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幕間‗キミに夢を


テハイサという村がある。

この国に住んでいる人はそれ以上東には進まない。

なぜなら普通に歩いて行ければその先に最初にあるのはウヨジンテと呼ばれる選ばれた者しか住めない都市だから。

ウヨジンテは近くにあるイカウヨキの街とイカサの村としか交流をしていない。

逆に言えばそこに住んでいない限り普通の人々はウヨジンテに近づく機会すらないのだ。

最も、人々がテハイサから東へと進んでいかないのにはさらに別の理由がある。

テハイサとウヨジンテの間にはかなり深い森があり、そこには古くからこんな言い伝えがある。


“あの森に踏み入った者は帰って来られない”

“森には化け物が住んでいて、入った者は食われてしまう”


だから誰も、テハイサの村から東へと進むことはしない。

だって本当に、東に進んでいった人間は誰一人として帰ってきていないから。






「……サヨはなんとか眠れたみたいかな」


夜更けの暗い家畜小屋の中で少年がポツリと呟く。

光源になるようなものは何もない。

だというのに小屋の中は少年をちょうど中心にしてぼんやりと薄明るい。

まるで少年が夜の闇を照らしているようだ。


「少し驚いたな……まさかこの場所に純粋な人間が送られてくるなんて。

前の代の頃にもいたのかな?父様にもっと色々聞いておけば良かった」


薄明かりの中で少年は独り言を呟く。

いや、返事をする声がないだけでその声を聞くものはいた。

ただ少年の近くにいない為、姿が完全に闇に紛れている。


「ああ、でも気の迷いで起こして本当に良かった。

そうじゃなかったらただの魔女が迷い込んできたと思って、食べちゃってたから」


ぺろりと赤い舌を覗かせて唇を舐める。

その仕草を見た何かが暗闇の中でフルルルッと声を上げた。

それを聞いて少年は目を細めて笑う。


「アハハッ怒らないでよ、パフォス。

まさか人嫌いのキミがそこまで気にいるだなんてこっちは思っても見なかったんだからさ」


少年がてくてくと歩けば薄明かりもそれに合わせてふわりと移動する。

ゆっくり明かりに照らされた先には一頭の馬がいた。

その馬の全身は奇妙なほど濡れ、絶えずポタポタと水が滴り落ちている。

奥の方にいる二頭の馬も同様に全身が濡れていた。

だが不自然なことにこれほどずぶ濡れの馬が三頭もいるのにも関わらず小屋の地面は乾いていた。

そして、今まさに馬から滴った水が地面に落ちたが、スッと消えていく。

大地に吸収されたのではない。空気に消えていったのだ。

馬達は実際に濡れているわけではない。

本来の生息地が川辺であるために魔力で体表が乾かないようにしているだけである。


『ケルピー』

人間を自分の背に誘い溺死させ、その身体を肝臓のみ残して喰らう獣。



笑う少年が気に入らないのかパフォスと呼ばれた個体が大きく首を動かす。

それを見て少年は宥めるようにパフォスの体を撫でた。


「ハイハイ、キミが彼女を気に入ったのは分かったから落ち着きなって。

ほら、キミが珍しく怒るもんだからアゾフとペラが怖がっちゃってるよ?」


その言葉を聞いてパフォスはぐるりと首を動かし背後の二頭を見る。

じっと動かない二頭をしばし見つめ、パフォスはゆっくり二頭の方へと歩いていく。


「夜の内にしっかり話しておくんだよ〜?」


そう声をかけて少年はケルピー達のいる柵から離れる。

そのまま反対側にある柵へと近づいた。

少年の接近に合わせてしゅる、しゅる、と何かが地面を這うような音を立てる。

ひとつだけではない。

幾重にも響く地面を這う音が徐々に少年の方へと近づいていく。


暗がりから現れたのは蛇のような体を持っていた。

しかしその頭には雄鶏の立派なトサカがあり、そのトサカの両脇には小さなツノが生えている。

