魔法の知識持ってました
村の穏やかな朝は、突如響いた悲鳴とともにその静けさを打ち砕かれた。
けんたろうとリリアが草原で稽古を終えた直後のことだった。
リリアの友人で門番人が
「村が……襲われている!」
とリリアたちに知らせに来た。
二人は急いで村へ駆け戻った。
村の入口付近には、粗末な武具を身に付けた男たちが集まり、民家を荒らし、財産を略奪している。村人たちは怯え、逃げ惑っていた。
「盗賊……!」リリアが低く呟いた。「けんたろうさん、私が村人たちを守ります。あなたは――」
「いや、俺も戦う。」
リリアが制止する間もなく、けんたろうは前に進み出た。心臓が高鳴る。
しかし、不思議なことに恐怖はなかった。それどころか、むしろ胸の奥から湧き上がるような何かがあった。
「俺はできる……なぜか、そう思うんだ。」
そう思った瞬間
心の奥底から黒い力がみなぎってきた。
それをそのまま溢れるように手を前に突き出す。
盗賊たちはそんなけんたろうに気付き、嘲笑を漏らした。
「素手で俺たちを止めるつもりか?」
けんたろうは彼らの言葉を無視し、冷静に状況を見極める。
精神科看護師として働いていた日々が頭をよぎった。相手の行動や心理を読むスキル――
彼は小声で呟いた。「焦らず、丁寧に……確実に。」
一人目の盗賊が剣を振り上げて突進してきた。
けんたろうはその動きを見事に受け流し、間合いを詰めた。その瞬間、自分の中で燻っていた違和感が熱を帯び、具体的な形を取り始めた。
視界の端に、不気味な黒い光が揺らめいているのが見えた。
「なんだ……これは?」
戸惑いながらも、その力に逆らわず集中する。
目の前の盗賊に意識を向けると、不意にその男の内面が頭に浮かび上がった。
「不安定な自尊心、抑えきれない興奮、潜在的な被害的思考……」
精神科で接してきた患者たちの症状が、盗賊の心に重なる。そして、けんたろうは無意識に言葉を紡ぎ出していた。
「お前は周りがすべて敵に見えるのか。どこへ行っても安心できず、誰かが自分を陥れようとしていると思い込む……。その恐れが、いつもお前を支配している。」
盗賊は驚きと動揺で目を見開いた。
けんたろうの手のひらから黒い霧が生じ始め、男に触れる。すると黒い霧がその男を包み込む。次の瞬間、男は膝から崩れ落ち、うめき声を上げ始めた。
「極度の不安症状……これが闇の魔法の力なのか?」
けんたろうは確信した。この力は、彼が精神科携わってきた知識と経験に基づいて発現している。そして、それはただの魔法ではない。相手の心の弱点を突き、動きを封じるための闇魔法となり出現した。
勝利とさらなる謎
次々と襲いかかる盗賊たちに対して、けんたろうは同じように心の深淵を見通す力を使った。ある者には解離性の恐怖となり、ある者には自責の念を引き出し、気が狂るっていった。
「過去のお前の行いが、今、お前自身を苦しめる。逃げ場はない。」
「自分が信じた仲間さえ、裏切るのではないか? お前には誰も信じられないだろう。」
そのたびに盗賊たちは戦意を喪失し、次々に倒れていく。
一方で、リリアも剣を振るいながら、けんたろうの戦いぶりに目を見張っていた。
「魔法が使えないって言ってたのに……これは一体……!」
やがて最後の一人が村から逃げ出し、なんとかこの場を乗り越えた。
しかし、けんたろうは呆然としていた。
なぜならその力に戸惑いを覚えていたからだ。
「俺の中にあるこの力……一体、なんなんだ?」
リリアがそっと近づき、彼に静かに言った。
「けんたろうさん、あなたの力は確かに普通じゃない。でも、それが悪いものとは限らないわ。この村を救ったのは、紛れもなくあなたなんだから。」
けんたろうは彼女の言葉に頷きながら、遠くを見つめた。風が再び吹き抜ける。
彼の中の謎は深まるばかりだった。