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お風呂に入ろう


その日のシュラフはとっても疲れているように見えた。


普段のみんなのお世話や畑仕事だけなら、夜でも元気が有り余っているように見える。

でも今日はテハイサへの行き帰りの荷物の運搬に加えて2時間くらいユニコーンの人が滞在していた。

(ちなみにその間の私はシュラフの指示で小屋の隅に隠れていた)


「ふぅ…………」


夕食を食べ終えて片付けようという合間に漏れる、大きな溜め息。

シュラフの疲れを少しでも軽くしてあげたい。

そんな思いで考え、ふと私はある事を思いつく。


「ねぇ、シュラフ」

「ん?なんだいサヨ」


片付けの手を止めてこちらを見るシュラフの顔は穏やかだ。

でも、やっぱりいつもより元気がないように見える。

だから私はひとつの提案を口にした。


「……一緒にお風呂、入ろうか」




「…………ハイ?」


微笑んだ顔のまま何か言ったかなという瞳を向けられる。

しっかり聞こえてなかったのだろう。

私は再度同じ言葉をシュラフに向ける。


「一緒にお風呂、入ろうかって言ったの」

「ん〜〜!僕の聞き間違いであって欲しかったなぁ?!」

「それは聞こえていたのに聞こえないフリをしたって事?どうして?」

「いや……サヨさぁ……自分が言ってることの意味が分かってる?」


困ったような顔をするシュラフに私も困る。

ちょっと落ち着こうかと席に座らされ、対面にシュラフも座ると頭を抱えるようにして口を開いた。


「そもそも、どうしてそんな提案をしようと思ったんだい?」

「えっと……シュラフが疲れているようだから背中を流してあげたりとかしたいなって思ったの」

「……その前に大きな問題が横たわってるのに気づいてない?」

「問題……?」


何だろうと考えてみるが大きいと言われるほどの問題に思い至れない。

しばらく頭を悩ませる私を見てシュラフは小さなため息をついた。


「……サヨ、キミの性別は?」

「え?女……だよ?」

「じゃあ、僕の性別は?」

「えっと……見た目は男の子だけど……神様って性別があるの?」

「その見た目が男の子って自覚のある時点でさっきの提案に至らないで欲しかったなぁ……!

サヨはさ、僕の事を異性って枠組みに入れてないにしても頓着が無さすぎるよ」

「そ、そうかな……?」

「あの変態ユニコーンが一緒にお風呂へ入ろうって言ってきたらどうする」

「逃げる」

「それは正解なのに」


ん〜とシュラフが渋面を作る。

もしかして疲れを増幅させてしまったのだろうか。

そうだったら本末転倒だ。


「いや……これは疲れっていうより心配なんだけど」

「心配?その……私がってこと?」

「そうだよ。サヨは男の体の僕とお風呂に入ろうって言ってるんだもん。

サヨの出身地は男女でみだりに肌を見せないとか、結構強く言い聞かされてる印象を持ってるんだけど?」

「確かにそうかもしれない……でも、親子とか兄弟なら一緒に入るって聞いたことがあるよ?」

「……その言葉自体は喜ばしいものなんだけどね」

「じゃあ、どうして駄目なの?……本当の家族じゃないから?」

「えっとね、問題はそこじゃないんだってば。

そもそもサヨは嫌じゃないの?家族に近いって言っても他人に裸を見られちゃうんだよ?」

「……シュラフ以外の人だと嫌、かなぁ」

「まずそこで僕を除外しちゃ駄目なんだってば……いや、それだけサヨに信頼されてるってことなんだろうけども」


苦い顔をしていたシュラフが突然じっと私の目を見てくる。

何かを探るような目。

居心地が悪くなるのを感じながらも目を逸らさず見つめ返す。

何秒そうしていただろうか。

ふぅとシュラフが息をついて目を伏せる。


「分かった……ただし!条件がある!」





浴室の前の脱衣所で私は、着替えていた。

水着に。


「これが……条件?」


シュラフが魔法で出してくれた可愛らしいフリルのついた水着を見下ろす。

水着なんて小学生の授業で来ていた以来だ。

記憶で着ていた時よりなんだか締め付けが強いような気がする。


「そう、一つ目のね」


正面に立っているシュラフは上半身が裸で下はズボン……ではなくやっぱり水着を着用している。

普段はしっかり着込んでいる姿しか見ていないので、なんだかソワソワする。

あまりに肌を出しすぎているから……主にお腹を冷やしてしまうそうで。


「これからお風呂に入るのに冷えたりしないよ……」


私の落ち着きのなさを見て考えている事を読み取ったらしいシュラフが苦笑いする。


「さて、一つ目があるということは二つ目もあります」

「なんだろう……」

「これからお風呂に入りますが〜……石鹸で体や髪を洗うことはしません!」

「え?」

「これから僕達は水遊びをします!」

「お風呂なのに……?」

「お風呂なのに」


シュラフがどこから取り出したのか、いかにも水に浮かびそうな黄色いアヒルを握ってプヒュと音を鳴らす。


「そもそもね、僕のからだ自体には疲れが溜まるってことはないんだよ。

生き物と違って体内でエネルギーを生産してそれを消費しているわけじゃないし、

本来は休息みたいな事をする必要もないんだ。

ただ……精神の方は違ってね、感情の変化でなんというか……すり減りはする。

もちろん減った分は休めば良いんだけど、精神ってプラスの方向に感情を向けても充填されるんだよ」

「……つまり?」

「嬉しいことや楽しいことがあれば疲れが吹っ飛ぶってこと。

だから僕と遊ぼう!サヨの目的は“僕とお風呂に入る”事だからこれで解決するでしょ?」


ふふーんとまたどこからか2匹目のアヒルさんを出してプヒュプヒュ鳴らすシュラフ。

確かにお風呂には入るけど、釈然としない。


「なんとなく理屈は分かったけど……どうして体を洗わないの?遊んでから洗っても良いんじゃない?」

「……サヨの中の僕はどこまでも異性じゃないんだねぇ。そっちは終わった後に個々でね。

ほら、親しき中にも礼儀ありって言葉があるんでしょ?

