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ご飯を食べよう


シュラフに手を引かれるまま林道を進んでいく。

徐々に生い茂る木々が増え、辺りが薄暗くなっていく。

林の中、というよりは森の中と言えるくらい木が密集してきた。

歩いている道もどんどん細く狭くなっていく。

よくない場所に連れて行かれるのではないか、そんな不安を抱き始めたところでシュラフが振り返る。


「もうすぐ着くんだけど、事前に言っておくね。

うちはちょっと賑やかだから、ビックリすることがあるかもしれないけどなるべく大声は出さないで」

「……? ど、いうこ、と?」

「それは着いてからのお楽しみってことで!」


にはっとどこか悪戯っぽい笑顔を見せるとシュラフは前を向く。

しばらく彼の横顔を見ながら歩いていたが、何も分からなくて仕方なく私も前を向いた。

すると向かっている先に何かが見えてくる。

木々の間から見えるのは小さな建造物のようだった。

彼の家だろうか。

そう思いながら近づいていくと突然木々に遮られていた視界が広がる。


「到着だよサヨおねえさん。

多分世界一小さい牧場エウイオンへようこそ!」


牧場という単語を聞きながらきょろきょろとその場を見渡す。

広々とした草原に牛や羊がいるイメージとは異なり、森の木々に囲まれた土地は狭い印象がした。

先ほどから見えていた正面の建物は家ではなく家畜小屋のようだ。

うっすらとある道を挟んで柵で区分けされている中にそれぞれ家畜の姿が見えた。

右には馬が3頭。左には十羽ほどの鶏が柵の中を歩き回っている。

世界一小さいと彼は称したが、なるほどと納得してしまうくらい牧場というには小さい。

これで採算が取れるのだろうかと少しシュラフの身が心配に思えてきた。


「いや〜小さいでしょ!逆にそれが自慢だけどね」


あははと笑えばシュラフはちょっと待っててと言って手を離す。

まっすぐ家畜小屋に向かったかと思うとそのまま小屋の脇へ走っていってしまう。

彼の姿が見えなくなり、私はポツンとその場に立ち尽くすしかなかった。

後を追うこともできたかもしれないが、待ってと言われてしまったため足が動かなかった。

することもなくその場で視線を動かす。

ふと背後の道脇に古ぼけた立て看板があることに気がつく。

看板には見たことのない記号のようなものが書かれている。

何故かその記号の羅列が「エウイオン」と読めた。


私は首を捻る。

じっと目を凝らして見ても看板の記号は自分の知っている文字とはかけ離れた形をしている。

実際一個の記号だけをどれだけ眺めてもなんと発音するのかも意味も分からない。

だというのに少し目を離して書かれている記号全体を見ると、頭の中で自然と「エウイオン」だと読んでしまう。

なんだか気味が悪くて看板から目を離しシュラフが行ってしまった方へと顔を戻す。


フルルルッ。


呼ばれた。そんな気がして私は音の方へ目を向ける。

右の柵の中から一頭の白い馬が首を伸ばしてこちらを見ていた。

なぜだか気になって馬の方へ近づいていくと馬は軽く首を上下に振った。

挨拶をされているのだろうか。


「こん、にち、は」


私がそう言えばまるで返事のように馬がフルルルッと鳴く。

こんなに近くで馬を見るのは初めてのことなのに不思議と恐怖感はなかった。

顔にかかった立て髪は艶があり、よく見るとまつ毛がとても長い。

綺麗な大人しい子。

だけど、私を見つめる黒い瞳がなぜか哀しそうに見えた。


恐る恐る右手を馬に伸ばしてみる。

馬はじっと私の行動を見守っているようだった。

ゆっくりゆっくり近づけて、指先が馬の鼻筋に触れる。

すると馬の顔が小さく動き出す。

まるで私の指に顔を擦り付けようとしているような、そんな動きだ。

そっと手のひら全体で馬の顔を撫でてみる。

すると馬はさらに首を下げて私の方へ顔を近づける。

慎重に馬の顔や額を撫でれば、馬はじっと大人しくされるがままになっていた。


「わぁ珍しいなぁ。パフォスが誰かに懐いてるの初めて見た」


不意に聞こえた声に馬から手を離して彼の方を見る。

すると間髪入れずに今まで大人しかった馬がブルルルッと大きく首を動かす。

驚いて一歩後ろに下がればシュラフが楽しそうに笑い出した。


「あははっ!ごめんごめん、折角おねえさんと良い感じだったのに邪魔しちゃった。

でもパフォスをそこまで惚れさせちゃうなんて……サヨおねえさんは罪な人だね」

「ぇ……え、え?」

「種族違いの禁断の恋ってやつだよ。おねえさんそういう危険な恋は好き?

