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クソとハエ

 グルグル巻きのガムテープを剥がすと、ジジイはヨレヨレと立ち上がる。

「すげえなホール。あんたは並みのジジイじゃない。見直しちまったぜ」

「あんがとよ……」

 褒めてやったのに返事に張りがない。少しお疲れのようだ。まあ、無理はないだろう。あんだけすっ飛ばせれて、壁に激突しちゃしょうがない。生きてるだけでもめっけもんだ。

「あの野郎も、じいさんの死体もねえ。どこ行きやがった」

 だいちゃんの声が聞こえる。俺とジジイはとっさにしゃがみ、事務机の陰に隠れた。

 モウモウと煙が立ち込める中、だいちゃんがカウンターの向こうで、俺たちを探している。瓦礫をかき分け血眼状態だ。

『ジャックさーん、どうしましたー。もの凄い爆発音でしたが、大丈夫ですか~。鳥井くんは寝てるから大丈夫だと思うんだけど。ジャックさーん、もうすぐ突入しますからね~』

 飛田の間の抜けた声がイヤホンから聞こえる。俺が聞いてるんだか、聞いてないんだか分からないから、気の抜けた呼びかけになってしまうのだろう。

 俺とジジイは机に隠れ、顔半分出してだいちゃんの様子をうかがった。だいちゃんはカウンターを乗り越え、辺りを見回しキョロキョロしている。

 ジジイは顔を引っ込めると、小さな声で言った。

「どうするジャック。あの野郎こっちに来るぜ」

「どうするもこうするもなぁ……。バカ力はあるんだけどよ、それを発揮できる技がねえ。自慢じゃねえけど、俺は格闘技を習ったことも、ケンカしたことすらねえんだ。それでも、取っ組み合いになれば、どさくさに紛れて頭のナマコを掴むことも出来るけどよ。でもな、だいちゃんは背が高いから、ジャンプしないと頭に手が届かないんだよ。ジャンプした途端、叩き落とされちまう」

「おめえはハエみてえな野郎だな。情けねえ」

 みの虫からクソに格下になったジジイに、ハエと言われちゃ世話がない。まあ、クソとハエならいいコンビだろうが。

「よし、ジャックはこの机の上から、木偶の坊に飛びつけ。机の上に乗りゃ、奴と同じぐらいの高さになるじゃねえか」

「飛びつけって言ってもよ、ジャンプすんのと同じことじゃねえか。叩き落とされちまうよ」

「けっ、情けねえ顔すんじゃねえよ。おいら、いいこと思いついたんだ」

 ジジイが鼻の穴を膨らませる。偉そうに鼻を膨らませるほどの案でもないと思うが、ピクピクさせているので聞いてもよかろう。

「なんだよいいことって?」

「おいらがおとりになるぜ。ジャックはあの木偶の坊を近くまで引き付けておけ、おいらは頃合いを見計らって、おめえと反対側から奴を呼ぶ。奴がおいらに気を取られている隙に、おめえが飛びかかる。そうすりゃおめえ、簡単にナマコを捕まえられるってぇ寸法よ。どうだ、おいらの考えもてえしたもんだろ」

 やっぱりな。鼻をピクピクさせたからって、偉そうに言うほどの案ではなかった。まあ、ジジイが考えた案にしては上出来だ。素直に認めてやるのもたまにはいい。

「分かった。その作戦でいこう」

「クククッ、おめえもあまりにいい作戦で、ビックリしたんじゃねえのか。よしゃ、そんならこの作戦名は、おとりだポン作戦でいこうぜ。かっかっかっ」

 なにがそんなに楽しいのか知らんが、涙をためて笑ってる。安上がりなじいさんだ。

「そっちだな!」

 ジジイのバカ笑いが、だいちゃんにも届いてしまった。ジジイは慌てて両手で口を塞ぐが、しつこくゲヒゲヒと笑い続けている。

「どこにいやがる!」

 だいちゃんは猟銃を担ぎ、大股でズンズンと俺たちの方に近づいてくる。

「ジジイ、いつまでも笑ってんじゃねえよ。早いとこ反対側に行きやがれ」

「おっといけねえ。じゃあなジャック。健闘を祈るぜ」

 ジジイは親指を突き立てると、顔をヒクヒク痙攣させた。ジジイでも緊張しているのか、と思ったが、そうではないらしい。顔半分をヒクヒクさせているので、ウインクのつもりらしい。気色の悪いウインクをしやがって。

 蹴っ飛ばしてやろうとしたが、ジジイは腹ばいの体勢で、事務机の隙間を縫って行く。お見事なジジイだ。サルやみの虫、はたまたクソ以外でも、ゴキブリの真似も出来るとは。まったくもってアッパレな七変化ジジイである。

「そこだな」

 バン! だいちゃんが猟銃をぶっ放した。

 俺が隠れている事務机を撃ち抜かれ、続けて火の点いたダイナマイトが目の前に投げ込まれた。もう何度も見てるし、ぶっ飛んでもいる。慌てる必要などないのだよ。慣れた手つきでダイナマイトを掴むと、ジリジリ火の点いた導火線を引き抜いた。

 そして、エイヤッと掛け声と共に、ヒラリと事務机に飛び乗った。

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