ポッポ~
「へへへっ……」
照れ笑いを鮮やかに決め、頭なんぞ掻いていると、『ジャックさん、どうした? そちらの音が聞こえません』イヤホンから飛田の焦り気味の声が聞こえる。
頭を掻く振りをして、袖口に仕込んであるマイクに向かい、「聞こえますか? どうぞ」小声で言ってみる。
『お~い、どうしました~、聞こえますか~、こっちは何も聞こえませんよ~』
間延びする緊張感のない声は聞こえるが、俺の声は届いていないようだ。どうやら着地を決めたときに、背中に仕込んでいたマイクの機械が壊れてしまったのだ。
「面倒だ。二人ともぶち殺してやるよ」
プーやんが銃口を向けながら、二歩三歩と俺に近づいて来る。間近に迫った時、俺とプーやんの間に何かが投げつけられた。床にカラカランと音をたてビール缶が転がる。
「まあ待てよ、兄弟」
ソファーから缶を投げつけただいちゃんが、新しいビール缶のプルトップをプシュと開けた。
「なにも焦って殺すこともねえよ。今はまだ大事な人質だからな。殺す時は盛大にやろうぜ。ヒヒヒ」
「じゃあ、こいつらどうするよ?」
「また縛っちまえよ」
「わかった」
プーやんはガムテープを取りに背を向けた。
縛られてはたまらない。警察が突入できないのであれば、俺がこの状況を打破しなくてはならぬのだ。それが真のヒーローなのだ。びびって腰が引けている場合ではないのだ。ガツンと男度胸を再度見せつける時ではないか。ジジイも俺に目配せして、行けと合図を送っている。
よし今がチャンスだ。行こうではないか! プーやんをギッタギッタのボッコボッコにしてやろうじゃないか。ついでにだいちゃんもガッタガッタのメッキメッキに叩き潰してしまおうではないか。武闘派ではなく、無闘派、どちらかと言えばコーヒーは無糖派な俺だが、無敵&強力な腕力も備わっている。いっちょうガツンとぶち負かしてやるぜ。
ムフッと鼻息荒く、正座の状態からガバッと立ち上がった時、イヤホンから飛田の悲痛な声が聞こえた。
『ジャックさん大変だ! 鳥井くんが目を覚ましてしまいました。聞こえてますか! もう一度言います。鳥井くんが目を覚ましてしまい、非常に不機嫌な状態なんです!』
なぬ! 由美子が目を覚ました。それでは今の俺は無敵ではない。ただのへなちょこ青年ではないか。それにしても、飛田は俺の心配しているのか、不機嫌な由美子からのとばっちりを気にしているのか、どっちらかはっきりさせてもらいたいもんだ。
「なにやってんだお前?」
振り返ったプーやんと目が合った。俺はウルトラマンのファイテングポーズをすでに決めている。だが先ほどの鼻息も虚しく、一瞬にして腰がクイッと引けていた。
「なにやってんだって聞いてんだよ。なんだその手」
プーやんのキリリ眉毛に睨まれ、上げた両手の行き場に困った。
「いやこれは…………。あっ、シュシュポッポッ、シュシュポッポッ、って感じで」
とっさに、幼稚園でよくやった両手を前後に回し、電車走行のジェスチャーを決めた。
臨機応変にポーズを決めるのも大変なのである。
「ねっ、これですよ。シュッシュッポッポ、ポッポーなんて……」
「バカかお前」
「おめえはバカか」
プーやんはともかく、状況を知らないジジイまでにもバカにされた。
「ポッポ~」
サービスで、頭の上から煙も出してやった。




