いびき、歯ぎしり、寝言に屁
「美人過ぎる女刑事もいて良いではないか!」
セクハラ警察署長の鼻息荒い鶴の一声で、俺の彼女、鳥井由美子は一年前に刑事になった。
由美子も俺と同じ年の二十七歳。
頭脳明晰、一七〇センチあるスラリとした長身で、ボン、キュッ、ボン、とこれでもかとクビレまくっている。
腰まであるストレートの黒髪をなびかせ、腰を振って歩くと、正面から来た男は「あっ」と口を開け、後方を歩く男は勢い良く追い抜き振り向きざまに、これまたバカみたいに「がっ」と鼻も口もおっぴろげてしまう。
そんないい女がなぜ俺の彼女になったのか、それは俺でも理解不能だ。
居酒屋でバイトをしていた二十歳の時、同じバイト仲間の由美子と付き合い始めた。由美子は大学に通いながらバイトをしていたが、俺はバイトが本職のいわゆるフリーターだった。それは今でも変わりはない。顔は普通、体重六十キロで普通、身長も由美子と同じで、一般男性なら平均値。頭も良くもなく悪くもない。人からよく言われるのは、親戚のお兄ちゃんに似ているだ。
ただ、人より優れているところがある。それは感化されやすいし、すぐその気になる。
ブタもおだてりゃ木に登るブヒッ、と言った具合にホイホイその気になってしまう。
由美子曰く、それが堪らなくいいらしい。扱い易いというのか、都合がいいというのか、いわゆる便利なのだろう。
二LDKのマンションに同棲して一年になるが、炊事洗濯掃除は俺の役目だ。刑事の仕事で忙しい由美子だから、プーな俺がやるのは当然といえば当然なのだ。俺も嫌いではない。由美子のパンティーをたたんでいるときなどは、幸せを感じてしまうときもある。
由美子は午前一時に帰宅すると、ご飯もそこそこにもう寝てしまった。刑事の仕事は大変で疲れているのだろう。最近、目の下に隈も出来ているが、今日のは特別に黒い。
由美子の脱ぎ散らかした洋服を片付け、ボタンが取れかかったシャツを繕い終わり、お茶などすすっていたらもう午前三時になってしまった。
寝ようと思い立ち上がるが、ため息が出た。
「ハァ~、今日は寝れるのか……」
あれだけ疲れていては、確実に寝させてもらえないだろう。
寝室のドアをそっと開けると、ダブルベッドで由美子はスヤスヤ眠っている。様子を伺うために、由美子の顔を覗き込んだ。かわいい寝息をたてて眠っている。
「きゃわゆいの~」と鼻の下を伸ばして呟いてみたが、現実はそうそう甘くない。
「どうかそのまま、そのまま。そのままでありますように……なむ~」
手を合わせて呪文のように唱えると、由美子の隣に静かに潜り込んだ。
目を閉じると、由美子のスゥースゥーした寝息が聞こえる。その寝息が子守唄のように安らかな眠りに誘う。
スゥー、スゥー、……スゥー……スゥー…………
あぁ、もう夢の中に……いざなう…………
ウゴ~ッ、ウゴ~ッ、ゴゴゴッ、グゴッ~、ガ~!
げげっ、始まってしまった。
壮絶な由美子のいびきが始まったのだ。これが始まると、布団をかぶろうが、耳を塞ごうが関係ない。頭蓋骨の中まで響き渡る。
ギリッ……ギリッ、ギリッ、ギギギギッ、ギギギギッ、ギリッギリッ、ギリッギリッ
いびきの次に、歯ぎしりも始まった。この歯ぎしりは脳みそを振るわせる。耳を塞ごうとした時、
「真治!」由美子が俺の名前を叫んだ。
ぎょっとして覗き込んだが、口を全開に開き寝ている。
「真治! あんたは無敵よ! しっかり地球の平和を守るのよ! ――わかった……わね……」
うるさい寝言が始まったのだ。
寝言のセリフは毎回違うが、今日は特別に力が入っている。
そして、最後は…………。
ぶっ!
気持ち良く、寝っ屁が放たれた。
いびき、歯ぎしり、寝言に……屁。
彼女の四本柱が全部揃ってしまった。
ウゴ~ッ、ウゴ~ッ、ゴゴゴッ、グゴッ~、ガ~!
ギリッ……ギリッ、ギリッ、ギギギギッ、ギギギギッ、ギリッギリッ、ギリッギリッ
「真治! あんたは無敵よ! しっかり地球の平和を守るのよ! わかった……わね……」
ぶっ!
これが朝方までエンドレスに続くのだ。