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買い物をしよう


村に入ってすぐ見えるのは淡く色とりどりな家の壁。

白、水色、ピンクが多いだろうか。

何となくヨーロッパに有りそうな町並みだなと感じた。

まばらに行き交う人々を見ても動きやすい軽装の人々が多く、特に男性はシュラフと同じようなスタイルの人が多い。

女性もエプロンを付けた人が多く、外国の田舎という雰囲気がした。

改めてここは日本ではないのだなと思う。


「サヨあそこがうちで取れた物を買ってくれる取引先」


ゴトゴトと荷車を引きながら指差された方向を見る。

軒先に野菜が並んだお店だ。

近づいていけば店の奥の方に野菜以外の食料品がガラスのショーケースに入っているのが見える。

どうやら食糧を全般的に扱う商店のようだった。

店の出入り口の正面にショーケースと一体になったカウンターがあり、その向こうに男性がいる。


「おじさん!今日もよろしく」

「おう。毎度さん」


シュラフの声に男性がのそのそとカウンターから出てくる。

どうやら彼が店主らしい。

店の外まで出てくると何事も言わずシュラフが運んできた荷物を直接味始める。

こちらに視線を投げてくることもない。

寡黙な人なのだろうか。

勝手なイメージだが個人商店のような客商売をしている人は賑やかというか、ハキハキ喋るような人が多いと思っていた。

そういう人もお店を経営しているのか、と自分の中の偏見を改める。


「僕このまま買い物もするからさ、サヨは先に服を見に行っててよ。

ここも隣の隣にあるのが服屋さん……ほら、あのドレスが飾ってあるところ」


シュラフが示した方を見れば確かにガラス越しに刺繍の入ったドレスが飾られた家があった。

赤茶色のレンガに白塗りの壁。

店の入り口だろう扉の周囲には綺麗なオーナメントが吊るされていて綺麗なお店だ。


「でも、私お金を持ってない……」

「試着するくらいなら大丈夫だよ。早く終わったらお会計待ってもらってて」

「…………うん」


シュラフに見送られながら商店から離れる。

実を言うと胸の内は不安でいっぱいだった。

私は一人で買い物をしたことがない。

正確に言えば買い物をさせてもらえたことがない。


学生の時は周囲が言うようなお小遣いを貰えたことはなかったし、帰り道にどこかへ寄ることは許されてなかった。

服や最低限の身だしなみ道具なども選んだことはない。

ただ与えられた物を使っていただけ。

婚約が決まった頃に少しだけ出かける機会はあったが、私は作り笑いをしてついていくだけだった。

大型のモールに行った時、すれ違っていく人々がみんな眩しく見えたのをよく覚えている。


足取りも重く服屋の店先に立つ。

ぎゅっと一度右手を握りしめておいてからおそるおそる扉に手をかける。

ドアノブを回しながら扉を押せば、扉についていたらしいベルがカランコロンと音を立てる。

ずらりと棚に服が並んでいる店内は明るい。

入り口と同様に店内も至る所にオーナメントが吊るされ、灯りでキラキラ光っている。

棚の上にはいろいろな小物が飾られており、大半は動物を模した木の置物で可愛らしい瞳が店の中を見守っている。

少し見回しただけでも目が楽しい内装をしていた。

きょろきょろと見回しながら店内を進むと奥から柔和な笑顔の女性が出てくる。


「いらっしゃいませ」


反射的にぺこりと頭を下げる。

女性は「何かあれば声をかけてください」と言って服の影にある椅子へ座り針物を始めた。

勝手が分からない私はそれだけで頭の中が慌て出す。

商品に無断で触って良いのか。シュラフが言っていた試着はどうすれば良いのか。

じっと店主だろう女性を見るが手元に集中していて顔を上げる様子はない。

尋ねることもできず私は商品にできるだけ触らないように服を眺めていくことにした。


じっと隅から隅まで服を見ること数分。

自分に必要な服はとりあえずシュラフのお手伝いができる物だろうと、動きやすそうな服を探し、ようやくそれらが並んでいる場所を見つけた。

外から見えるように飾られていたドレスのような華やかさのない質素なスカートが並んでいる。

上下一体型の作業着もあり、その一枚をそっと手に取る。


『そういえば、サイズってどこを見ればわかるのかしら?』


人の買い物について行った時に義母などは見ただけでサイズが分かるようだった。

多分何かしら目印があったのだろう。

