迫真の演技
浅くいい加減で無責任でスケベで、低俗なことを数え上げたら尽きないジジイだが。その辺の人間より頼もしいし、誠実なじいさんで神様だ。うん? 冷静に並べ立てたら悪い事だらけのような気がするが……。まあ良い、この際だ嫌なところは目をつぶろう。
そんな感じのじい様がそばにいる。
俺はもう恐れない。みのザルじいさんの期待に応えよう。
「分かった。俺がきっちり片を付けてやる。任せろホール」
ジジイは満面の笑みで応える。
「ジャック、おめえはヒーローよ。あたりめえだろ。クックック」
「そうよ、俺はヒーローよ。ムヒヒヒ」
みの虫状態で笑い合っていると、
『ジャックさん……グオー、やっとこ鳥井くんが寝てくれましたよ……。ギリギリッ、聞こえてますか? グオー、聞こえてないかな。ふ~っ、大変な女だな。グォーグォー、長内くん、鼻血が出てるぞ拭きなさい。ギリギギギッ、拭いたら、署長のズラ……髪の毛を鳥井くんがかぶってるから返してあげなさい。酒持ってこーい! うるさい寝言だな……。署長もそんな所ですねてないで、シャンとしてくださいよ。ぶっ! あぁ~……。ジェッグしゃん、きごえじぇる? きごえじぇるのを、えのってまず……』
イヤホンから、飛田の凄まじい実況中継が聞こえた。
「飛田さん、長内さん、署長、ご苦労さま」
と心を込めてマイクに呟いたが、向こうには届いていないだろう。
だが、これで再び無敵になった。
「ホール、ヒーローの復活だぜ」
「おう!」
二人で作戦を練った。
俺が便所に行きたいと言う。そうなれば、プーやんかだいちゃんのどちらかが付き添うはずだ。便所で二人っきりになったその時に、魂を掴み取ってしまうという寸法だ。実に単純な作戦だがしょうがない。俺とジジイが考えたのだから。
「どうしたジャック! なに! 小便したいのか? 困ったな~。こいつは小便を我慢できないんだよな。すぐに漏れてしまうんだよな。それも臭い小便なんだよな。小便の次はクソもしちゃうんだよな。どうしよ~」
ジジイが劇団ひまわりに入りたての子役のように、棒読みのセリフ回しで切実に訴えかける。俺もみの虫状態でクネクネとのたうち回った。
「おちっこしたいよ~。漏れちゃうよ~。膀胱がパンパンだよ~」
我ながら、惚れ惚れするほどの名演技だ。小便を我慢すると、大人でも幼児言葉になってしまうもんなのだ。これで鼻水でも垂らせば完璧なのだが、まだまだ俺は修行が足りない。その点、ジジイは大したもんだった。両穴からじゅるじゅると垂れている。しかし、なんでジジイが? ああ、このじい様は年がら年中、垂れっ放しだった。締まりのねえジジイだ。
迫真の演技で床をゴロゴロ転がっていると、困ったことに本当に小便がしたくなってしまった。そりゃそうだ。明け方から数えて、いったい何本のビールを飲んでんだ俺は。したいと思うと、余計にしたくなるのが小便だ。ただでさえガムテープでグルグル巻きにされているのに、ウエットスーツがよせばいいのに下っ腹をグイグイと締め付ける。
出来るだけピチピチがいいぜ、などとジジイが余計な事を言うのがいけないのだ。調子に乗ってワンサイズどころか、ツーサイズも小さいウエットスーツを買ってしまったのだ。
うっ……。まずい、うんにょもしたくなった。うんこなどと堅いものでもなく、うんちなんて可愛いらしくゆるいものでもない。水になる一歩手前の、まぎれもなくうんにょだ。これも全てビールのせい……。
「ぐお!……」
激しい第一波到来。きゅるきゅる、きゅるる~、と下っ腹もおもしろ悲しい音を奏でる。こう来ちまったら、もう身動きなどとれない。いや、とれないのではない。とらないのだ。動いたら最後、肛門がゆるんでチョロとナニが出てしまう。チョロとでも出てしまったらお仕舞いなのだ。後から後から流れ出て、ウエットスーツの中にナニが充満し、もうナニがナニしてなんとやら、と言った具合に大変なことになってしまうのだ。
もうダメだ、動けない。みの虫状態のまま真っ直ぐ律儀に寝転んで、脂汗なんかもきっちり流している。そんな悲しみのヒーローとは俺のことよ。
そんな悲しみのヒーローのわけも知らないで、みのジジイが体を密着させて揺らしやがった。
「おいジャック、どうした? もっと派手に演技しろよ」
耳元で囁かれても、悲しみのヒーローは返事が出来ないのだ。ジジイの情け容赦ない揺れに、アワアワと唇を震わすことしか出来ない。ただ第一波が去るのを、じっと涙をためて耐えるしかすべがないのだ。分かってくれよ、みのザルじいさん……。




