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パーティーの夜

 ブラッド邸、絢爛な装飾の施された広間は人でごった返している。立食形式のパーティーだ。キイチの父親、ショウ・ブラッドがグラスを掲げ告げた。


「本日は息子のためにお集まりいただき大変感謝する。存分に味わってくれ」


 拍手が方々から沸き上がった。


「……」


 そんな和やかなムードに似合わぬしかめ面の少女が一人、エリカだった。オフショルダーの深紅のドレスを着て、隅で腕を組んでいる。隣に立っているキイチはくつくつと笑う。




 人の多さに耐えきれず、エリカは酸素を求めるようにバルコニーへ出てきた。ぼんやりと空を見つめる。館内からキイチはエリカを見つけ、ニヤリと笑ってバルコニーへと出てきた。


「よお」


 キイチは手すりを背もたれにエリカへ話しかけた。エリカは空を見たままどうでもよさそうに答える。


「あなた主役でしょ?こんなところにいちゃダメなんじゃない?」

「……」

「ちょっと!」


 キイチの方を向くエリカ。それが合図だったかのようにキイチはエリカに顔を寄せる。エリカは驚いて身を引いた。


「な、なによ……」

「似合ってるよ。ドレス」


 身に着けたドレスのように真っ赤になった。


「はあ?! 馬鹿じゃないの!」


 キイチは不服そうな表情で少しだけ顔を伏せ、笑う。


「少しは笑ってくれよ」

「……」


 真っ直ぐエリカを見る。この男に見つめられるのが昔から苦手だった。吸い込まれそうな深い翡翠の瞳に気がふれそうだと何度も思った。エリカは耐え切れずパッと顔を背け、拳を握りしめる。


「エリカ?」

「お、お披露目はまだなの?」


 言ってからしまったと思った。言わなくてもいいことを言っている。だがもう止まらない。


「お披露目?」

「あ、新しい許嫁。いるんでしょ?」


 キイチは目を丸くした。


「いるわけないだろ。君がいるんだから」

「……」

「なんだかとげとげしいな」

「どうも」


 エリカは唇をかんだ。もとはといえばこの男のせいなのに。カエルを渡して私の心を踏みにじったくせに。言葉に出すことはできず涙だけがこみ上げてくる。


「俺なにかしたか?」


 エリカは驚いてキイチを見た。


「なに、いってるの?」

「なにって、何?」

「送別会のこと……まさか忘れたの?」

「送別会って? 7年前か?」

「は……」

「よくそんな昔のこと覚えてるな。尊敬するよ」


 俯き、先ほどよりもずっと強く唇をかんだ。


「それで? 7年前に何か?」


 エリカの手のひらがキイチの頬を打つ。パアンというよく通る音がバルコニーに響いた。


「大っ嫌い!!呪ってやるから!!」


 涙を流しながら走り去る。


「おい!」


 まさかビンタが飛んでくるとは思わず、一瞬あっけにとられたその隙にエリカはもう見えなくなっていた。




 色とりどりのバラが咲き誇る中庭。その隅でうずくまり、エリカは泣いていた。許せなかった。悔しかった。様々な感情がとめどなく涙となってあふれる。そんなエリカに、音もなく闇は迫っていた。ノイズ交じりの耳障りで不気味な声があたりにこだまする。


「悲しいなあ……」


 驚いて立ち上がりエリカは辺りを見回す。が、誰もいない。


「……なに?」

「かわいそうなエリカ……」

「だれ、なに……?なに?」


 エリカはぐるぐると周りを見た。不安だけが可視化されているようだった。


「故郷亡きストレンジャー……」


 その言葉を聞いた瞬間、エリカはキッと目を吊り上げた。故郷亡きストレンジャー、戦争で故郷を失って流れてきた者たちを指す蔑称である。そんな単語を今もエリカが苗字として使っているのは、戦争を風化させまいとストレンジャーを苗字とした母の意思を継いでだった。


「無礼者!何者です!どこにいる!!」

「かわいそうなエリカ……」

「黙りなさい!黙れ!!」


 エリカは喚く。瞬間、背後からエリカの肩口を剣が貫いた。


「え?」


 引き抜かれる剣。血は出ず、傷もない。態勢を崩し、エリカは仰向けに倒れ込む。どんどん目の焦点が定まらなくなっていった。


「なにこれ……」


 いつの間にか姿を現したローブ姿のバルフォアは剣を手にしたまま、倒れるエリカをうす笑いで見つめていた。


「エリカ」


 エリカ、目を閉じ、眠りに落ちていく。


「故郷亡き、ストレンジャー」


 横たわったエリカの頬を涙が伝う。


「キイチくん……」


 エリカの全身から力が抜けた。

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