強く引っ張らないように手にした服を観察するが、何かが書かれていそうには見えない。

恐る恐る触れない程度に自分の体に近づけて見てみれば着られそうな気はする。

でもそれが正解か分からなくて他にも掛けられている作業着と見比べて唸る。


「着てみるかい?」


突然かかった声に思わずヒッと悲鳴をあげてしまう。

慌てて振り返ればいつの間にか背後に先ほどの女性が立っていた。

先ほどと同じように朗らかな笑顔でこちらを見ている。


「あ……ごめんなさい、私ったら失礼な態度を……」

「着てみるかい?」

「……?」


悲鳴を上げてしまった事を詫びようとするが女性は同じ言葉を繰り返す。

気にしていないのか、そう思いながら下げかけた頭を下の位置に戻した。

女性は変わらず笑っている。

でも、なぜかその笑顔に違和感を覚えてしまう。

なぜだろう。私はこの人の笑顔を初めて見たような気がしない。


何かに似ている。まるで、そうだ。

この人の笑顔は、まるで作り笑いを張り付けた私を鏡で見た時のような顔なのだ。


決してその人が何かをしてきそうだとか、明確な恐怖があるわけではない。

ただ不自然さが拭えない。

けれど相手はこの店の人間だし、第一私が困っていたから声をかけてくれた。それは間違いない。

それにきっとこの違和感も私が疑心暗鬼になっているだけだろう。

シュラフは強引さがあるとはいえ見ず知らずの他人にあんなに優しくできる。

この女性だって私の様子を察して自ら手を差し伸べてくれた。

今の私がいるのはここであって、作り笑いを浮かべ続けないといけないあそこではない。

震える唇を一度噛み締めてから私は口を開く。


「……は、い。お、お願いします」


なんとか絞り出した声は情けないくらい震えていた。

けれど特に何も思われなかったらしく、女性は頷くと「こちらへ」と言って歩き出す。

気づかれないように息を吐き出してから女性の背を追う。

そのまま店の奥まで進むと天井から両開きの大きなカーテンが吊るされていた。

女性は右側のカーテンをシャッと開く。

奥には人がひとり入れるほどの小部屋があった。


「どうぞ」


女性が体をずらして小部屋へ入るように促される。

おずおずと作業着を持ったまま中に入ればすぐにカーテンが閉められた。

カーテン越しに「着替えたら声をかけてください」と言われる。


小部屋の中には服をかけられるフックがひとつだけ。

カーテンで遮られただけの場所で服を脱ぐのには躊躇いがある。

けれど私が知らないだけで服屋というのはこういうものなのかもしれない。

恥ずかしさをぐっと押さえつけてシュラフに借りたシャツのボタンに手をかける。




もだもだとしながらなんとか作業着を身につける。


「あ、あの……」


外に声をかければ女性がゆっくりカーテンを開ける。

相変わらず朗らかな笑顔でじっとこちらを見る。


「締め付けられる箇所はありますか?」

「あ……いえ……大丈夫です」


腕を伸ばして見ていると女性の手が伸びてくる。

体を触られて驚くが、どうやら布の具合を見ているらしい。

一通りチェックされると女性は「大丈夫そうですね」と笑う。


カランコロン。


先ほど聞いたベルの音が店に響く。


「サヨ〜?服は選べた〜?」


ひょっこり入ってきたのはシュラフだった。

そちらに行こうとして、そういえば服を借りたまま歩き回っていいのだろうかと足を止める。

その間にシュラフは店の奥まで入ってくる。


「おー!お手伝いできますって感じだね!パフォス達の相手もしっかりできそうだね」

「み、見た目だけね……」

「まずは形から入るっていう言葉もあるよ。

大丈夫、大丈夫、大事なのは気持ちだからね。

おばさん、コレとあと同じサイズのやつ2枚ちょうだい」

「はいよ」

「ままま待って?3枚も買うの???」

「え?だってサヨ着替えが多い方がいいでしょ?」

「そ、そういう意味で今朝は言ったのではなくて……」


そんな問答をしているうちに女性がそっくり同じ作業着を2着持ってくる。


「普段着とかパジャマは見ちゃった?」

「ま、まだ……だけど」

「じゃあおばさんこのおねえさんにピッタリなパジャマ2枚と、あとオススメある?」

「こちらはいかがですか?」


シュラフの問いかけに女性がさっと一枚のワンピースを取り出す。

若草色の質素ながら上品な雰囲気のワンピースにシュラフが「へぇ〜」という声を出す。


「いかがっていわれても僕あんまりよく分かんないんだよね〜……あ!