長い体の中腹には鳥のような翼も生えているが飛ぶためのものでは無いのか羽ばたかせることはない。

魔力を帯びた瞳が薄明かりを受けてらてらと光る。

一匹が口を開けてシャーと声を上げた。

口から覗く牙はその身体に見合わぬほど長く鋭く、そしてねっとりとした毒がまとわりついている。


『コカトリス』あるいは『バジリスク』

その毒は肌に触れただけでどんな生き物をも殺し、瞳に魅入られれば飛んでいる鳥もたちまち死んでしまう毒蛇。



少年の近くに集まった十匹ほどの蛇達は口々に鳴き声をあげ始める。

それを聞いて少年は申し訳なさそうに笑んだ。


「うんうん、ごめんね。突然のことだったから急に連れて来られてビックリしたよね。

咄嗟に鶏に見えるようにはしたけれど、それでもみんな怖くて鳴き声のひとつも上げずにいたもんね。

嫌いな人間に懐けとは言わないけど少しずつ慣れてあげてよ。

大丈夫。あの子にキミ達を怪我させるような力は無いからさ」


そう言って少年はしゃがむと丁寧に一匹ずつ蛇の頭を撫でていく。

蛇の方もまるでせがむ様に少年の方へ頭を近づける。

そうして満足したものから順にその場から解散していく。

最後の一匹を撫で、その背中を見送ってから少年はよっという掛け声と共に立ち上がった。


「さてと……後はキミ達だね」


少年がそう言いながら小屋の奥へ進めば、今度はピチョ、ピチョと濡れた音が響く。

ひとつ、ふたつ、みっつ……跳ねる様な音の立て方でその音は少年に近づいていく。

やがて薄明かりを反射したつるりと光る体が全方位から少年の足元に集う。

それは生き物というには何もない。

ゼリー状の体には目も、口も、鼻も、手も、足もない。

ぶにょぶにょとした体を震わせ、全身で跳ねるそのモンスター達はまるで犬か猫のように少年の体へ擦り寄った。


『スライム』

どうやって産まれ、どうやって繁殖し、どうやって生きているのか、全てが謎に包まれたモンスターの総称。



大小さまざまなスライム達は個々に跳ねたり、震えたり、転がるなど自由に少年の足元を動き回る。

その姿を眺めて少年はうんうんと満足気に頷いた。


「アハッ、やっぱりキミ達に関しては心配がなさそうだね〜。

本能的にあの子が虐めないって分かっているのかな?

そうだね。あの子は自分のことしか考えない勇士気取りの馬鹿とは中身から違うもん」


何匹か体に擦り寄ってくる個体を少年は撫でていく。

声を発する代わりかプルプルと体を震わせ、スライムは喜ぶ。

それを見て少年も優しく目を細めた。


しばらくするとスライム達は気が済んだのか少年から離れていく。

彼らが自分の寝床に入っていくのを見送って少年は静かに小屋から出た。






風のない夜だった。


風がなければ葉が擦れる音もなく。


そもそも生き物が寄り付かないこの地では虫の声も鳥の声も聞こえることはない。


少年の頭上では星々が木々に遮られながらも夜空で輝いている。

しかし、彼がそちらへ目を向けることはしない。

彼は生き物には聞こえぬ音で呪文を唱える。

そのまま指先で虚空に文字を描く。

魔力でぼんやりと光るその羅列をおもむろに彼はフッと吹き飛ばした。

文字だった魔力がたちまち霧のように広がり、やがて彼の守る地を包んだ。


「おやすみ、愛しき命達。

幸せな夢で目覚めたら、明日も心穏やかで幸せに暮らそう。

ここはキミ達の、幸せを得ることができずに殺されたキミ達だけに許された場所。

幸福な生を全うする為にある“エリュシオン”だからね」


誰に見られることもなく少年は優しく微笑む。

そしてゆっくりと夜の闇の中を歩いていく。






「……今日も応えてはくれないんだね、父様」


ぽつりとそう呟いて、シュラフと名乗る少年は寂しそうに目を伏せた。



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