木偶の坊
すぐ二メートルくらい前にだいちゃんがいる。こりゃいいわい。目線がだいちゃんと一緒だと、背が高くなったようで気持ち良い。
「やっと出てきやがったな」
だいちゃんは相変わらず険しい表情だ。そんなことに臆することもなく、俺も相変わらずズイッと胸を反らす。
「待たせたな。ほら、返してやるぜ。何度でも爆破させるがいい。ブゥワハハハハ~」
先ほど火を消したダイナマイトを、だいちゃんの足下に投げつけた。だいちゃんは怪訝な顔で拾い上げると、首を傾げて俺を見つめた。
「なんでお前は銃で撃たれても、ダイナマイトの爆発でも平気でいられんだ? 人間じゃねえのか?」
「俺か? 俺は無敵だからよ。お前たちを成敗するために、無敵になったのよ」
じっと俺を睨んでいただいちゃんは、はっとした顔をする。だが、すぐに険しい顔になった。
「お前、俺の正体を知ってるな」
「しらいでかい! 俺は正義と真実、おまけに愛の人、ミラクルジャックたぁ俺の事よ。だいちゃんのどたまから、ナマコのおめえを引きずり出してやるから、覚悟しやがれ!」
「なんでお前が知ってんだ! あっ、まさかお前、天上界の……」
だいちゃんが初めて見せる驚愕の表情。三白眼の目が、ビックリ眼になって今にもこぼれ落ちそうだ。とその時、
「くわぁかっかっか、くわっかっかっかっかっかっ」
ニワトリを絞め殺したような笑い声が、けたたましく辺りに響き渡った。
だいちゃんは何事かと、辺りをキョロキョロ見回す。後ろを振り向くと、笑いの主を見て首を捻った。
「なんだ?」
「おいらが教えたのよ。かっかっかっ」
だいちゃんの後ろ数メートル後方のカウンターの上に、ジジイがふうぞり返りながら高らかに笑っている。ふんぞり返ると言うより、農家のじい様が野良仕事を終え、「今日はちかれたな~」と腰を伸ばし、空を見上げてホゲ~ッとしているような、ちかれたび~の姿なのだ。
そんなちかれたび~のジジイが、なおも続ける。
「やい木偶の坊、耳の穴かっぽじって良く聞きやがれよ。か弱きおじいさんは仮の姿、謎のじいさんと人は呼ぶ。しかし! その実体は、世の若いお嬢さんを虜にする、ヒップホールマンたぁおいらのことよ。でもな、もう一つ真実の姿があんのよ。ここからが最も大事なところだ。かっぽじった耳を、もっと奥までかっぽじってよく聞きやがれ!」
ジジイはゆっくりと大げさに腕組みすると、大股開いて爪先立ちになる。大きく見せようとがんばっているが、いかんせんご老体。爪先立ちでフラフラしている。あっちフラフラ、こっちフラフラ、落ち着きのないジジイだ。それでもフラフラを止めようとしない。
「いいか良く聞けよ。全世界の創世者、大神様たぁ~おいらのことよ。かっかっかっかっ」
よせばいいのに、爪先立ちでふんぞり返る。
「ありゃ……」
ドン! ガンガラガン!
ほら、言わんこっちゃない。けたたましい音と共に、後ろに引っくり返り、カウンターの向こうに消えてしまった。向こう側に落ちたので、ジジイがどんな格好でコケまくったかは定かではない。だが、あのコケかたでは、さぞかし痛かろう。
成り行きを見守っていると、向こう側からプルプル震えた片手が現れた。
プルプル震えながら、ガッチリとカウンターの上を掴む。かなり力を入れているのか、掴んだ手がプルプルからガクガクと、切ないくらいに踏ん張っている。フワフワした白髪がゆっくりと見えてくると、遂に苦悶した表情のジジイの顔が現れた。両手をカウンターにつけ、ズルズル這いながらよじ登ってくる。ナメクジのようにヌメヌメとよじ登り、右足、左足と順番に上げ、死力を尽くしてカウンターの上までたどり着いた。一旦、うつ伏せで休憩。ゴロンと仰向けになると、ヨレヨレと右手を上げる。
「ジャック……あとは……任せたぜ……」
グッと親指を立てたのを最後に、ガクッと力尽きてしまった。
まったく忙しいジジイだ。笑ってほざいて落っこちて。一体なんのために出てきたのやら。おとりの役目もへったくれもねえだろそれじゃ。




