カツラちゃん
「無敵? そんな事は信じられんよ。いくら鳥井くんの言うことでも、そんな事は信じられん。なあ、飛田くん、長内くん、そんな事は信じられんな。信じられるわけがない」
大森署長がねちっこく言うと、飛田と長内は、『まったくもって』と声を揃えてキッパリ答える。
署長のズラの緩さ加減が信じられんよ。と、俺は喉チンコまで出た言葉を、グッと押さえた。なにか違う言葉で反論しようとしたが、先に由美子が食い下がる。
「本当なんですよ。信じてください」
「どう信じろと言うんだね。君が寝てる間に彼が無敵になる? バカのこと言っちゃいかんよ。まったくバカげた話だ。鳥井くんが真剣に言うから、一応は話を聞こうと彼に来てもらったが。それがなんだ、来たのがこれだ。これだぞ」
署長は上から下へと俺を舐めるように見て、「ふん」と悪代官のように鼻で笑う。
「信じられるわけがない」
由美子が納得いかない顔で、「でも署長」と言いかけたが、
「もういい、この話は終わりだ」
きっぱりきっちり、偉そうにとどめを刺さした。
見た目はへなちょこでも無敵なんだと、先ほどから由美子が説明しても、個性派三人衆はまったく信じてくれない。だがそれもそのはずだ。説明している当人の由美子も、実際に無敵になった俺を見たことがない。そのためいまいち説得力がないのだ。それにジジイから、神様の存在は誰にも言うなと釘を刺されている。まぁ言ったところで、ジジイが神様なんて、俺が無敵だと言う以上に信じてくれないと思うが。
こんな全てが曖昧な説明では、ズラの緩さと頭の切れは関係ないよ、的なおっさんに信じてくれと言うのが所詮無理なのだ。
大森署長は、忙しいのにくだらない話に付き合わされた不満と、ジジイにカツラカツラと蔑まされた憤りからだろう。タヌキ面を仏頂面にして俺を睨んだ。
「君、前田真治くんだったね。せっかく来てもらったが、どうやら鳥井刑事の勘違いのようだ。ご苦労さま、もう帰っていいよ」
犬猫でも追っ払うように、片手でスナップを決めシッとやる。不満たらたらと言った具合に、太った体をソファーの背もたれに深くあずけると、今度は部下を厳しくねめつける。
「さあ飛田くん、こうしちゃいられない。我々は十年前に起きた信金強盗の二の舞を、決して踏んではならないのだ。今回は一人の犠牲者も出してはならんのだ。早く、先ほどの見取り図を出してくれ。もう一度練り直そう」
「はい。長内くん、見取り図出して。もたもたしない、見取り図を早く」
「は、ははい――」
あたふたと慌てた長内は、テーブルの上にバタバタと見取り図を広げた。三人の厳しい上下関係が垣間見られた瞬間だ。
「それと鳥井くん、このじいさんなんとかしたまえ」
署長は隣で座るジジイを見て、露骨に嫌な顔をする。
ジジイは署長と由美子の間にちゃっかり座り、こっくりこっくり船をこいで寝てやがる。口やかましいジジイが大人しいから、おかしいとは思っていたのだ。
「おじいさん、起きて」
由美子がジジイの肩を軽く揺すった。ジジイの頭はヘナヘナとふらつき、引き寄せられるように署長の肩に寄りかかる。締まりのない口から垂れるヨダレが、署長の肩にもタラリと垂れた。
「あっ、汚いじいさんだな、まったく。飛田くん、ハンカチ」
「はい。長内くん、ハンカチ。もたもたしない、ハンカチ早く」
「は、ははい――」
署長は肩に力を入れて、ジジイの頭をグンと弾いた。ジジイの頭はぷらぷらとさ迷い、カクンと前にうな垂れる。
「おじいさん、ほら起きて」
由美子が強く揺り起こすと、ジジイはじゅるじゅるとヨダレをすすり、眠たげな目で辺りを見回した。
「うん……? 朝?」
「朝じゃねえよ。帰るぞジジイ」
ジジイは口の周りをズルズル擦り、ぼやけた目で俺を見ると、斜め四十五度で首を捻った。
「帰る? どうしたジャック、まだヒーローの活躍をしてねえぞ」
「ヒーローはもういいんだってよ。俺が無敵だと信じられないそうだ。来て損したぜ。さあ、行くぞジジイ」
踵を返し出ようと行きかけたが、ジジイに呼び止められた。
「待てジャック。そう慌てることもあんめえよ。証拠を見せてやりゃいいじゃねえか。証拠みせりゃ納得するさ。そうだろ、カツラちゃん」
カツラちゃんと呼ばれた署長は、反射的にズラ頭を両手で押さえた。きっちりかぶっているのを確認し、タヌキからブルドックになって目を剥いた。
「カ、カツラちゃんとは無礼じゃないか君! 先ほどから私の髪の毛をカツラだと誤解しているようだが、これは量が多いだけで地毛だぞ。断じてカツラなどではない」
凄い。自信たっぷりに言いやがった。これには飛田、長内のご両人も目が点になってる。
「地毛? 嘘つきやがれ」
ジジイは素早く、署長のズラに手を伸ばす。
「あっ」
サル並みの早業に、署長の防御は一歩及ばない。ツルと光るハゲ頭があらわになると、室内が百ワットほど明るくなった。飛田と長内はあんぐり口を開けて固まっている。
ジジイはむしり取った大盛りのズラを、自らの頭にすっぽりかぶせた。
「どうだ。似合うかい?」
ニンマリ笑うジジイの顔に、なぜかズラがジャストフィットしている。署長がかぶっているよりお似合いだった。




