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便所タワシ

 そんなゾンビの出来そこないのジジイではあったが、ビシッと真っ直ぐに立ち胸を張ると目付きが変わった。いつものショボショボ濁り目が一変、ショボショボはギンギンに変化している。とはいっても濁り目は相変わらずなので、ギンギンしている濁り目という、なんとも得体の知れない目になっている。それに、鼻の下には弾がかすった二センチほどの傷があるので、ちょび髭のように見える。総合的に見てジジイの姿は、ウサギを頭の上に乗せている、マントを着けた怪しいインチキマジシャンと言えるだろう。

 厳しい顔をしたちょび髭インチキマジシャンは、なにも言わずに由美子と俺を押しのけると前に立った。

「人を殺すのが、そんなに楽しいか」

 ジジイはもう一度同じセリフを言うと、便所タワシを鋭い眼光でねめつけた。便所タワシはそっぽを向いたが、それはジジイの迫力ではなくお絹が嫌なだけのようだ。その証拠にそっぽを向きながらニヤニヤ笑っている。

「楽しいね~。俺の行動で他人の人生が左右されるんだ、こんなに面白いのはゲームでも味わえないだろ」

 薄気味悪く笑っている便所タワシとは対照的に、ジジイは顔を曇らせると大きなため息をついた。

「おいらはおめえらが地獄から脱走したからって、そんなに大したことにはならねえと思ってた。そりゃ悪さはすると思ってはいたがよ、ここまでひでえとは考えもしなかったぜ。せいぜい人にとり憑いて、悪さして金儲けするぐれいだと思っていたよ。だってそうじゃねえか、おめえらだって魂は人間のままだろ。石ころや木の股から生まれたわけじゃなく、人間の親から生まれたんじゃねえのか……。でもな、まぁ人間は業の塊だからよ、私利私欲のために人を殺すのはしょうがねえやな……。それにしたって、おもしれえとか楽しいとかの理由で人を殺しちまうのは、人間としてどうなんだ。それも私利私欲と言えるのか。それによ、おめえらこのままだったら腐ったナマナマララゲの魂のままだぞ。また人間に生まれ変わりたくはねえのかよ」

 ジジイは自分の言葉を噛みしめるかのように話していたが、話し終わるころには暗く悲しい顔になってしまった。

 そっぽを向いてニヤニヤしながら聞いていた便所タワシは、「はぁ~っ?」と左の眉を吊り上げると小馬鹿にしたように喋りだした。

「冗談じゃないぜじい様。俺はこのままでいいんだよ。気にいった人間にとり憑けば自分の身体にできるし、飽きるかその人間が死んだら違う人間に憑けばいいんだからな。俺は死ぬ心配がない。これから面白くなるっていうのに、人間なんかに生まれ変われるかよ。なあ、お前らもそうだろ」

 便所タワシが同意を求めると、舎弟のホウキたち三人は嬉しそうに頷いた。中でも一番大きく頷いたホウキが、出っ歯を光らせ満面の笑みを浮かべて言った。

「アニキ、これから俺たちは凄いことになるぜ。二十一人いる俺たちがそれぞれ世界各国に飛び散って、大統領とか国の権力者にとり憑いたら、世界は俺たちの意のままに操れるわけだ。その時はもちろん、世界を牛耳るのは俺たちのリーダーのアニキしかいない。神とは名ばかりの老いぼれとは違い、名実ともに本当の神になるのはアニキだ。これからのことを思うと、ヒーヒヒヒッ、嬉しくて、ヒヒヒッ、笑いが止まらいいよ。ギャハハハ~」

 ホウキは狂ったように大笑いすると、本当に笑いが止まらなくなってしまったようだ。苦しそうに腹を抱えて床を転げ回っている。

 便所タワシは笑い転げるホウキを向かって声を張り上げた。

「ユウキよく言った! そうだ、俺は神になる。そのためには、俺を阻むものは一秒でも早く排除しなければならない。ジャック、ぐずぐずしてないで早く飛び降りろ。人質を爆破するぞ」

 鼻息の荒い便所タワシは、起爆装置のボタンを親指で押す仕草をする。

「やめてくれ!」

 ジジイは突然そう叫ぶと、床に頭を擦りつけて土下座した。咄嗟の行動についていけないお絹は、ジジイの頭からコロンと一回転して床に転がってしまった。

「頼む。ジャックにそんなひでことをさせないでくれ。おめえも知ってるように、ジャックの命はあと一カ月もねえ。それで見逃してくれねえか……このとおりだ、頼む!」

 床に顔を着けているので表情はわからないが、ジジイの肩は小刻みに震えている。微かに鼻をすする音も聞こえる。そんな、小さい体を折りたたむように土下座をしているジジイの姿を見ていると、俺は目頭が熱くなってしまった。お絹も途方に暮れたような顔つきで、ジジイの後頭部を眺めている。

「ガァハハハ~」

 便所タワシが大口を開けて爆笑した。

「こりゃいい眺めだ。大神ともあろうお方が、地獄に落とされた俺に向かって、無様な格好で土下座をしてるぜ。俺は大神以上の存在になったようだ、ガハハハッ。お前ら、俺は神を超えたんだ。大神の上をいくネーミングを考えろ」

 便所タワシが嬉しそうな顔で仲間を見渡すと、焼豚がシュパッと律儀に手を挙げた。

「こうじょうしん、なんてどうですか?」

「こうじょうしん? それは、上に向かう心と書く向上心か?」

「いえいえ違います。今よりも高く上にいる神と書く、高上神です。それと、タケシさんが言われた向上心にもかけてみました。タケシさんにはもっともっと、上を目指してもらいたいですから」

「上手い!」

 便所タワシは、「山田くん! 座布団三枚持ってきて」と、続けて言いそうな勢いで叫んだ。焼豚も一歩下がって、山田くんが持ってくる座布団三枚を待っている、そんな得意げな表情をしている。

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