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地毛ちゃん

 パトカーで小銭銀行に行くと、周辺はとんでもない騒ぎになっていた。

 小銭銀行の前は相当数の警察官やパトカーが陣取り、物々しい雰囲気をかもしだしている。それを取り巻くように報道陣と野次馬が群がり、辺りは騒然としていた。

「また一段とギャラリーが増えたわね」運転席に座る由美子が苦々しく呟くと

「すげえなこりゃ。映画の撮影みてえじゃねえかよ。うほ~っ、すげえや」

 後部座席に座るジジイが、パトカーの窓にへばりつきガキのようにはしゃいでいる。嬉しくて堪りませんの顔を隣に座る俺に向けると、ちっこい目をキラキラさせた。

「ジャック、これでおめえは一躍大スターになるぜ。ミラクルジャック大活躍、銀行強盗を成敗するってな。新聞もテレビも大変なことになっちまうぞ。こんちきしょう!」

「痛っ」

 俺の肩をおもいっきり叩きやがった。

「そんなすげえことになっちまうのか俺は、ぐふふふっ……。でもよ、あの作戦じゃそんなに俺は活躍しねえぞ」

「な~に、しんぺえすんな。事件が解決したら注目間違いなしだ。なんつってもおめえはヒーローだかんな。マントもつけてるしな」

「やっぱりそうかホール、ぐふふふっ」

 署長の作戦は、人質の支店長と俺が交代したあとに決行される。銀行強盗の犯人たちは、警察が要請した人質の交換を受け入れた。丸腰は当たり前だが、ひ弱な警官と条件をつけて。威張るわけではないが、俺はどこからどう見てもひ弱だと自信がある。へなちょこでもある。そんなひ弱な俺を、犯人は油断して受け入れるはずだ。だが、なんと言っても無敵なのだ。煮ろうが焼こうがぶっ叩こうが、へっちゃらなのだ。そこで、支店長と交代したら一気に機動隊が銀行に突入する、って寸法だ。由美子は、「真治はぼ~っとしてればいいからね」などと、ヒーローに向かってあるまじき事をほざいた。まあしかし、今回はヒーローとしての初仕事だ。あまり無茶はしない方がいいだろう。

「おい、長内ちゃん。ジャックと支店長の交換はいつだ? さっさとやっちまおうぜ」

 せっかちなジジイが、ガタガタと貧乏揺すりしながら聞くと、助手席の長内は後ろを振り返り答える。

「今犯人と詰めてます。決まり次第、作戦を指揮している飛田部長から連絡が入ります。それまでは、ここで待機していてください」

「そんな悠長でいいのかよ。支店長のおっさんはでえじょうぶなのか? 交換する前にぽっくり死んじまうんじゃねえのか」

「縁起でもないこと言わないでください。ただでさえ、犯人は猟銃を所持しているんですから。あまり刺激しないように、慎重に交渉しているんです」

 そうなのだ。作戦の概要を署長室で聞いたとき、犯人が猟銃を持っていると知った。ヒーローで大活躍はいいのだが、実はかなりびびっている。猟銃で撃たれた事はないし、ましてや見た事すらない。無敵と言っても、無責任なジジイが考えて作りだしたものだ。どこまで対応できるものなのか、無敵の範囲が分からない。ヒーローだ無敵だとおだてられ、いい気になってしまったのを若干後悔しているのだ。しかし、やると言ってしまったので、今さら止めるとも言えない。俺ミラクルジャックは、心揺れる悲しきヒーローなのだ。

「あの~、おじいさんに、ちょっと聞いてもいいですか?」

 長内が遠慮気味に言うので、ジジイは偉そうにふんぞり返った。

「なんでえ」

「はぁ、失礼ですが、あなたは何者ですか? 鳥井くんのご親戚でも、前田さんのご親戚でもないようですし、いったいどう言うご関係でしょうか? 先ほどは署長のヅ……頭の件があって、うやむやになってしまいましたので……」

