爆風
煙がモウモウと立ちこめる中、ゲホゲホと咳き込む声がする。近づくと、ジジイがみの虫のまま几帳面に転がっていた。
「ゲホッゲホッ……おおジャック、こりゃいったいどうしちまったんだ? ゲホッ、それにおめえの頭も爆発してんぞ。ゲホッゲホッ」
髪の毛を触ると、なるほど。ドリフのコントのように、爆発ヘアーになっている。
「プーやんにとり憑いていた、ナマコちゃんは退治したけどよ。だいちゃんは上手くいかねえんだ。あの野郎、猟銃で撃つだけじゃ飽き足らず、ダイナマイトを爆発させやがった」
「ナマコ? ああ、魂な。まあ、ナマコにゃちげえねえや。で、木偶の坊の奴はどこにいんだ?」
「便所にいると――」
そこまで言いかけた時、イヤホンから飛田の声が聞こえた。
『ジャックさん! どうしました! 銃声と爆発音はなんですか。お二人とも大丈夫ですか? もう悠長な事は言っていられないので、強行に突入します。今から十分後、機動隊が突入します。十分後ですよ、十分後。聞こえていますか!』
イヤホンに手を当て、耳を済ませて聞いていると、
「どうしたジャック?」
みの虫ジジイが頭をもたげて首を捻る。
「十分後に機動隊が突入するそうだ」
「やべえな。下手に突っ込んできたら、みんな吹っ飛ばされちまうぞ。どうするよ?」
「その前にこっちでなんとかしなきゃな」
「ちげえねえ。……うん? なんだ、このバチバチしてんの?」
ジジイの鼻っ先に、ダイナマイトが転がってきた。
「ホール! そりゃダイナマイトだ!」
「ぎょえ~っ! ぺっぺっぺっ」
ジジイは懸命に、導火線に唾をかけ応戦する。なんだかんだと偉そうにかっこつけていたが、やっぱり死にたくはないようだ。しかし、鼻水は垂れっぱなしなのに、唾は思いのほか出ていない。かわいそうに口の中がカラカラなのか、ぺっと言うだけで唾などちっとも出ちゃいない。なんか見てると面白い。
「ジャック! ヘラヘラ見てねえで、なんとかしやがれ!」
あっ、そうだった。急いでダイナマイトを拾おうと手を伸ばすが、また新しいダイナマイトが転がってきた。と思ったら、すぐにまたもう一本。と思ったらまた一本。
「きょえ~っ! ぷっ、ぷっ、ぺっ」
計四本のダイナマイトが、ジジイの鼻っ先でバチバチしている。
ダイナマイトを拾っていては間に合わない。俺はとっさにジジイを両手で掴み、カウンターの向こうに力いっぱい放り投げた。
流石は無敵のバカ力。ジジイがみの虫状態のまま、面白いようにすっ飛んでゆく。
「ほひゃぁ~」
だが、力の加減を間違えたようだ。カウンターの向こうどころか、遥か彼方の壁にまですっ飛んだ。
ゴオン! の後はズルズルズルと、壁に張り付いたまま落下して行く。ガムテープの色が茶色なので、なんだか犬のウンチを壁にベチャと投げて、そのままズルズル落ちて行く、そんな実に汚らしい感じになっている。みの虫どころか、クソにまで成り下がっちまったか、哀れなジジイよ。そんなおもしろ悲しい光景を見ていると、
ドカン! ドカン! ドカン! ドッカーン!
ダイナマイト四本が、立て続けに景気よく大爆発しちまった。
「ぐほっ!」
これは無敵の俺でもたまりません。もの凄い爆風を背に受け、ジジイの後に続いてぶっ飛んだ。ジジイと同じ軌道を描き、遥か彼方の壁に激突した。
ヒキガエル状態で壁にベチャと張り付き、そのままズルズルとジジイばりに落下する。
足から着地したのはいいが、なぜかグニャリと嫌な感触があった。下を見ると、ジジイが泡吹いて倒れてる。
死んだか? そっとジジイから降りて、静かに合掌した。
「なむぅ~」
「バカヤロウ……おいらはこう見えてもキリスト教だ……」
泡を吹いてるわりには、蘇生が早い。ゴキブリ並み生命力で、実にたくましい。だが、ものはついでだ。すぐにくたばるはずだから、きっちり拝んでおこう。
「アーメン」
「ちゃんと十字を切りやがれ……」
泡を吹いてるわりには、的確な突っ込みも出来る。うむ、たいしたジジイだ。




