晩夏の夕陽
「なんだとクソジジイ!」ウスノロが怒鳴る。
「ブタだと、それも焼いた方だとぬかしやがったな!」焼豚が真っ赤な顔で美味そうに叫ぶ。
「小汚ねえツバ飛ばして喚くんじゃねえよ。あだ名を付けてやっただけでも有り難く思いやがれ。てめえらの薄汚れた顔なんか近くで見たくねえから、あっちに行きやがれ。ほりゃほりゃ」
ジジイは両手で掴んだお絹を、焼豚とウスノロの目の前に交互に突き出す。焼豚とウスノロは瞬時に嫌な顔をする。
「こ、このクソジジイ、そいつを近づけんじゃねえ」
焼豚とウスノロは両手をグルグル回して応戦するが、如何せんそっぽを向いたままなのでお絹とジジイにはかすりもしない。調子こいたジジイは、「ほりゃほりゃ」とお絹を突き出す。焼豚とウスノロは「やめろやめろ」と逃げ惑う。ジジイはしつこく「ほりゃほりゃ」と追いかけ回す。
遠目から眺めると、気の合う仲間が白いウサギと戯れて、キャッキャキャッキャと遊んでいるように見えるだろう。
例えるなら。
晩夏の夕陽が、静かに波打つ海と砂浜をオレンジ色に染め上げていた。
数少ない海水浴客もほとんど帰り、残るのは過ぎ去る夏を惜しむ人たちだけ。僕ら三人も夏を惜しむ住人。
水平線に沈む夕陽に照らされ、キラキラ光る波打ち際で時間を忘れて戯れる。僕たち三人の影が、砂浜に長く踊るように伸びている。
白ウサギと戯れながら……。
と、なぜだか詩的に表現してしまったが、実際はいい歳をした小汚いおやじたちである。それも、ヨボヨボジジイとブヨブヨ太ったおっさん、それに二メートルを超えた大男もいるむさ苦しいおっさんたちである。付け加えるならば、この緊迫感のないジジイとおっさんたちは、生死を分けた戦いの真っ最中なのだ。
楽しく遊んでいるのか、真剣な攻防を繰り広げているのかわからない三人の間に、デルデルデッパちゃんこと出っ歯の飛田がズイッと割って入った。
「ふざけてないで、早く副署長の所に案内しなさい。大神様もいい加減にしてください」
いつになく真剣な顔つきの飛田がトンボメガネをずり下ろし、鋭い眼光で焼豚とウスノロを睨みつけた。いつもは人々を優しく照らすきらめく出っ歯も、今は殺気を帯びた鋭い刃のように怪しく光っている。
じゃれ合っていた夏を惜しむ住人たちは、飛田の妙な迫力にピタリと動きを止めた。
ジジイは「すまねえ」とバツの悪そうな顔で頭を下げると、お絹を定位置の頭の上にすごすごと戻す。
「おめえらのせいで、必要以上に歯を剥き出した飛田ちゃんに叱られたじゃねえか。これ以上剥き出す前に、言われたようにとっとっと連れて行きやがれ」
ジジイの言いがかりに、焼豚とウスノロは反抗するかと思ったがそうではない。二人は睨みつけている飛田から目を逸らすと、ウスノロが俺に拳銃を向けてアゴをしゃくった。
「署長室だ。行け」
俺とジジイと飛田が歩き出すと、ウスノロと焼豚が拳銃を構えて後ろからついて来る。




