだ?」
「煙がへんな所に入っちまった。コホコホ、なぁ~に、ゴホゴホ、しんぺいすんな……ゴホゴホ。少し休みゃこんなもん……ゴホゴホ……すぐに治る……ぜ」
カクン、と支えの右肘が外れると、ゴン! といい音と共に頭をカウンターに打ち付け、白目を剥いて引っくり返った。
「おとっつあん!」
ノリでつい、百姓の娘役を演じてしまった。




