闇の力との邂逅
盗賊たちが村を去り、静寂が戻った夜、けんたろうは一人、村の広場に腰を下ろしていた。
冷たい風が頬を撫で、月明かりが彼の疲れた体を優しく照らしていた。
黒い霧が立ち上るあの奇妙な感覚を思い出しながら、彼は拳をじっと見つめていた。
「俺の力じゃない。精霊の……だよな。」
そのとき、静かに足音が近づいてきた。
リリアだった。
薄い外套を羽織りながら、彼女は心配そうにけんたろうを見つめていた。
「けんたろうさん、大丈夫ですか?あの力……いったい何だったんですか?」
けんたろうはため息をつき、拳を開いた。
だが、そこには何の気配もなかった。
ただの自分の手。
力が発動していたときの熱も、闇のオーラも消え去っている。
「俺にもわからないんだ。たぶん、あれは……精霊の力だと思う。昨夜、不思議な声が聞こえて、それが力を貸してくれたんだ。でも……俺自身の魔力じゃない。」
リリアはけんたろうの言葉を聞きながら、そっと彼の手に触れた。そして、静かに目を閉じて彼の体内を探るように魔力を感じ取ろうとする。
数秒後、彼女は首を横に振った。
「やっぱり、魔力の流れが感じられません。けんたろうさんは、普通の人間のままです。でも、精霊の力が媒介されていたと考えれば納得がいきますね。」
けんたろうはその言葉に肩を落とした。
「じゃあ、あの力は俺のものじゃないのか……?」
リリアは苦笑いを浮かべながら首を振った。
「そうではありません。ただ、あなたがその精霊と特別な契約を結んだように見えます。その力を借りるには、精霊の意志が必要なのかもしれません。」
けんたろうは頭を掻きながら、ふと思いついた。
「じゃあ、試しに話しかけてみるよ。きっと応えてくれるはずだ。」
彼は夜空に向かって心の中で呼びかけた。
「おい、いるんだろ?さっきは力を貸してくれてありがとう。お前ともっと話をしたいんだ。」
しかし、答えはない。
ただ風がそっと木々を揺らす音だけが響いた。
「……無視かよ。」
けんたろうは苦笑しながら肩をすくめた。
リリアは考え込むように言葉を紡いだ。
「もしかすると、今のあなたではまだその精霊に繋がる条件が整っていないのかもしれませんね。魔法や精霊術には使い手の器や経験が大きく影響しますから。」
けんたろうは立ち上がり、拳を握りしめた。
「つまり、俺がもっと成長すれば、あの精霊とちゃんと繋がれるようになるってことか。」
リリアは優しく微笑んだ。
「そうかもしれません。でも焦らないでくださいね。あなたがあの力を必要とするとき、きっと精霊はまた力を貸してくれるはずです。」
けんたろうはその言葉に少し安心し、月を見上げた。
闇の精霊。
その存在が彼に何を求めているのかはまだわからない。
だが、自分の中に新たに芽生えた力の可能性に、彼は希望を感じていた。
「俺は俺のやり方で進むしかない。精霊が何を考えているのかは知らないけど、あいつに認めてもらえるくらい強くなってみせるさ。」
リリアはそんなけんたろうを見て、少し笑った。
「けんたろうさんらしいですね。でも、無理はしないでくださいね。」
けんたろうは軽く手を振りながら応えた。
「無理ばっかりしてきたからな。今さらだよ。」
二人はしばらく夜空を見上げていた。戦いは終わり、村には平和が戻った。だが、けんたろうの中には新たな戦いが始まっていた。
精霊の力を使いこなし、さらなる強さを手に入れる。それが、彼の新たな目標となった。




