フリフリエプロン
「じゃあ真治、あとはお願いよ。神様もエプロン似合ってるわよ。じゃあね、行ってきま~す」
「行っちまうんだね……」
フリフリ付きの白いエプロンを着たジジイが、玄関で名残惜しそうに見送っている。由美子が玄関を出て行くと、ジジイはサンダルをつっかけ小走りに駆け出した。
玄関の前で立ち尽くすジジイは、去り行く由美子の後ろ姿に向かい、
「由美ちゃ~ん、行ってらっしゃ~い」
涙ぐむ顔を悟られまいと精一杯の笑顔を作り、いつまでも手を振り続けた。
お前は一昔前の新妻か。
目頭をゴシゴシ擦り戻ってきたジジイは、
「さあ、にいちゃん。ちゃっちゃっとやっちまおうぜ」
腕まくりして妙に張り切っている。
「どっから引っ張り出したんだよ、そのエプロン。もういいいからジジイは帰れ」
「やだね。おいらは由美ちゃんと約束したんだ。洗濯しておくよってな。由美ちゃんも、これ使ってってエプロン貸してくれたんだ。う~ん、いい匂いじゃねえか」
ジジイは幸せそう顔でエプロンにほお擦りすると、鼻をおっぴろげて力いっぱい吸い込んだ。嬉しそうな顔を見てると言い出しにくいが、しょうがないだろう。
「ジジイ、申し訳ないけどな、それ俺んだ」
「えっ? でもこいつはフリフリが付いてるじゃねか」
「それな、由美子に買ったんだけどよ、一度も使わないままけっきょく俺が使ってる。まあ、由美子に使ってくれって言われたんだから、ちゃんと使えよな。似合ってるぜ、フリフリジジイ」
哀れなジジイは、苦虫を噛み潰したような顔をすると、エプロンのフリルをイジイジとこねくり回し、薄っすらと涙を浮かべた。
一睡もせずにビールを飲み過ぎたので、耳も目も感覚が失われたようにぼや~っとしている。頭はそれ以上にぼけ~っしている。今日はバイトが休みで本当に良かった。
俺はソファーに体を投げ出し、ダメな人になってぼや~っとぼけ~っとしている。それに比べ、ジジイは張り切って洗濯しているから偉いもんだ。だが、おかしなことに、ベランダに洗濯物を干しに行ったきり、かれこれ一時間も姿を見せない。なにかとグチグチうるさい老いぼれなのに、ベランダからうんともすんとも音が聞こえない。まさか、洗濯物を干しに行って、桃にさらわれたわけでもあるまいな……?
「あっ! 下着だ!」
すっかり忘れてた。あの老いぼれは健全なジジイではない。不健全なジジイだとすっかり忘れていた。
こりゃいかん、急いでベランダに駆けつけると、
ななっんと!
ジジイが仰向けで倒れている。
まずい。不健全ではなく不健康なジジイであったか。こんな哀れなじい様に、俺はなんて疑いをかけてしまったんだ。
仰向けに倒れているじい様を抱き起こし、声をからして懸命に叫んだ。
「じいさん! しっかりしろ! 気をしっかりもて! 死ぬんじゃねえぞ!」
ロミオがジュリエットの死を悼み、抱きしめて号泣したように、俺もじい様の死を悼み号泣はしなかったが、おもいっきり揺さぶった。
「じいさん!」
「なんでえ、うるせえな。酒くせえから離れろよ」
じい様はうっとうしそうに俺の腕をほどき、またもとの仰向けの体勢に戻った。行儀よく真っ直ぐな体勢で仰向けになると、鼻の下を伸ばしなんともいやらしい目で上を見ている。その視線の先が気になり見てみると、由美子の洋服と下着だけがきれいにきっちり干してある。俺の洗濯物はその辺に散らかっている。
「いい~眺めだねこりゃ~。黒なんか非常によいね~っ」
仰向けの体勢で下から下着を眺め、たっぷり感情を入れて呟くジジイ。
ベランダに初夏を思わせるような、生暖かい風が通り過ぎた。
昼前のぽかぽかした陽射しと一緒になって、ベランダの洗濯物を優しく乾かしてくれる。だが、ベランダで寝そべるジジイが、洗濯物を湿った感じにしてくれやがる。
ジジイをそのままほっとき、俺は黙ってベランダをあとにすると、ガラス戸を閉めきっちりカギをかけた。そして、リビングのソファーでぐっすり寝ることに決めた。




