ウハウハトリオ
仁王立ちの由美子は振り返ると、俺に微笑みかけ、うつ伏せで動かないジジイを見ながら頷いた。
「あたしが守ってみせる」
守るべき人間が増えたので、由美子の姉ご肌の気質と正義感に火が点いたのだ。鼻息荒くそう言うと、先ほどよりも更に鋭い眼光で便所タワシを睨みつける。
「さあ、撃ってみなさいよ。あたしは死んでもここを動かない」
両手を広げて胸を張るその姿は、まるで守護神のようだ。
「お前は撃たねえよ。殺しちまったら、奴が無敵になるからな。しかし、拳銃は素人が撃っても、なかなか当たらないもんだな」
便所タワシが拳銃をまじまじ見ながら呟く。
「それは、アニキの腕の問題だけじゃないようだぞ」
弟のホウキに言われ、便所タワシは顔を上げた。
「どういうことだ。お前、なにか知ってんのか?」
「だからさっき言っただろ。情報を伝えに来たって。どうやらジャックは、寿命まで死なないようだ」
「寿命まで死なない? 無敵じゃないのになんどうして?」
訝る便所タワシに、ホウキはそば屋の長寿庵で聞いた話を伝えた。
「ジャックが死ぬのは一カ月後だってさ。自殺じゃない限りその前に死ぬことはないって、寿命で決まっているらしいぜ。アニキが撃った弾が逸れるのも、そのせいだろうな。放っておいても一カ月後に死ぬんだから、こんなことをしなくてもよかったんだよ」
「それは本当の話か?」
「間違いない。一カ月過ぎたら俺たちの天下になってるよ。だからさ、せっかく地獄から脱出したんだからこんな面倒くさいことしてないで、どっかの青年実業家にとり憑いてハワイかグアムにでも行ってパーと遊ぼうぜ。水着の金髪ギャルとウハウハしている間に、邪魔者はいなくなってるんだ。なあ、コウタ、トウマ、お前らもそう思うだろ」
ホウキから、魅惑の金髪水着ウハウハ大作戦を聞かせれたウスノロと焼豚は、これ以上は速くなりませんよ、と言わんばかりに高速回転で何度も頷いてみせる。
そんなウハウハ大作戦を夢に描く三人に向かって、便所タワシは不満タラタラに愚痴をこぼした。
「お前らはやっぱりバカだ。お前らを誘っていなかったら、俺は捕まることも死刑になることもなかったと今でも後悔しているよ。事前に計画を練ったのに段取りを覚えていない、挙句の果てには自分勝手に行動する。お前らがバカだから、籠城して人質を殺す羽目になったんだぞ」
便所タワシがウハウハトリオを睨みつけると、ホウキがオドオドしながら言った。
「でもよ、アニキは人質を殺すのを楽しんでたぜ……」
「うるせぇ! 黙ってろ。それよりも、寿命より前に自殺なら死ぬっていうのは本当か?」
「うん。それに、自殺した奴は生まれ変わることもできないらしいぜ。なんでも魂が消えて無くなるそうだ」
ホウキの説明を聞いて、便所タワシはニヤリと笑った。
「そいつは面白れえ。なにもこいつがくたばるのを、一カ月も待つこともないわけだ。おいジャック、この窓から飛び降りて逝っちゃえよ」
満面の笑みを浮かべる便所タワシは、自分の後ろにある窓を立てた親指でクイクイと差した。開け放たれた窓から、気持ちのいい風が吹き込んでいる。
この窓から出ればコンビニに近いよ、とそんな軽い言い方なので、釣られて「そうですか。それじゃコーラと柿の種を買ってくるね。他に欲しいもんある?」と言い返し、ホイホイと窓から飛び出してしまいそうだ。だが、いくら俺でもそこまでお調子者ではない。ここが六階だとしっかりわかっているのだ。窓から飛び降りたら最後、コンビニどころかあの世にも行けなくなってしまう。
「真治、今の話は本当なの? あと一カ月って……」
由美子が不安そうな顔で振り返った。
「ああ……そうらしい。あの真面目なピッチョンさんが言うんだから間違いない。だから俺は選ばれたようだ。でも、この状況じゃ一カ月ももたないな、へへへっ」
俺は無理して余裕の笑顔を作ったが、
「なっ……」由美子は目を見開いたまま固まってしまった。
「由美子、俺が死んだら、今度付き合う男は間違うんじゃねえぞ」
「どうゆうことよ」
「決まってんだろ。由美子は俺みたいなボンクラじゃなくて、もっと相応しい男と付き合えってことだ。でも心配しなくてもいい。俺以上の男なんて、そこら中にゴロゴロしているからな。石を投げれば当たるくらいゴロゴロしてる」
「あんたはなにもわかってないのね」
由美子に鋭い眼光で睨まれた。




