よろしく!
作戦の段取りがつき、遂に実行の時が来た。
マントとウエットスーツのヒーロースタイルで行こうとしたが、飛田と長内にとめられた。ジジイと俺はごねたのだが、犯人を刺激するのでどうかやめてくれと、沈痛な表情で言われた。渋々マントだけは承知したが、ウエットスーツを脱ぐのだけは頑とし聞かなかった。由美子には恥ずかしいからやめてと言われても、そこだけは男としてヒーローとして譲れないのだ。ジジイがカツラちゃん改め地毛ちゃんと交渉、と言うよりまた脅して承諾を勝ち取った。結局、マントスタイルでの登場は良いが、すぐに脱ぐと言う約束で落ち着いたのだ。
「そうか、分かった。それじゃこちらの準備が整い次第、銀行の前に二人向かわせる」
飛田は犯人と交渉に使った携帯電話をポケットにしまうと、額の汗をハンカチで拭き拭き説明をした。
「段取りはこうです。まず、お二人で銀行内に入ってもらいます。そうしましたら、犯人から指示があると思いますが、お二人のうちどちらかが、足を負傷している女性を表に連れて来てください。表で待機している警官に女性を引き渡し、また銀行に戻っていただきます。犯人はお二人の拘束が完了したら、支店長を解放するそうです。私たちは、支店長が出てきたタイミングを見計らい、一気に機動隊を突入させます」
「おう、分かったぜ。面白くなってきやがった」
浮かれジジイは両腕をグルグル回し、妙に張り切っている。このジジイは神様だと偉そうに言っているが、なんの取柄もないただの能無しジジイのはずだ。無敵だとは聞いていない。飛田に聞かれないように、俺は浮かれジジイの耳元で囁いた。
「おい、ジジイ。あんたも無敵なのか?」
ジジイは首を振ると、口をひん曲げて囁く。
「ちげえよ」
「違うって、機動隊が突入してきたらどうすんだよ。犯人が抵抗して銃でもぶっ放したら、ケガだけじゃすまないかも知れないんだぞ」
「そん時はそん時でしゃあねえだろ。死ぬまでのことよ」
「おいおい、簡単に言うんじゃねえよ。確かに、老い先は長くはねえかも知れないけど、まだ死にたくはねえだろ?」
「なぁ~に、おいらは何度も人間に生まれ変わってんだ。今回死んだってへとも思わねえよ。また生まれ変わりゃいいだけのことよ」
「そうかも知れねえけど……」
「なんだジャック。おめえおいらをしんぺえしてくれんのか? 嬉しいね~」
「そ、そんなんじゃねえよ。目の前で死なれちゃ気分が悪いだけだ。誰が、死にぞこないのジジイの心配なんかするか」
「へ~っそうなのか。でもおめえ、目が泳いでんぞ」
ジジイがニヤニヤしながら俺の顔を覗き込む。
ちょうどその時、飛田の携帯電話が鳴った。
「はい飛田。おう長内くんか。――鳥井くんが寝たんだな。――そうか、いびきも屁もばっちりなんだな、了解した。作戦終了まで、そのまま待機しててくれ。――分かってる。早めに終わるように全力を尽くす。――泣くな男だろ。お前の気持ちも重々分かっている。――うんうん、辛いだろうが、鼻摘んでがんばってくれ」
長内と由美子は、横島署の署長室に戻っている、由美子が安眠できるようにとの配慮だ。
飛田は長内の泣き言を渋い顔でしばらく聞いていたが、いい加減面倒くさくなったのだろう。通話の途中で携帯電話をポケットにしまい、俺たちに出っ歯を見せて目を剥いた。
「さあ! 準備は整いました。よろしくお願いしますよ。前田さん! おじいさん!」
飛田は気合を込めて叫んだつもりのようだが、俺とジジイはそっぽを向いた。飛田は俺たちの真意が分からないようで、首を捻って目をパチクリさせている。
「うん? どうしました?」
「どうしたもこうしたもねえだろ、出っ歯ちゃんよ。前田さんにおじいさんだと、けっ、話になんねえよ。なあ、ジャック」
ジジイはふて腐れて言い放つので、俺も無愛想に言い放つ。
「まったくだな、ホール。このおっさんは、歯が飛び出てりゃいいと思ってんじゃねえのか。お~っ、嫌だ嫌だ。ヒーローとはなんぞやと、ちっとも分かってない。いいか飛田さんよ、今の俺たちは、ミラクルジャックとヒップホールマンだ。そこんとこ――」
俺とジジイは声を合わせ、
『よろしく!』
親指を立て、ヒーローポーズを小粋に決めた。
その迫力に押されたのか、飛田は困惑顔で呟いた。
「はぁ……それでは、ミラクルジャックさんにヒップホールマンさん……よろしくお願いいたします……」
「よっしゃ! いっちょうぶわ~っと行こうぜ、ジャック!」
「任せろ、ホール!」
勢いよくパトカーのドアを開けた。