ぬけ作とジジイ
困惑警官が戻って来ると、「私と一緒に署長室に来てください」と言われたので、俺とジジイは警察署に入った。
署内を闊歩すると、すれ違う人はみな振り返り目を丸くする。俺とジジイはますます気分を良くし、歩幅も大きくなり、ふんぞり返る角度も大きくなった。
困惑警官は六階の署長室の前に立つと、コンコンと二度ノックする。すぐに中から野太い声で返事があった。
「どうぞ。入りたまえ」
「失礼します」
困惑警官がドアを開け一礼して中に入り、俺とジジイはふんぞり返り後に続いた。
室内にはどでかい応接セットが置いてあり、ズラだと一目で分かるタヌキ顔のおっさんに、前歯が飛び出たいわゆる出っ歯のこれまたおっさんと、若いのに苦労してんじゃねえのかわいそうに、と思わせる俗に言う若年寄が座っている。その三人は資料を見ながら、何かゴニョゴニョと小難しい話でもしているのか、顔つき合わせてこちらを見ようともしない。
「署長、お連れしました……」
困惑警官が、ますます困惑顔になって告げた。
下を向いて資料を見ていたズラタヌキが、
「おう」
野太い声で応え、続けて「ご苦労さ――」と顔を上げた瞬間、「ま」の口の形で固まった。ズラタヌキが固まっているので、出っ歯と若年寄も何事かとこちらに顔を向ける。
「へっ?」
全員が俺たちを見てぽかんと口をおっぴろげた。
とその時、
「すみません、遅れました」
由美子がスタスタと登場した。
「真治来てくれたのね。助かったわ……」
俺たちと向き合った由美子は、口を「わ」の形で固めてる。それはもう、口をぽかんどころではない。目と鼻も気持ちよく全開にしている。もしかしたら毛穴もおっぴろがっているのかもしれない。
「なっ、ななっなんなの」
「いいだろ由美ちゃん、ほりゃ」
ジジイは颯爽とマントをひるがえし、トリプルループを鮮やかに決めた。見事なジジイだ。さすがはサルだけはある。八二・三四の得点は十分あるぞ。などと感心していると、
「真治! なによそのいかれた格好は!」
由美子に凄い剣幕でどやされた。
横島署に来る前に、ジジイと二人でスポーツ用品店に行った。
ジジイから、「ピチピチにはこれに限る」と言われ、見せられたのがウエットスーツだ。全身が黒で、横に赤ラインが入っている。なかなかシャープな色使いで、「これはいいではないか」とジジイと二人でニンマリして買い求めた。そして次はマントを探した。だが、気に入るものがなく途方にくれていると、ジジイがナイスなアイデアを言い放つ。
「カーテンがよかんべ」なぜか東北弁を交えたジジイは、黒の遮光カーテンをズバリと買いやがった。店員に無理を言い、背丈に合わせて裁縫してもらった。店員の不思議そうな顔は今でも思い出せる。カッコいいマスクも買おうとしたが、それはやめた。それもジジイの意見だ。ちらっと顔が見えている方がいいと言ったからだ。そしてこうも言った。
「渋く決めるのは、やっぱりサングラスだっちゃ」なぜかラムちゃん風に言い放った。
「まあ、そんな感じでこの格好になったわけよ」
由美子は、呆れてものも言えません、という顔をして俺の話を聞いている。それでも、俺とジジイの胸元を見て、面倒くさそうに言った。
「それで、そのマークはなんなのよ。真治の胸に白で書いてある、○に正の文字と、おじいさんの○にホの文字は、それは一体なんなのよ」
「あっ、これだろ。ひでえんだこのジジイ。俺のことを、お正月仮面とか言いやがってよ。こんなマークを俺に内緒で、密かに書きやがった。ジジイはヒップホールマンが気に入ってるからいいけどよ。俺のはひでえだろ。ジジイ! 俺も密かに、○に穴という漢字に書き直してやるからな。覚えてろよ!」
「いいじゃねえか。○に正の字が書いてあったて、誰もお正月仮面なんぞに思いやしねえよ。正しい人だと、書いてあると思えやいいじゃねえかよ。それによ、ちゃんとミラクルジャックって名前に変えてやっただろ」
「うるせえ! 気分の問題だ。どこのヒーローが、堂々と漢字を胸に書いてる奴がいんだよ。俺はスーパーの宣伝マンじゃねえんだ。かっこ悪いだろうが!」
「なに言いやがる。おめえなんてな、なに着たってかちょよくはなんねえよ。おめえは自分のツラをカガミで見たことあんのか? 豆にスジつけたようなツラしやがって、もうちょっとツラにはメリハリをつけやがれてんだ」
「なにをジジイ! てめえに言われたくはねえ――」
バン! バン! ババン!
由美子が立て続けにテーブルをぶっ叩き、
「うるさい! 黙れぬけ作とジジイ!」
雷電の如く怒鳴り声を轟かせた。
署長室の壁はビリビリと震え、ズラはぶっ飛び、出っ歯は乾き、若年寄はそのままだったが、俺とジジイはアワアワと慌てて首を引っ込めた。




