秘めた力と静かなる技
リリアの家での一夜は、不思議な静けさとともに過ぎていった。
けんたろうは寝床に横たわりながら、ここがどんな場所なのか、どうして自分がこんなところにいるのかを考え続けていた。しかし、答えは出ない。
ただ、胸の奥に漠然とした違和感がくすぶっているような気がしながらいつの間にか眠りについていた。
翌朝、窓から差し込む光で目を覚ましたけんたろうは、軽い朝食を終えたあと、リリアに外へ連れ出された。
村のすぐ外にある草原に立つと、彼女は両手を腰に当て、真剣な表情で彼を見つめた。
「けんたろうさん、あなたの力を試してみましょ」
「力? なんのことだい?」
リリアは少し首を傾げながらも、手を前に出して言った。
「森で助けたときから、ずっと感じてたんです。あなたには普通の人とは違う何かがあるって。でも、それが何かはまだ分からない。だから、まずは魔法を教えてみることにします」
けんたろうは驚きのあまり、言葉を失った。
「魔法、って……本当に使えるのか?」
「もちろんよ。ただし、簡単なものから始めますから安心してください。私が手本を見せます」
そう言ってリリアは目を閉じ、静かに集中し始めた。
次の瞬間、彼女の手のひらに淡い光が現れ、小さな炎がぽっと灯った。それはまるで生き物のようにゆらめき、暖かな光を放っている。
「これが基本中の基本、火の魔法です。まずはこの光を生み出せるようになりましょう」
けんたろうは半信半疑のままリリアの真似をして目を閉じ、集中しようとした。
リリアの指示通り、内側にある「エネルギー」を感じ取ろうとする。しかし、どれだけ試しても何も起きなかった。
「おかしいわね……本当に何も感じないの?」
リリアの問いに、けんたろうは首を横に振った。
「何も感じないどころか、むしろ何かが邪魔をしてるような感覚?。自分の中で、何かが封引っかかってる感じ……?」
けんたろうはなんて言って表現しようか考えるが思い付かない。
「何かに邪魔されてる感覚……?」
リリアは小さな声でブツブツと言っている。
「……魔法を……成長し……弊害……?……いや……でも……」
けんたろうには聞こえるか、聞こえないかの声で呟いている。
リリアは思案げな表情を浮かべていたものの、すぐに気を取り直した。
「まあ、いいわ。魔法がダメなら別の方法で力を測りましょう。あなたの動きは鋭いし、何か体術でもやってたんじゃない?」
けんたろうは少し笑って答えた。
「体術というか、合気道という相手の力を利用して行動を抑制したり、体の軸をズラして倒すようなものは学んだことはあるけど……。相手の力を流す技術というと分かりやすいかな。そんなに大層なものじゃないよ」
嘘ではない。
精神科では患者に対して怪我させないよう、抑制術を習うところもあり、けんたろうは講師をしていた。
リリアは興味深そうに目を輝かせた。
「それを見せて。私も多少は剣術をたしなんでいるんで、簡単な手合わせくらいはできます」
そう言うとリリアは草原に落ちていた木の枝を拾い上げ、それを即席の剣として構えた。
けんたろうは少し戸惑いながらも、彼女の申し出を受け入れることにした。
リリアが軽い突きを繰り出すと、けんたろうはその動きを見事に受け流した。
さらに、彼女の動きに合わせて体を滑らかに動かし、無理なく間合いを詰める。リリアは驚きの声を上げた。
「すごい……全く無駄のない動き。まるで流れるような動作ですね!」
「まあ、相手の力を利用するのが基本だからね。でも、リリアさんもなかなかの腕前だよ」
二人はしばらく軽い手合わせを続けたが、その間、けんたろうの中に再びあの「違和感」が生じていた。体を動かすたびに、何かが自分の内側で目覚めようとしているような感覚。しかし、それが何なのかははっきりしない。
やがて、リリアが手を止めて言った。
「けんたろうさん、あなたの体術初めて見るし、強さも普通じゃない。魔法が使えないのに、これだけ動けるなんて……やっぱり、ただの人間じゃないのかも」
その言葉にけんたろうは答えられなかった。
ただ、自分の中に眠る謎が、少しずつ形を持ち始めているような気がしていた。
遠くから風が吹き抜け、森の木々がざわめいた。その音が、けんたろうに新たな試練の訪れを告げているように思えた。