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第三章 心のはじっこ


白い少女はソラを見ていた。



「ソラには神様がいるのよ」


「そんな迷信を信じてるの?」



黒い少女が呆れたように言った。



「迷信じゃない、本当にいる」


「どうだか」


「あの子もきっとそう信じて…」




ソラ。




ただ果てもなく続くソラは

私の心を揺すぶる。


また…ここに来て、届かないものに手を伸ばした。



あの日から変わらない月。



「10年ってあっという間だね…ツモ」



10年前に事故…いや、殺されたツモに私は黙祷を捧げた。


風が冷たく頬を撫でていく。



黙祷を終えると、またあの痛みが襲ってきた。


私は胸を押さえてしゃがみこんだ。


息が乱れ、冷や汗が流れる。



「私は……武井を殺した……、これはその代償…かな」



誰かに語り掛けるように呟いた。


その声は大きな暗いソラに吸い込まれ、誰にも届くことはない。


しみじみと独りになってしまったことを感じる。


ふ、と背後に気配を感じた。



「…ツモ?」



呼び掛けたが返事がない。

静かに、大きく深呼吸をして速まる動悸を静めた。



「私ね……ここが病気なの。」



胸を押さえたまま言った。



「きっと神様が私に罰を与えたんだ。」



なんでこんなことに…



悲しみと怒りが心で入り交じる。


私は小さく蹲り、歯を食い縛った。



「あなたの余命、聞きたい?」



不意に横から声がした。



顔を上げると黒い誰かが立っていた。


人影から月の光が漏れ、顔がよく見えない。



「誰?……ツモ?」


「彼ならあなたの後ろにいるわよ」


黒い影はとても静かに言った。


私はそっと後ろに振り返ろうとした。



「やめなさい。あなたが今振り向けば彼は永遠にこの世から消えることになる」


黒い影はゆっくり私に近づいてきた。


月の照らす角度が変わり影の姿が露になった。


白い少女に似た凛々しい顔立ちに、鋭く暗い瞳。



それと真っ黒な翼。



「悪魔?」


「天使」



黒い少女は無表情のまま吐き捨てるように言った。



白い少女とまるで対照…



「あなたは余命3ヶ月よ」


驚かなかった。


こんな身体じゃそんなものだろうと思った。



でも死にたくない。



「あなたは白い女の子を知ってるの?」


「ええ」



「じゃぁ、私の願い、また叶えてよ」


「……」




余命2ヶ月…




ズキッ




また痛みだした…



私は一息おいてからソラを見上げた。




ズキッ




「神様を殺して」


「……」




1ヶ月…




「代償の命は私の母」




2週間…




私は笑いながら言った。


そして、ソラに手を伸ばして星を指で追い掛けた。



「神様なんかいなくなればいい。ねぇ…ツモ。そうすれば、誰も死ぬこともなかったよね」



そう言うと、背後でツモが悲しい顔をしている気がした。




1週間…




「残念だけど無理よ」



天使の言葉に私はソラに出した手を引いた。



「私は悪魔のように命を代償に願いは叶えることはできない。私はただ罪を犯した者を裁くだけ」




ズキッ




「……やだ…」


「真実よ」




ズキッ




「私は……」




ズキッ




「死に、たくない…」




ズキッ




「死にたくない…!」



私は歪んだ顔で必死に声を出した。




ズキッ




「聞いてよ、私の願い」



天使は答えない。



「ねぇ…」




ズキッ




目が霞みはじめる。



「ねぇ…っ!!」


「あなたは」



天使は静寂の中、漆黒の翼を勢い良くひろげた。



そして、笑いながらこう言い放った。





「余命1日」






†‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡†



夜が明け、ソラは赤く染まりはじめた。



「ツモ…」



そこにはツモがいた。


悲しそうな顔で私を見ている。


その目は何か訴えているようだった。



その後、手を伸ばしても届かない、遠い遠い星が輝く夜明けのソラに消えた。




星……




違う、夜明けなんてきてない。



私の視界が赤く──…





死にたくない…






私は瞳から光が消えるまで、動かない手を懸命に伸ばそうとした。







生きたい、って──。



黒い少女はソラを見ていた。



「やっぱり神様なんてただの迷信」


「……」


「いくら祈ったって、叶わないものは叶わない」





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