サヨ!今度はこの服着てみてよ!」

「え!?で、でも……そんなに明るい色の服着た事ない、し……」


昔から与えられる服は青や暗い色味が多かった。

誰かに会う時だけ白い服を着せてもらったけど、その条件があるせいで余計に遠慮したい気持ちになる。

ワンピースは可愛らしいと思う。

だけどそれを自分が着ていいのか、そんな逡巡をしているとシュラフが眉根を下げて上目遣いになった。


「僕、サヨがこの服を着ているとこが見たいな……ダメ?」




そのお願いに勝てるような私ではなかった。

女性に手渡されるまま私はワンピースを受け取り、再びカーテンが閉められた。




1分後。


「こ、これで、いい?」


ワンピースを身につけてゆっくりカーテンから顔を覗かせる。

気恥ずかしくて左手はカーテンを掴んで、右手は胸の前でぎゅっと握り締めた。

どうしてかシュラフは女性の顔が見られなくて俯いたまま反応を待つ。


でも数秒経ってもなんの声も聞こえてこない。

やっぱり似合っていなかったのだ。

カーテンの奥に引っ込もうとしたところでいつの間に近づいていたのだろう、彼の手にぎゅっと右手を掴まれる。


「サヨ!綺麗!すっごく似合ってるよ!

さっきの作業する気満々とは大違いだ。まるでお姫様みたい!」

「さ、さすがにお姫様は言い過ぎじゃないかと思うの……」

「褒める時は大きく、遠慮はしちゃダメだってお父さんが言ってたから!

でも似合ってることは嘘じゃないよ、大真面目に言ってるからね!」


キラキラした瞳を向けられ、強く手を握られたまま力説されてしまった。

恥ずかしくて顔が熱くなる。

シュラフの方を見られなくて目を逸らせば、その先で女性と目が合ってしまいそちらからも「お似合いですよ」と朗らかに言われた。

視線の行き場を失って下を向けば、今身につけている服の若草色が目に入る。

カーテンから左手を離し、スカート部分を少し摘む。

自分では似合っているとは到底思えないのだが、掴まれた右手から伝わる熱い体温に惑わされるような気持ちになっていく。


「へ、変じゃない……?」

「うん。可愛さと綺麗さは僕が保証するから自信持って!」

「シュラフが保証してくれるの……?ふふふ……」

「あ!サヨがまた僕をバカにしてる顔になってる!どーせ僕は服に関してはシロートですよ〜だ!」


べ〜っと下を出して拗ねるシュラフが小さい子どもに見えてつい笑ってしまう。

でもそれが最後まで残っていた不安を吹き飛ばしてくれた。

さっきまであんなに遠ざけてしまいたかった色が、今はもっと見ていたいと思う。


「うん、じゃあこの服にしようかな」

「ホント!?やった!じゃあこの服も一緒に買うねおばさん!」

「はいよ」


快く返事をする女性にあの、と声をかける。

朗らかな笑顔と視線を向けられ私は口を開く。


「……もし良ければ、このままこの服を着て帰ってもいいでしょうか?」

「もちろん、どうぞ」


あっさりと貰えた承諾をしっかり飲み込んでからゆっくり小部屋から出る。

ふわりと裾が動きに合わせて揺れるのが、初めてではないのにとても新鮮な気持ちになった。

できもしないのに踊り出してしまいそうな、ふわふわしたあったかい気分。

それから女性物のシャツとズボンとパジャマを選び、シュラフが会計を済ませる。

どのくらいかかったか聞けばシュラフは「サヨが働いて返せるくらい」とだけ言って具体的には教えてくれなかった。

カランコロンとベルを鳴らして2人で服屋を出る。

店の外には荷台が置いてあり、木箱は卵の代わりに野菜や小さなミルク瓶が入り、空だった麻布も大きく膨れている。

そこへ先ほど買った服を乗せてからおもむろにシュラフはこちらの方を向く。


「あとは……はい!外での作業には必要だからコレも!」


そう言ってシュラフが大きい何かを私の頭に被せる。

突然視界が薄暗くなり驚いて見上げれば被っている物の編み込まれた縁が見えた。


「……麦わら帽子?」

「そう!これから日差しの強い日も多くなるからね〜必需品でしょ?」

「あり、がとう」


そっと縁を掴んで頭から脱ぎ、渡された帽子をまじまじと見る。

温かく素朴な雰囲気のしっかり編み込まれた麦わら帽子だ。

本体とつばの間に造花だろう白い花がついている。


「これ、なんという花なの?」

「ん〜?ジャスミンじゃない?僕もあんまり花のことは知らないけど」


ジャスミンと聞くとお茶の名前が浮かぶ。

こんな花だったのかとしばらく眺めてから再び帽子を被る。

つばが広いため日差しをしっかり和らげてくれる。

その視界の向こうでにっこりとシュラフが笑った。


「じゃあ行こうかサヨ」


こくりと頷いて荷車に手をかけたシュラフの隣に並ぶ。

来た時よりも重そうなゴトゴトと揺れる音を聞きながら、私たちはテハイサの村から離れていく。


帰り道の木漏れ日は、昨日よりも輝きが強く感じて綺麗だった。

あんなに不安を感じた道だったのが嘘のように、気づいたら牧場に着いていた。



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