ニヒルなサル
さすがのジジイも反省したのか、神妙な顔でソファーに座っている。
「で、あんたは由美子のじい様なのか?」
「ちげえよ。そんなんじゃねえ」
「じゃあ、いったい何者なんだあんたは? 夜の夜中に押しかけてきやがって。警察呼んだっていいんだぞ」
「ふん」
小憎ったらしいジジイは、鼻から息を出すとそっぽを向いた。
「よし! そうゆう態度ならもう容赦はしねえぞ。すぐに警察呼ぶからな。みてろよクソジジイ」
鼻息荒く携帯を掴むと、ダイヤルボタンに指をかけた。
「待て、にいちゃん。そう慌てなさんな」
ジジイは煙たそうにしかめっ面をすると、あごに手をやりじょりじょり擦った。
どうやら渋く決めているようだが、どう見てもサルがあごを掻いているようにしか見えない。
「どうした。詫びる気になったのか? え、じいさん」
ジジイは眉間に皺を寄せ、人差し指を立てると、
「チッチッチッ」
サルみたく舌を鳴らし、偉そうにソファーの背もたれにふんぞり返った。
「そうじゃねえよ。よく聞けよにいちゃん。おいらはな、神様だよ」
「へっ?」
「へっ、じゃねよ。おいらは神様って言ってんだよ」
「はっ?」
口をぽっかり開けた俺に、ジジイはニヒルのように笑ってみせる。
「フフフッ、どうでぇ、驚いたかよ。無理はねえな。神様なんて知らされちゃ。フフフッのフッ」
見ようによっちゃ、微かだがニヒルに笑っているように見えなくもない。だが、そんなまどろっこしいジジイなど、無視するのが一番だ。俺は携帯を見つめて呟いた。
「ふ~ん、良かったね。えっと、一、一、〇にするか、それとも一、一、九にした方がいいのかね~。そうね、病院の方がいいね。うん、そうしよう。いち、いち――」
「待った!」
ジジイは慌てて携帯をひったくった。
「何しやがるジジイ。携帯返せ」
俺は携帯を取り返そうと、ジジイに手を伸ばす。ジジイはその手をヒラリとかわし、ソファーの背もたれに飛び乗った。なんとすばしっこいジジイだ。サルに近いのは顔だけだと思ったが、身のこなしなどはサルそのものではないか。
「こら、サルジジイ! 返せ!」
なおも手を伸ばすが、ことごとくエテ公ジジイにかわされる。それでもムキになって追い続けるが、どうにもこうにもすばしっこい。いい加減疲れて、ジジイも俺も肩で息をしだした。
「ゼェ~ッ、ゼェ~ッ……にいちゃんも……しつこいな……」
「それは俺のセリフだ……ゼェ~ッ、ゼ~ッ」
「よし、ゼ~ッ、分かった。おいらが神様だっていう証拠を、見せてやる。ゼェ~ッ」
「証拠?」
「今から証拠を見せてやる。ベランダはどこでぇ?」
「ベランダ?」
「そうだ。こっちか? あっちか?」
ジジイは見当違いな方向に指を差す。俺はいい加減疲れたので、どうでもよくなった。素直にベランダの方を指差した。
「あっちだ」
ジジイはへろへろと頷くと、ヨタリながら歩き出す。俺も負けずにヨタってついて行く。