大きなタンコブ
フフフッ、こんな簡単に悪を退治できるとは、俺様は生まれ持ってのヒーローかもしれん。なんといっても、ヒュッと振り向き、スカッと爽やかに、いともたやすく悪を絡め取ってしまったのだ。ただそれだけなのだ。スーパーマンだろうがスパイダーマン、はたまた任侠戦隊ゴクレンジャーの五人衆だってそうは行かないのだ。死闘を繰り広げ、ゴクピンクがピンチになったり、ゴクイエローが食い過ぎだったりと、苦悩あり涙ありの連続で、やっとこさ勝利を掴むものなのだ。それがどうだ。この俺様の戦いっぷりは。非常にシンプルで鮮やか、尚且つ冷静沈着ときたもんだ。ヒュッ、スカ、のこれだけ、ただこれだけなのである。数あるヒーローの中で、ヒュッスカの秒殺で悪を仕留めた奴がいたであろうか。まずいまい。
「グァハハハハッ」
おっといかん。つい調子にのって、朗らかに高笑いなどしてしまった。だが、実に気持ちが良い。
もう一度あの華麗なるシーンを再現したくなった。架空の敵を想定して、ヒュッと鋭く振り返る。うむ、実に切れが良い。すかさず右手で空を切る。スカ!
「ムヒャヒャヒャ」
「お前なにやってんだ?」
ぎょっとして、声のする方に振り向くと、大男のだいちゃんが便所の入口に立っていた。猟銃を肩に担ぎ、不思議そうな顔で首を傾げている。
「汽車ポッポの次は牽制球の練習か? でもお前、そんなへっぴり腰じゃランナーは刺せねえぞ。とろいランナーなら別だけどな。ヒヒヒッ」
ふん、余計なお世話じゃ。お前の連れの、とろとろプーやんをきっちり刺したわい。
そのとろとろプーやんは洗面台の前で、首をカックンカックンしながらふらついている。絶妙なバランスで熟睡しているのだ。
異変に気づいただいちゃんは、プーやんの肩に手をかけグイッと引き寄せた。
「どうした、兄弟?」
肩を押されたプーやんは、絶妙なバランスから一転、悲しみのアンバランスに早変わり。体が斜めになったと思いきや、そのままフワーと直立した格好で倒れてゆく。
「あっあっ」
だいちゃんは慌てて手を差し出すが、哀れなプーやんは半開きの目をして倒れてゆく。
ドン! ゴン!
いい音と共に床に倒れたプーやんを、すかさずだいちゃんは抱き起こした。
「兄弟! あっ、白目剥いてやがる」
かわいそうに。プーやんの後頭部に、三つ目のタンコブが膨れ上がった。それでもだいちゃんは力任せに揺すった。
「おい、起きろ。いったいどうしたんだ? うん?」
だいちゃんはプーやんを抱えたまま、三白眼の目を俺に向ける。
「お前、こいつになにかしたな。なにをした?」
返事もせずに黙っていると、睨み付ける目が厳しくなった。だいちゃんはプーやんを抱きかかえたまま立ち上がる。目を細めて俺をじっと見つめながら、お姫様だっこしていたプーやんを床に投げ捨てた。
ゴン!
プーやんの頭には、見る見るうちに大きなタンコブができる。これで合計四つ目のタンコブだ。こいつの頭ボコボコだな。
だいちゃんは猟銃を構えると銃口を俺に向け、目の前に放り投げたプーやんをアゴで指した。
「こいつが気絶するなんて考えられない。お前、こいつになにをした」
俺を見据えたまま、目も銃口もピクリとも動かない。だいちゃんとの距離は、およそ四メートル。この距離で撃てば、確実に弾は当たるだろう。ケガ、いや死んでもおかしくない。だが俺は無敵なのだ。世界は俺の助けを待っているのだ。ここで逃げるわけにはいかんのだよ。
仁王立ちする俺は、胸を張り大きく体を反らす。いわゆる偉そうな態度である。絵に描いた偉そうな態度とも言う。
だいちゃんは何かを感じたのか、すぐに距離を詰めようとしない。ジリジリと足をずらし、少しずつ近づいてくる。
「おい、なにをしたのか聞いてんだよ。言わねえとぶっ放すぞてめえ」
目の色が怒りの色に変わった。ギラギラと赤く血走っている。
そんな目をしてもいかんのだよ。恐れるものは何もないのだよ。俺は決めたのだ。ジジイの目を見て決めたのだ。恐れないと。若干の不安は、あるにはあるのだが。
しかし、やけのやんぱちで更にふんぞり返る。
だいちゃんは顔を真っ赤にし、目を吊り上げた。
「てめえ、上等だ。ぶっ殺してやる!」
そして、引き金に指をかけた。




