寝起きが悪い
ぼんやりとした意識の中で薄目を開けると、サルと美女の顔が目の前に広がった。
老ザルがニヤリと笑い、何かをほざいてる。
「おっ目を覚ましたか。バカだな、にいちゃんも」
「ほんと、マヌケな男」
美女が呆れたようにほざいてる。
そうか、この老ザルは人間のジジイで、美女は由美子ではないか。
頭を持ち上げようとしたが、脳天に激痛が走った。
「あたたたっ……」
「にいちゃん、まだ寝てろ。頭の上にでっかいタンコブがあるんだからよ。無理すんな」
ジジイに言われ、そ~っと自分の頭をまさぐった。驚くことに、コブシほどのタンコブが出来ている。いくらおもいっきりぶっ叩けと言っても、加減てもんがあるだろう。俺は恨みつらみを目で表現して、キッと由美子を睨んでやった。
「あら、なんか文句あんの? 真治が自分で言ったのよ。おもいっきりやってくれって。あたし言ったわよね、責任もてないって」
「しかし……加減ってもんが…………」
「なによ、人のせいにするの? じょーだんじゃないわよ真治。あたしは言われたことは、きっちりかっちりやる女なのよ。それを分かってあたしに頼んだんでしょ。それをいまさら、あーだこーだ言われても、それは筋違いもいいとこなんじゃないの。ねえ、違う? あたしの言ってること間違ってる? なえ、どうなのよ真治。はっきりしてもらおうじゃないの。ねえ、どうなのよ。男ならはっきり言ってみなさいよ。ねえ、ねえ!」
「いや……その……」
バン!
目を鬼のように吊り上げた由美子は、平手でテーブルをおもいっきりぶっ叩いた。
俺も飛び上がったが、ジジイは三メートルほどすっ飛んだ。由美子初心者のジジイなら、そのぐらいすっ飛ぶのはしょうがない。
力強さと気の強さ、おまけに気性の荒さ。この三拍子が由美子のすべてだ。由美子の本性を知ってる者は、誰も口答えをしない。それに最悪なのは、寝起きが悪い。今の由美子は三拍子プラス寝起きなので、四拍子揃った最悪の状態だ。
飛行距離三メートルもすっ飛んだジジイは、壁にへばりつきワナワナ唇を震わせている。さっきまでならいい気味だと、へらへら笑ってやるのだが、如何せん由美子の標的は俺だ。なんとかここは、由美子の怒りを回避しなくてはならない。
「あぁ~……頭が…………」
俺はコントようにふらつきながら、ソファーにへなへなと倒れこんだ。うつ伏せになり、目を合わせないように顔を隠す。
「ふん! だらしない」
由美子の鼻息が、俺の髪の毛を揺らす。それだけでもピリピリと脳天に響いてしまう。そのままの姿勢で、じっと嵐が過ぎるのを待っていた甲斐があり、由美子はもう一度、
「ふん!」
荒い鼻息を一発かまし、キッチンに歩いて行った。
「ほっ……」
安堵のため息をついた俺は、首だけ伸ばしあたりをうかがう。由美子はキッチンで朝のコーヒーを淹れているようだ。ジジイはと見ると、捨てられた子犬のような目をして、壁にへばりつき縮こまっている。俺と目が合うと、嬉しそうに擦りよってきた。
「おっかねえな。いつも?」
小声で話すジジイに、きっぱりとうなずいてやった。
「そうかい……おめえのねえちゃんは、寝てても起きててもうるせえんだな。おいらは滅多に同情はしねえってさっきも言ったけどよ、ほんと、おいらは同情するぜ、にいちゃんによ……」
しみじみ言われ、じんわりと目頭が熱くなる。
俺とジジイはしばらくの間、肩を寄り添ってうな垂れてしまった。




