迷い人の訪れ
村への道
リリアの後をついて森を抜けたけんたろうは、思わず足を止めた。
眼前には、木造の建物が立ち並ぶ小さな村が広がっていた。青い瓦屋根が光を反射し、煙突からは薄い煙が立ち上る。
どこか懐かしい雰囲気が漂うその景色に、けんたろうは一瞬だけ故郷を思い出した。
「ここがロンド村です。小さいですが、平和な場所ですよ。ただ、近くに森があり危険地帯なので油断は禁物ですが……」
リリアはそう言いながら、村の門を通り抜けた。門の近くには見張りのような若い男が立っており、リリアを見るなり軽く手を振った。
「おい、リリア! また勝手に森に行ってたのか? 危ないっていつも言ってるだろ!」
「大丈夫よ、ジェイド。ちゃんと戻ってきたじゃない。それに……ほら、今日はちょっと変わったお客さんがいるの」
リリアはけんたろうを振り返り、彼をジェイドと呼ばれた男に紹介した。
「この人、森で迷子になってたのよ。村長のところに案内するつもり」
「迷子? こんな場所で? おいおい、怪しいやつじゃないだろうな?」
ジェイドはけんたろうを頭からつま先まで鋭い目で観察した。
けんたろうは慌てて両手を挙げ、リリアにしたのと同じように無害であることを必死にアピールした。
「いやいや、本当にただの迷子だよ! 訳が分からないうちに森に迷い込んでてさ……リリアに助けられたんだ」
ジェイドはまだ納得しきれない様子だったが、リリアが軽く肩をすくめて言った。
「もし問題があるなら村長が判断するでしょう。私が責任を持って連れて行くから、ジェイドは黙ってて」
「……分かったよ。ただし、変なことをしたら容赦しないからな」
険しい目を向けるジェイドを背に、けんたろうはリリアについて歩き出した。
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村長の家
村の中心部にある一際大きな家。それが村長の住居だった。リリアは扉を軽く叩き、「リリアです。少しお話したいことがあって」と声をかける。中からは落ち着いた年配の男性の声が返ってきた。
「入りなさい」
リリアに促されるまま中に入ると、白髪混じりのひげをたくわえた男性が椅子に座っていた。彼の名はアルフレッド。村長として長年ロンド村を治めてきた人物だ。
「また、森に入ってきたのか。あれだけ言っても入るのをやめないなんて。はぁ……。ところで、リリア。この男は誰だね?」
アルフレッドの視線がけんたろうに向けられると、けんたろうは慌てて頭を下げた。
「あ、初めまして。けんたろうと言います。森で迷子になっていたところをリリアさんに助けてもらいました」
「迷子、か。森の奥で迷子になるというのは奇妙な話だが……リリア、この男について何か気づいたことは?」
リリアは少し考え込み、ゆっくりと口を開いた。
「服装がこの国のものではありません。それに、魔法も知らないようで……彼自身、どうして森にいたのか分からないと言っています」
「ほう、それはますます奇妙だな。けんたろうくんだったか、君の話が本当なら、君がここにいる理由を詳しく説明してもらおう」
アルフレッドの厳しい眼差しに、けんたろうは答えに窮した。
異世界から来たとは言えないが、嘘をつくのも賢明ではない。そこで、できるだけ曖昧に答えることにした。
「正直に言うと、自分でもよく分かりません。気がついたら森の中にいて……ここがどこなのかも分からなくて。リリアさんがいなければ、今ごろどうなっていたか」
その言葉に、アルフレッドはしばらく黙っていたが、やがて深くため息をついた。
「分かった。君が本当にただの迷子であるなら、村でしばらく様子を見るといい。だが、この村に危険をもたらすようなことがあれば、その時は容赦しない」
「ありがとうございます!」
けんたろうは深々と頭を下げた。その後、村長の家を出た二人は、リリアの家へと向かった。
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リリアの家
リリアの家は、村の端にある小さな木造の家だった。中には薬草や瓶詰めの薬が所狭しと並んでおり、彼女が薬師として働いていることを物語っていた。
「ここが私の家です。ずっと泊めてあげるわけではないけれど、今日はとりあえずここで休んでいて」
リリアは簡単な食事と水を用意し、けんたろうに差し出した。
「ありがとう、本当に助かるよ」
けんたろうは礼を言いながら食事をとった。リリアはそんな彼をじっと観察しつつ、ぽつりとつぶやいた。
「けんたろうさん、あなた……本当に普通の人間なんですか?」
突然の問いに、けんたろうは思わず箸を止めた。
「え? どういう意味?」
「なんだか、あなたからは普通の人と違う雰囲気を感じるの。森で助けたときも、妙に冷静だったし……何か隠していることがあるんじゃないかって」
リリアの鋭い眼差しに、けんたろうは胸の内が見透かされるような感覚を覚えた。
だが、それでも簡単に全てを話すわけにはいかない。
「いや、本当に何も知らないんだ。ただの迷子だよ」
そう答える彼の声には、わずかな迷いが混じっていた。リリアはそれ以上追及せず、小さくため息をついた。
「……まあ、今はそれでいいです。でも、何か分かったらちゃんと言ってくださいね」
「わかった。約束するよ」
けんたろうはそう言いながら、自分の胸に込み上げる不安を押し殺した。リリアの家の窓から見える夜空には、見たことのない星座が瞬いていた。