走馬灯
飛田は興奮するジジイなど眼中にないようで、無表情のまま背広の懐に右手を入れる。
「おい出っ歯! 聞いてんのかコノヤロウ!」
怒りに任せて一歩踏み出したジジイに、飛田は素早く懐から出した拳銃をジジイに向けた。
「騒ぐなじいさん。その頭の白いのも俺に向けるな。それ以上近づいたらぶっ殺すぞ」
拳銃はジジイに向けているが、顔はあさっての方向に向いている。
「おめえまさか……」
ハトが豆鉄砲食らうと言うが、サルが鉄砲玉食らわされそうになるとこんな顔をするのものなのか、と感心してしまうほどジジイの顔は驚きに満ちている。驚いて目ん玉が飛び出ているのはジジイだけではない。お絹も由美子も俺も飛び出ているし、署長などは目ん玉どころか例のアレもすっ飛んでいる。
「とっ飛田くん、きっ君は、ななにをすっするるんだ!」
署長はすっ飛んだズラをあたふたと装着しながら叫ぶ。ジジイがズラの位置をキッチリ直しながら低く呟いた。
「ツルリン、こいつの姿形は飛田だが、頭ん中はナマナマララゲだぜ。やいナマ出っ歯、いつから飛田にとり憑いてやがる」
普通の出っ歯から、腐りやすいので冷蔵庫に保管して下さい、と注意書きが付いてしまったナマ出っ歯は、そっぽを向きながら自分の頭を指差した。
「こいつが署に出勤してすぐだ」
「じゃあなにか、てめえはそば屋の時もナマナマだったんだな。飛田がブッパナサレンジャーの一員になったと、喜んだおいらがバカみてえじゃねえか。ごてぇねえに、サングラスに風呂敷のマントまでつけやがって」
「ノリだノリ。お前たちが妙に盛り上がってるから、一緒に遊んであげたのさ。サングラスは、そこの白いのを見ないようにするためだ。顔だけ向けていれば、目をつぶっていてもわからないからな」
ナマ出っ歯が、とり憑いた飛田のチャームポイントをニョキッと突き出し、キラリンチョときらめかせてニヤリと笑った時、
「勇樹、こっちに来い」
眉間に皺を寄せた便所タワシが、ナマ出っ歯に向かって手招きをした。
勇樹と呼ばれたナマ出っ歯はきらめく個性を引っ込め、神妙な顔つきで便所タワシに向かって歩き出した。
勇気の名を聞いてすぐにわかった。大鉢にとり憑いているナマナマララゲ、別所武こと便所ブラシの弟の名は勇樹だ。ジジイも気づいたらしく、「チッ」と舌うちすると小馬鹿にするように「フン」と鼻で笑う。
「便所のタワシとホウキが揃ったんだ、偉そうにしてねえで便器でも磨いてやがれ」
ジジイが小学生レベルの嫌味をかましても、掃除用具の兄弟はまったく眼中にないようだ。ナマ出っ歯が真面目腐った顔で便所タワシの前に立つと、タワシはとり憑いた大鉢の個性を生かして、大デコをナマ出っ歯の鼻っ先にグイッと突き出した。
「警察の動きを探ってるお前がなんでここに来た」
便所ブラシが睨みつけると、ナマ出っ歯は肩をすぼめて縮こまり、ついでに口もつぼめたが飛び出た歯は収まりはしなかった。
「そう怒るなよアニキ。じいさんに携帯を壊されたから、直接情報を伝えるために来たんだぜ」
「ふん、まあいい。警察の情報なんて今さら必要ない。こいつを殺せばいいだけだ」
便所タワシは俺に向けて拳銃を、ついでにデコも突き出した。と同時に、
パン! 狭い部屋に乾いた銃声が響き渡った。
撃たれた……。俺は映画のスローモーションのように、ゆっくりとした動作で仰向けに倒れてゆく。頭の中に今までの人生が、一コマ一コマ走馬灯のように流れた。ガキの頃、泣かされて帰ると、決まって隣に住む高橋のおばちゃんが慰めてくれた。その時の金歯がこぼれる笑顔の一コマ。中二のあの日、振らて帰る俺に、塩もみしたキュウリを一本差し出しながら見せた、高橋おばちゃんの金歯スマイルの一コマ。高校を合格したあの日、一緒に喜んでくれた高橋おばちゃんのゴールドスマイルの一コマ。高校を卒業して実家を出る時に、「たまには電話してよ」と泣き笑いで見送ってくれた高橋のおばちゃん。あの時は涙と鼻水、そして金歯が夕陽に光っていた。言うなれば、顔面スリーゴールドスマイルの一コマ。俺は熟女好きではないのに、なぜだか高橋のおばちゃんだけしか走馬灯に現れない。




