ナマコ
搾り出すだけ搾り出した俺ミラクルジャックは、しばらく便器の上でボ~ッと放心状態のまま、時の経つのも忘れてしまった。そう死闘の果てに、真っ白な灰になっちまったぜとっつあん、の状態なのだ。
「おい、もうすんだのか?」
プーやんの顔がひょこり目の前に現れた。
「あっ」
個室のドアを閉め忘れていた。まあいい。大急ぎでケツなど拭いて、ジャバーと一気に死闘のなれの果てを流す。フフフンと鼻歌なんぞ口ずさみながら、軽やかに立ち上がる。そして、ラララ~など、ハミングしながらウエットを着込んだ。身も心も軽くなり、実に軽快なヒーローなのだ。
「ほい、チャックお願いよ」
個室を出たところで、プーやんに背中を向けた。プーやんは不満そうにチャックを上げる。
「なんでこんなもん着てんだか……ほら、閉めたぞ」
「おう、ありがとう。ラ~ラララ~ラ~ララ~ララ~ララララ~」
調子に乗って、白鳥の湖の舞など披露する。
あっ、今がチャンスではなかったのか。プーやんを撃退する、絶好のチャンスではなかったのか。プーやんが静々とチャックを上げている隙に、振り向きざまに頭に手を突っ込めば良かったのではないのか。いかん、失敗した。
「おい、バカみたく回ってんじゃねえよ。さあ、戻るぞ。行け」
プーやんが俺に銃口を向けて、先に進むようにうながした。
ここで抵抗して、素早く頭に手を突っ込めれば良いが、出来ずにモタモタしたらだいちゃんが来てしまう。俺は無敵だからなんとかなるが、みの虫ジジイになにをするか分からない。ここはだいちゃんに気づかれないよう、プーやんに憑いた地獄の奴を抜き取らなくてはならない。
さあ、どうする。我らがヒーローミラクルジャックよ。その頭脳明晰な頭で、名案を考えるのだ。行け行くのだ、ミラクルジャックよ。世界の平和は君にかかっている。
頭の中で、そんなかっちょいいナレーションが聞こえてきそうだ。
便所を出ようとしたが、左手にカガミのある洗面台が見えたので立ち止まった。
「あっいけね、いけね。うんこしたら手を洗わねえとな。おっかさんに叱られちまうぜ。あぶねえ、あぶねえ。フンフン、フフン」
名演技プラス鼻歌も交えたので、プーやんはなにも疑っていないようだ。俺が洗面台の
前に立っても、
「早くしろよ」
と俺の後ろでバカヅラ下げて突っ立っている。
俺は蛇口を捻り、水に手を突っ込んでモミモミ洗う。カガミに映るプーやんの様子を見ながら、タイミングを計った。
その時が来た。プーやんが鼻をおっぴろげ、「むももも~」とあくびをかみ殺し、小汚い顔で目をつぶった瞬間。
俺は、ヒュッと鮮やかに後ろを振り返り、プーやんの頭めがけて右手を伸ばす。
スカ!
まさにスカ、だった。なんの抵抗もなく、右手がプーやんの頭をすり抜けた。
「あれ?」
なんも状況が変わっていない。目の前にいるプーやんは半開きの目で、相変わらずのバカヅラ下げて突っ立てる。しかし、右手がなにやらムゴムゴと蠢いている。何かを掴んでいるようだ。
右手を上げてよく見ると、
「げげっ」
半透明になったナマコのような物が、ウネウネと動いている。なんとも動きが気色悪い。なぜか、みのザルじいさんを思い出してしまう動きだ。
だが、これが地獄から来た魂なのだ。動いているが、抵抗している様子ではない。ただ、とりあえずは動いてますよ僕ちゃん。そんな気の抜けた、なんかゆるキャラな、とても微笑ましい、良く見れば愛らしい感じのナマコだった。
もう一度プーやんを見ると、半開きの目は焦点が合っていない。
「ス~ッ、ス~ッ、ス~……」
こいつ、立ったまま寝てやがる。これはいわゆる、成功と言うやつだ。
「うむうむ、良いよ良いよ」
ニンマリと微笑み、何度も満足げにうなずいてみる。
さて、このナマコをどうしようかと考えていると、先ほどのジジイの言葉を思い出した。レジ袋に入れろと言っていた。だが、あの悲しく切ないどさくさで、コンビニの袋を持って来るのを忘れている。
だが待てよ? もしかしたら便所の用具入れに、それらしい袋があるかもしれない。個室の一番奥にある、用具入れのドアを開けた。
ビンゴ! すぐに見つかるとは、俺様はさすがにヒーローなのだ。
強力黄ばみ落とし、頑固な汚れもこれ一本、その名もキバトレールの洗剤が二本、ちんまり入っているビニール袋がそれだ。
一応、エコビニールか確認すると、燃やしてもなんちゃら、ダイオキシンがなんちゃら、と偉そうに書いてある。うん、これなら心配ないちゃよ、とジジイ譲りのラムちゃん言葉で納得してみる。
なかなか掃除のおばちゃんも、憎い事をしてくれる。この時を待っていたかのように、ちゃんとエコビニール袋を捨てないでとってあるとは。愛してるぜ掃除のおばちゃん。
二本のキバトレールを、容赦なくビニール袋から抜き取ると、代わりに半透明ナマコを急いでぶち込んだ。あら、場所は変わってもとりあえず動いてますよ僕ちゃん。そんな感じで動くナマコなど無視して、きっちりかっちり袋の先端を縛り上げた。
なるほど。ジジイの言ってたとおりに、ナマコちゃんは動きを止めて静かになった。
「しばらくそこで、おとなしくしてろい」
トイレ用と書いてある、小汚いバケツに放り込んだ。
「よっしゃ、一匹ゲットだぜ」
某スーパーヒットゲームの真似なんぞして、用具入れのドアを静かに閉めた。




