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不気味に笑った

「なにそこでコソコソ話してる。早く飛べよ」

 便所タワシが催促すると、

「ふざけんなバカヤローッ! ジャックにそんなことさせてみやがれ、おいらが許さねえ!」

 ジジイが威勢良く怒鳴った。しかし、声の音量と度胸は一致しないようで、キッチリとうつ伏せに寝ながらピクリとも動かない。笑いながら怒る芸をテレビで観たことはあるが、うつ伏せで微動だにせず怒鳴り散らす芸は初めて見た。

「あんたたち! 真治の命があと一カ月だろうと、あたしが絶対守る!」

 由美子はナマナマララゲたちに宣言すると、俺に向かって声を震わせた。

「絶対に守るからね……」

「守りたければ勝手に守ってろ。飛び降りろっていうのは、俺の提案であって強制じゃない。フフフッ、でもこれを見せれば、俺の提案が素晴らしいものだと思うだろうな」

 便所タワシはニヤニヤしながら、デスクに置いてある電卓のような物を掴んだ。ボタンを数回押したあと、電卓モドキを突き出した。

「これは起爆装置だ。今暗証番号を入力したからオンボタンを押せば、一階の人質につけた爆弾が爆発する。飛び降りたくなければ、なにも無理して飛び降りなくてもいいぜ。ジャックの好きにすればいいだけだ。強制じゃない。提案だよ。プッ、ププッ……ギャーハハハハーッ」

 おかしくておかしくて、遂には堪え切れなくなったのだ。便所タワシは椅子の背もたれにそっくり返り、狂ったように大笑いしている。ホウキもウスノロも焼豚も、便所タワシを囲んで腹を抱えて笑っている。

「く、狂ってる……」

 悔しそうに呟く由美子は、便所タワシを睨むと唇を噛みしめた。

 今すぐ死ねと言われても、現実味がなかった。立ち上がって辺りを見回すが、なにも考えることができない。思考能力がなくなってしまったようだ。ただ、人がそこにいる、ソファーがそこにある、そんな単純なことしか考えられない。大鉢と飛田はなぜ涙を流して笑っているのだろう……。捕まえたはずのプーやんと大ちゃんが、なぜここで笑っているのだ……。

 そんなことをぼんやりと考えていると、後ろからチョンチョンと肩を突っつかれた。振り向くと見慣れた顔がそこにあった。

「ピッチョン……さん」

「話は聞きました」

 小声で言うピッチョンのポーズは、柱の陰に隠れている忍者のように縮こまっている。俺を柱の役目にさせて、チラチラと大笑いしている四人を確認しながら早口で続けた。

「最悪の場合、落ちてもいいように手配します。ですが、準備が出来るまで時間を稼いで下さい。準備が整い次第、また僕がここに現れます。僕が現れるまで、絶対に無茶をしないように。わかりましたね」

 ピッチョンは俺の右肩をグッと掴むと、一瞬にしてパッと消えてしまった。だが、肩にはピッチョンの温もりが残っている。少しだけ勇気が湧いた。

「あれ、ジャックさん、なにをボーッとしてるのかな。ヒーローなら答えは一つだよね。それとも死ぬのが怖いのかな? アハハハ~」

 ホウキが大笑いしている。ピッチョンが現れたことを、誰も気づいていないようだ。

 署長は悔しさを態度で示しているのか、命より大事なズラを噛んでキィーッとなっている。なぜかお絹はズラを外した署長のハゲ頭の上に乗り、バンバンと後ろ足で蹴りまくっている。育毛の手助けをしているのではなく、お絹も悔しさを態度で示しているのだ。ジジイだけは相変わらずうつ伏せのままで、死んだふりを決め込んでいる。

 ホウキの言うように、俺はヒーローだ。ヒーローはどんなピンチになろうとも、最後は一発逆転の大勝利で終わるものだ。だが、もしも仮に万が一、ヒーローの俺が死んでも、人質全員が助かるならそれでいい。魂が消えて無くなったとしても構わない。多くの人質を助けるために死ぬんだと、ヒーロー前田真治の名が後世まで残る。どうせあと一カ月の人生だ。それでいい……。

「素敵な提案、ありがとうな。フッ」

 俺はニヒルに笑うと、盾になる由美子を横に寄せて前に出た。その時、由美子は強張る顔を向けたが、俺は余裕の笑みで頷いてみせた。そして、その余裕の笑みをナマナマララゲたちに向ける。

「おい、お前らのお望み通り、そこから飛び降りてやるよ」

 キリッと眉毛を上げて男らしく言い放つ俺に対して、便所のタワシはヘラヘラと薄ら笑いを浮かべながら言う。

「はいはい、つべこべ言わなくていいから、早く飛んでくれよ。人質のみんなが待ってるぞ」

 いちいちムカつくヘラヘラでナマナマなララゲのクソ野郎だが、キッチリと確約を取らなければいけない。

「俺が飛び降りても、卑怯なお前らが人質を解放するとは思えない。俺がここに一人で残るから、一階の人質全員と署長と由美子、それに死にぞこないでもジジイを解放しろ。全員が安全な場所に解放されたのを見届けたら、華麗なるジャンプをお前らに見せてやるよ。お前らは俺を始末すれいいんだろ。そのくらいの条件は飲め」

 ヒーローらしい自己犠牲のセリフをバチッと決めたのに、相変わらず便所タワシはヘラヘラ笑っている。

「条件を飲めだと? 笑わせるな。俺は提案しているだけだ。人質を助けたければ飛び降りればいいし、嫌なら飛び降りなくてもいいんだぜ。でもな、お前が素直に飛び降りたら、全員解放してやるよ。お前が死ねばこれから好き放題に暴れるから、今はなにも大量に殺さなくてもいいからな。楽しみは後に残したほうがいいだろ」

 便所ブラシは口角を上げてニタ~ッと不気味に笑った。とり憑いた大鉢の嫌味な顔を最大限に生かしている。

「人を殺すのがそんなに楽しいか」俺の背後からくぐもった声が聞こえた。

 振り返ると、うつ伏せで寝ていたジジイが幽霊のようにゆっくりと起き上った。いや、もしかしたら本当の幽霊かもしれない。死んだふりをしていたら、本当に死んでしまったのかもしれない。嘘から出た実、と言えば良いのか、ミイラ取りがミイラになった、と言えば良いのか、正確な比喩は定かではないが、どう贔屓目に見てもジジイは幽霊かゾンビのようである。だが、お絹がジジイの体をよじ登り、頭を蹴り飛ばすと痛そうに顔をしかめたので、なんとか生きてはいるようだ。

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