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プロローグ

 7年前。

 赤レンガ造りの大きな館の中。館内は喧騒に満ちていた。そんな喧騒をよそにひっそりとしている庭の隅、エリカ・ストレンジャーは一人座り込み、ぼんやりと空を見ている。ふとエリカは、振り向いて館内を見つめた。館内ではエリカと同じくらいの少年少女達が談笑している。少女達は皆胸元に花をつけていた。その花は、エリカの愛する少年から少女たちへ送られたもの。エリカは何もつけていない自分の胸元を見つめ、ぐっと唇をかんだ。また空を見上げる。ちょうどその時だった、館内からエリカの愛する少年……キイチ・ブラッドが出てきたのは。


「エリカ!」

「キイチくん」


 エリカは愛しい声に振り向き、立ち上がった。ぱたぱたとキイチはエリカのもとへ駆けていく。


「よかった。探してたんだよ」

「ごめんなさい。人が多くて、私……」


 キイチは安心したようににっこりと笑いかけた。それだけでエリカの顔はりんごのようになってしまう。顔を隠すようにうつむいた。


「あ、あなたの送別会なんだから、こんなところにいてはだめだわ」

「……しばらくここから離れるからこそ、俺は君といたい」


 エリカはますます赤くなった。いくらかの沈黙の後、エリカは意を決したようにキイチの顔を見上げるが、すぐに俯くと唇をかんだ。いつだって自信がない。この誰よりも素敵な許嫁と、自分はあまりに不似合いだと。それでもどうしても気になった。こんなあからさまな仕打ちを、優しいキイチがするはずがない。


「あ、あの、呼ばれた女の子は、その。み、みんなお花をもらったって……で、でも私は、その」


 エリカは寂しげな自分の胸元を見る。


「え?」

「あ、い、いえ、その」


 エリカはうろたえた。やっぱり聞くんじゃなかったと後悔が心中に渦巻き始める。そんなエリカをみてキイチははっとし、青ざめた。


「すまない!君の分!机の上に!あ、明日発つ前に……!」


 エリカは何度も首をふる。


「い、いいの。いいから」


 言いながらもエリカは涙をこらえていた。


「私やっぱり、もう帰るね。ごめんなさい」

「えっ」

「長い旅路になるそうですから、どうかお気をつけて。……お元気で」


 エリカはその場を去ろうとした。悲しさと恥ずかしさで足元がおぼつかない気持ちだった。一刻も早くいなくなりたかった。


「ま、待って!」

「は、はい」


 そんなエリカの心をはねのけるような力強いキイチの手がエリカの手をつかむ。家督相続第一候補であり様々な重圧がのしかかるキイチにとってエリカは唯一の安息の地だった。愛しいエリカと7年間離れ離れになる最後の夜、キイチはエリカにどうしても伝えておかなければならないことがあった。キイチはエリカをまっすぐ見つめる。


「花は、花はないけど、これ、君に」


 声が上ずってしまった。もっとスマートにしたいのに、エリカの前に出ると全てがうまくいかない。キイチは懐から小さな箱を取り出した。エリカは驚いた。大好きなキイチから、自分だけに贈られるプレゼント……胸が高鳴るのを感じる。


「これは……」


 キイチは箱を開けた。エリカのためだけに、彼女をイメージしてつくらせた、小粒だがダイヤモンドをあしらった小さな指輪が出てくるはずだった。しかし箱を開けたその瞬間、箱から飛び出してきたのはカエルの玩具だった。エリカの顔に直撃する。エリカは悲鳴をあげ、後ろへ倒れ込んだ。


「エリカ!」


 エリカへ走り寄るキイチ。半狂乱で顔からカエルをどけるエリカ。

 それはとある少女の小さないたずらだった。自分もささやかな恋心を寄せる、キイチを独り占めにするエリカへの、ささやかな報復だった。ほんのちょっと怖がらせてやりたい、そんな彼女の思惑は大きく外れた。エリカの取り乱し方は、傍目に見ても異常であった。それもそのはず、エリカはカエルが大の苦手だったのである。そんなこと、少女は知る由もなかったけれど。


「なんでこんな……エリカ、その」


 混乱しながらもキイチはエリカに手を差し出す。その手を、エリカはぱっと手を払いのけた。


「エ、エリ……」

「ひどい!ひどい!こんなのひどい!うう」

「エリカ」

「言いたいことがあるなら口で言えばいいじゃない!こんなのひどい!」

「まってくれ」


 キイチはなんとかエリカの手を取ろうとする。


「触らないで!」

「エリカ」


 エリカは泣きながら立ち上がる。キイチが大好きだった。それなのにキイチは、自分を愛していないと、卑怯なやり口で伝えてきたのである。許せなかった。それはすべてエリカの勘違いなのだけれど。


「嫌いよ。だいっきらい!!」

「待って! エリカ!」


 走り去るエリカを追いかけようとしてキイチは盛大に転んだ。


「エリカ!」


 すぐに顔を上げるが、そこにエリカの姿はない。キイチは力なく顔を伏せた。長く深い7年が、二人の間に流れようとしていた。

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