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ローブの男と俺の中

けんたろうは一瞬、自分が見ているものを疑った。

深緑のローブに身を包んだその人物は、風に流れる髪と端正な顔立ちから、ただ者ではない雰囲気を醸し出していた。


「君、大丈夫かい?」と問いかけたその声は穏やかで落ち着いている。


けんたろうは立ち上がりながら荒い息を整えた。

手に握った剣は微かに震えているが、相手が敵意を持たないと悟ると、ゆっくりと剣を下ろした。


「助けてくれてありがとう。あなたは……?」


ローブの人物は微笑みながら、杖を地面についた。杖の先端には不思議な青い光が揺らめいている。


「名を名乗る前に、まずは自分から名を言うべきだと思うよ。君、よく一人であれだけの相手を捌いたね。見ていて感心したよ。」


その言葉にけんたろうは眉をひそめた。感心したと言われても、彼にとっては生き延びるのが精一杯だったのだ。


「感心する暇があったら、もっと早く助けてくれてもよかったんじゃないか?」


つい皮肉っぽく言ってしまったが、ローブの人物は気を悪くする様子もなくクスクスと笑った。


「その通りだね。だが、君がどこまでやれるか興味があったんだ。それに、結果的に君は生き延びた。それで十分じゃないか?」


その言い分にけんたろうは苦笑いを浮かべた。確かに、結果的には助けられたのだから文句を言う筋合いはない。


「それで、君は一体何者なんだ?あんな風に賊を一瞬で追い払うなんて、ただの旅人じゃないだろう。」


けんたろうが問いかけると、ローブの人物は少しだけ目を細めた。


「私はエルヴィン。この森を守る精霊術士だ。君のように精霊の力を求める者が、この森に足を踏み入れるのは珍しくないが……君の場合は少し違うものを感じた。」


「違うもの……?」


エルヴィンはけんたろうをじっと見つめた。その瞳には、ただの興味以上のものが宿っている。


「そうだ。君、あの……霧が見えただろう?」


その言葉に、けんたろうはハッとした。確かに、自分の体から湧き出すようなあの黒い霧。だが、それは一瞬で消えてしまったし、どうやって出現させたのかもわからない。


「あれは……俺にもよくわからない。ただ、賊たちと戦っているときに、ふと体が熱くなって……気づいたら霧が出ていた。」


エルヴィンは頷き、思案するように口元に手を当てた。


「なるほど。それが君の中に眠る精霊の力だとしたら、相当危険だ。君が求める力がどんなものであれ、その扱いを間違えれば君自身をも滅ぼすことになるかもしれない。」


その言葉に、けんたろうの胸はざわついた。

自分が追い求めているものが危険だと言われても、今さら引き返すつもりはない。


「それでも俺は精霊の力を手に入れたい。この旅はそのために始めたんだ。危険だろうが何だろうが関係ない。」


けんたろうの目には強い決意が宿っていた。エルヴィンはしばらく黙ったまま彼を見つめていたが、やがて小さく笑った。


「わかった。君の覚悟は本物のようだ。だったら、少しだけ手を貸してやろう。」


「手を貸すって……?」


エルヴィンは杖を軽く振ると、地面に光の線が描かれ始めた。その線は複雑な模様を形作り、やがて光の輪が完成する。


「これは精霊術の基礎を学ぶための儀式だ。君がその黒い霧をコントロールできるようになるための最初の一歩だと思ってくれ。」


「儀式……?」


けんたろうは光の輪を見つめ、半信半疑のままその中に足を踏み入れた。


「怖がることはない。ただ、自分の中にある力を感じることだ。さあ、目を閉じて。」


エルヴィンの言葉に従い、けんたろうは目を閉じた。次の瞬間、彼の全身に温かい光が広がり、体の奥底から何かが湧き上がってくるのを感じた。


「これが……精霊の力……?」


だが、その感覚は次第に荒々しくなり、けんたろうの体を激しく揺さぶり始めた。


「ぐっ……!」


「落ち着くんだ、けんたろう!力に飲み込まれるな!」


エルヴィンの声が響いたが、けんたろうはその声すら遠くに感じる。まるで自分が深い闇に飲み込まれていくようだった。


そしてその瞬間――けんたろうの目の前に、巨大な黒い影が現れた。



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