「おいらかい。おいらは謎のご老人、ヒップホールマンよ。かっかっかっ」

「いや、ですから詳しくお聞かせ――」

「かっかっかっかっ」

 高らかなバカ笑いをする謎のご老人に、言葉が詰まるエリート警察官。日本の警察はここまで落ちてしまったようだ。

 ジジイの朗らかなバカ笑いを聞いていると、飛田が血相変えてパトカーの中に飛び込んできた。

「問題が起きた。支店長の他に、もう一人人質がいるようだ。支店長を交換するだけでは、作戦は実行できない」

「えっ! もう一人? でも篭城した時に犯人は、支店長だけ残して全員解放したって言ってましたよね? あれは嘘ですか?」 

 長内の質問に、飛田は首を振った。

「そうではない。犯人もついさっき一人見つけたらしい。年配の女性がトイレに隠れていたそうだ。厄介なことに、逃げようとした時に足を負傷して動けないようだ」

「それじゃ作戦は取りやめですか?」

「いや、作戦は実行しようと思う。しかし変更がある。犯人と交渉して、女性もうちの刑事と交換するよう段取りはついた。だが、刑事は前田くんと違い生身の人間だ。交換しても、すぐには突入できんだろうな」

「そうですか……」

 飛田も長内も落胆の色を隠せない。由美子がため息をついたその時、警察無線から署長の声が聞こえた。

『新たな人質が現れたので、あの作戦は中止にする。刑事と女性を交換するので、支店長も前田くんではなく刑事と交換する。前田くんが無敵とはいえ、民間人を巻き込むことはやはり出来ない。違う作戦で練り直しだ』

 ジジイがいきなり無線機に飛びついた。

「ちょっとまちねえ、カツラちゃん」

『カツ……あんたか……もう決まったことなんだよ』

「まあ、まちねえ。無敵なのがもう一人いりゃいいんだろ。ここにいるおいらも無敵だぜ」

「おいジジイ、あんたは違――」

 俺が口を挟むと、ジジイは手で制した。

「ちょっと黙ってろ。今はカツラちゃんと話してんだ。カツラちゃんよ、おいらも正真正銘の無敵だから、その人質と交代させてもらうぜ。なぁに、最初からジャックについて行くつもりだったからな。大義名分がついてちょうどいいぜ」

『しかし、あんたが無敵のところを、私は見ていない』

「しんぺえすんなよ。なにを隠そう、ジャックを無敵にしたのはおいらだぜ。無敵にしたおいらが、無敵じゃねえわけがねえだろ」

『しかし――』

「しかしもカカシもねえよ。おいらもビルから落っこちて証明してやってもいいがよ、あんたたちにゃそんな時間も暇もねえだろ。でえじょうぶだよ。全て解決した暁には、優秀な指揮官のカツラちゃんの名声がガバッとアップして、尚且つカツラの秘密も保たれたままだ。すげえ好都合だろうが。それともなにかい。カツラちゃんは名声もいらなきゃ、秘密がばれてもいいのかい? ダメならダメでおいらはいいんだぜ。ぺらぺらとしゃべっちまえばいいんだからよ。なあ、カツラちゃん」

『うむむ…………』

 恐らく今、署長の頭の中は色々な思いが駆け巡っているのだろう。名声とカツラの秘密。頭の中を、名声とカツラがグルグル渦巻いているのだ。比重はカツラの方が重いと思うがね。

 みんな固唾を呑んで、署長の言葉を待っている。

『うむむっ……その、カツラちゃんて言うの、やめてくれないか……。それなら考えてみてもいいかなと、思ったりなんかして……』

「よっしゃ、もう言わねえよ。カツラちゃんなんて、金輪際言わねえからしんぺえすんな。今からおめえを、地毛ちゃんて言わせてもらうぜ」

 バカだバカだと思っていたが、このジジイは本当の大バカだった。地毛ちゃんなど、カツラちゃんと同じではないか。

『それじゃそう言うことで……。飛田くん、長内くん、作戦は実行するからな。それで進めてくれ。以上』

「はっ?」

 本人がいいなら、別に構わないけど……

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