歯槽膿漏
奥のエレベーターまで行く途中、ロビーには解放されない五十人近い人質が後ろ手に縛られて、ひと塊りになって床に座らせれていた。その周りを取り囲むように、拳銃を持った数人の男が立っている。その他にもイスにだらしなく座っている奴や、デスクに腰かけている奴もいる。人質の怯えた表情とは対照的に、そいつらは俺を見てニヤニヤしているから、ナマナマララゲにとり憑かれた人間なのだろう。
ナマナマララゲらしき奴らを目で追い、頭の中で人数を数えた。
十七人。
ナマナマララゲの総数は二十一人のはずだ。大鉢とプーやんとだいちゃんを合わせると二十人にある。それだと一人足りない。
「ジャック、人質を見たか」
隣でふんぞり返って歩くジジイが、眉間に皺を寄せて呟いた。
「縛られているんだろ。言われなくてもわかってるよ」
「ちげえよ。足元をよく見やがれ。ひでえことしやがって」
なにをどうしたらこんな顔になるのかと、疑問以上に顔の構造がどうかしちまったのでは? と要らぬ心配をしてしまうほど不機嫌な面構えのジジイに言われて、改めて人質の足元を見た。
両足を縛られた脛と脛の隙間に、細長い円柱形のダイナマイトらしき物が一本、テープで巻きつけられている。全員の足元は確認できないが、恐らく全ての人質の足につけられているのだろう。その他にも足元から細い銅線が一本伸びている。人質が集まる所から無造作に伸びた無数の銅線はひとつに束ねられ、ティッシュの箱くらいの黒い箱に繋がれている。
「なんだあの黒い箱は……」
俺が思わず呟くと、後ろにいるウスノロが「イヒッヒッ」と薄気味悪い声で笑った。
「気がついたか、あれは起爆装置だ。妙なことしやがったら、遠隔操作でスイッチを押すんだよ。一回押すだけで、全員残らず吹っ飛ばすって寸法だ。ヒッヒッヒッ」
「なろ~っ!」
ジジイがウスノロに掴みかかろうとするので、俺は素早く羽交い絞めにした。
「やめろジジイ。こいつらは人間の命なんて屁とも思ってない。ヘタに手を出したら人質が犠牲になる」
「んぐぐぐっ……」
ジジイは下唇をおもいっきり噛んで、怒りを鎮めようとしている。薄っすらと歯の隙間から血が滲んでいる。歯槽膿漏ではないと思うが、正確にはわからない。
「クククッ、そういうことだ。あいつらをふっ飛ばしたくなかったら、大人しくしてるんだな。わかったかじいさん。ギャハハハ~」
焼豚はバカにしたように大笑いをしながら、エレベーターの上ボタンをポチッと押す。俺たちを待ち構えていたかのように、静かにエレベーターの扉が開いた。
俺はジジイを羽交い絞めにしたまま中に押し込んだ。
歯槽膿漏の疑いのあるジジイは、口元からポタポタと血を垂らしながら人質がいる所を睨みつけている。俺はジジイの耳元で囁いた。
「なあ、人質に死神は憑いてないよな?」
ジジイは六階のボタンを押した焼豚の後頭部を睨みながら呟く。
「ああ、一人も憑いてねえよ」
「そうか、良かった。じゃあ、爆弾で人質は死ぬことはないな」
ジジイは俺に顔を向けるとキッチリ頷いた。
「そおゆうこった。ジャックがここに来たから死ぬことはねえだろうよ。おめえがここに来るのは運命で決まっていたんだ。この先どんな展開になるかわからねえけど、少なくとも人質は死にやしねえ。ジャック、おめえの勇気のお陰だぜ」
右眉を吊り上げると、口をひん曲げてニヤリと笑う。おまけに親指を突き立て、グッドのコブシを作った。俺を称えるつもりらしいが、歯ぐきから血を垂らす気味の悪い薄ら笑いでは、どう贔屓目に見ても、町内会の「納涼肝試し大会」に飛び入り参加した、口喧しいじい様のお化け姿にしか見えない。