パフォスは純粋な子だからい〜っぱいサヨおねえさんを愛してくれると思うよ?」

「な、んの話、で、すか!?」

「あはっ、サヨおねえさん顔が真っ赤〜!かわいいね!」


恋、愛、かわいい。

今まで自分とは縁のない単語の数々に頭の理解が追いつかない。

そんな私を見てシュラフはニヤニヤと笑う。

その顔を見ているのが嫌で目を背ければ、ふと彼が抱えている物体が目に入った。

長く細い尻尾がゆら〜ゆら〜と動いている。


「あ、そうそうコイツらも紹介しなきゃ〜と思って連れてきたんだった。

ホラホラ!みんな出てきて出てきて!」


そんな明るい掛け声に呼ばれて小屋の後ろからゾロゾロとその子たちはやってきた。

犬。猫。犬。猫。犬。犬。猫。猫。

たくさんの犬と猫が私とシュラフの周りに集まってくる。

よく見ると同じ種類の子がいない。

毛色も、体の大きさも、毛の長さもきれいにバラバラだった。

数こそ多いものの見分けるのはあまり難しそうではない。


「コイツらで我が家の家族は全員!

……って言いたいけど本当はもう一人父さんがいて全員なんだよね」


はははと乾いた笑みを溢してシュラフは空いた手で自分の頭を掻く。

私が首を傾げれば、それで伝わったのかどうかシュラフは話し出した。


「うちはね僕と父さんの二人でみんなの世話をしてたんだ。

だけど、もう3年くらい前かな……父さんは出稼ぎにって突然王都に行っちゃって。

それから一回も帰ってきてない。

頑丈な人だから病気はしてないだろうし、多分元気だとは思うんだけどさ……」


「……さ、みしい?」


思ったままの言葉がつい口から出てしまう。

あんなに笑っていた彼の表情がとても哀しそうに見えたから。

シュラフの辛そうな瞳がこちらを見た瞬間、失言だったと口元を覆う。

でも、それがおかしく映ったのだろうか、ふふとシュラフの口から小さな笑い声が漏れる。


「……うん。さみしいよ。みんながいるから平気だけど、やっぱり実の父親がいないって思うと、ね」


脇に抱えていた子を地面に下ろすとシュラフは静かにこちらへ近づいてくる。

視線の高さはほとんど変わらない。

だけど今この時、目の前にいる少年はとても小さな子どもに見えた。

さっきまでとは打って変わって、頼りなく、今にも壊れてしまいそうな、そんな子ども。


「ねぇサヨおねえさん。ちょっとだけ、ギュッてしていい?」


誰かに甘えられるなんて初めてだった。

だからだろうか、あまり迷うことなく私は手を広げる。

そしてゆっくりくっついてきたその体を躊躇うことなく抱きしめた。

シュラフの腕が腰に回ってきて、肩に彼の頭の重みを感じる。

密着した部分から伝わってくる体温で気持ちが穏やかになっていく。


「やっぱり父さんとは違うね。当たり前だけど……。

でも、すごく安心する……あったかくて、心地よくて……なんだか」




ブルルルルッ!!!!!


まるで現実に引き戻すかのような大きい鳴き声が鼓膜を揺らす。

顔を向ければパフォスと呼ばれた白馬が落ち着きなく首を揺らしている。

時折前足で地面を蹴っていて、黒い目もなんだか三角になっているように見えた。


「あははっ!嫉妬されちゃった。相当気に入られちゃったんだねサヨおねえさん」


ぎゅっと少しだけ強く抱きしめられたかと思うと、シュラフは体を離してしまう。

その顔はにこやかであんなに小さく見えたのが嘘のように思えた。


「さぁさぁ!ちょっと色々あったけどご飯にしよう!

甘やかしてもらった分ちゃんと食べさせてあげるから!」


ご飯。

そう聞いた途端に忘れかけていた空腹が帰ってくる。

くぅ、と鳴りそうなお腹を押さえれば、足下で犬猫達が不思議そうに見上げてくる。

見ないで欲しい。

恥ずかしさに顔を覆えばくすくすと隣で笑う声がした。


「さぁ今度こそ家にご招待だよ。

久しぶりに誰かと一緒にご飯を食べるの楽しみなんだ」


そう言えばシュラフは再び手を差し出す。

自分の手を重ねれば道を歩く時より優しく手を引かれる。

小屋の裏側の方へ歩いて行けば、こぢんまりとした二階建ての家が姿を見せた。

シュラフが扉を開けてどうぞと中へ誘われる。


真っ直ぐ連れてこられたのは小さなキッチンのあるダイニング。

年季の入った質素なテーブルに二人分の椅子がある。

その椅子に私を座らせると彼は慣れた手つきで野菜とパンを切り、卵を焼く。

皿に乗せて出てきたのは簡素なサンドイッチだった。

そこに作ってあったのだろう野菜のスープが一緒に並べられる。


質素な食事だったと言えばそうなのかもしれない。

だけど今まで食べててきたどんなご飯よりも、シュラフと一緒に食べたサンドイッチは美味しかった。

お腹と一緒に心も満たされるような、そんな感覚にまた涙が出そうになる。

だけど我慢した。

彼に心配をかけたくないのもあるけど、それ以上にこの温かい空気を私の涙なんかで台無しにしたくなかったから。


使った食器を片付けるとシュラフは私と対面するように座る。

そして笑顔を引っ込めて真面目な顔になった。


「大切な話をしようか」


じわりと胸の中に重くなるものを感じながら、私は彼の言葉に小さく頷いた。




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