いくら僕とサヨが仲良しでも他人の体に触りすぎるのは過干渉だし。

それで今日のところは納得してよ」


ね?って体を少し屈めたシュラフが上目遣いでお願いしてくる。

困ったような表情をされると意地を張ってしまう方が負担になりそうな気がして、私は小さく頷いた。


いつもは一人で使う浴槽に向かい合うようにして入ったらちょっと狭い。

足が相手の体に当たらないように膝を曲げたり、いつもより体を浴槽の縁に寄せる。


「サヨ!サヨ!」


避ける事に意識がいっていた私は名前を呼ばれて顔を上げる。

すると小さ水の塊が右の頬に飛んできた。

ぱしゃんと弾けるような音がして、温かい雫がポタポタと落ちていく。


「手で飛ばす水鉄砲〜!やった事ないでしょ?こう指を組みつつ手のひらを合わせる勢いで水を飛ばすんだよ」

「えっと……こう……?」


シュラフが作っている手の形を真似して手のひらを合わせる。

でもただ水を押しつぶしただけで、手から溢れた水は全部私の手の甲を流れていった。

それを見てシュラフがクスクス笑う。


「やり方が違うよ〜。こう、手の中に水を溜めてそれを逃さないように押し出すの。

こういう……感じで!」

「ひゃっ!!」



今度は左の頬に水鉄砲が飛んでくる。

痛みはないが水がかかる感触に驚いて思わず声が出てしまう。


「ホラホラ!早く反撃しなきゃ!狙い撃ちだよ〜?」

「わっわっ!……キャッ!耳にかかるとくすぐった、い!待って、待って」


ぱしゃぱしゃとかけられる水が当たる感触が、暖かい温度と相まって気持ちいい。

水鉄砲を飛ばすための手を組む余裕もなく、右腕で水を遮りながら咄嗟に左手で直接シュラフの方へ水をかける。

あっ、と思ったのは一瞬で、私に水をかけられたシュラフは面白そうにケラケラ笑う。

そうしてまた水鉄砲を飛ばしてくるので、私もどんどん負けじと水をかけた。


夢中になっていたことに気づいたのは浴槽のお湯が半分近く減ってしまった頃だった。


「そろそろお開きにしよっか!」


楽しそうな笑顔を浮かべたシュラフが浴槽から出ていく。

一回お湯を溜め直すからと言われて私も続いて立ち上がり、浴室から出た。


体を拭いて着替えると自分が思っていた以上にはしゃいで遊んだのか全身がポカポカと温かい。

髪を乾かし終わるとふんわりと優しい眠気がやってくる。

堪えきれずに欠伸をすればシュラフが声をかけてくる。


「ちょっとやり過ぎちゃったかな。逆にサヨが疲れちゃったみたい。

お風呂の中で寝ちゃうのも危ないし今夜はもう寝た方がいいと思うよ」


まだ楽しさを残す弾んだ声音に私はホッとする。

心配だったけど、どうやらシュラフの疲れを吹き飛ばすお手伝いはできたみたいだ。

安心したら余計に眠くなってくる。

一言断りを入れて私は2階の部屋に向かう。

歩くのもやっとで、ベッドに横になり布団を体に引き寄せられたと思った辺りで意識が沈む。

胸がふんわりあったかくて、とても心地良かった。




+++++


「……良かった。ちゃんとベッドまで辿り着けたみたい」


サヨの気配が彼女の室内のベッドの辺りにある事を確認して夜の衣に身を包む。

家の外に出て、いつも通りに眠りの霧に“楽園”を包み込ませる。

今日も夜の帳が下りているというのに父様の声は聞こえないし、呼びかけても応えはない。

それは素直に寂しい。

だけど先ほどまでの温もりがまだ胸に残っていて、誰もいない夜闇の中で笑った。


「……サヨは憧れているんだね。誰かと何かをするっていう当たり前に。

だけど今までした事がないから不器用な言い方しかできなくて……ほんと、僕じゃなかったら大騒ぎどころじゃないね」


彼女は気づいていなかったかもしれないが遊んでいる最中の彼女はまるで子どものように無邪気に笑っていた。

元々そういう風に笑う人間なのだ。

それをずっと押さえ込んでいたから少し忘れてしまっているだけで。


「……思い出せないほど遠い記憶だからだろうけど、キミが憧れる日常をキミは過ごしていたんだよ」


自分だから見える記憶。

幼い彼女が実の両親に愛されていたほんのわずかな時間。

心を封じ込めて笑顔の仮面を被る前には確かに覚えていただろう、奪われた幸せ。


「今日のキミは、幸せだった?小さな時のように楽しい以外何も考えなくて良いほど夢中で遊べたかな?」


その問いかけに答えを求めはしない。

いつかきっと彼女が自分で気づいて教えてくれると、今は信じるしかない。


「おやすみ、愛しい命達。

幸せな夢で目覚めたら、明日も心穏やかで幸せに暮らそう。

ここはキミ達の、幸せを得ることができずに殺されたキミ達だけに許された場所。

幸福な生を全うする為にある“エリュシオン”……」


明日の風景を想像する。

その連続の先にいつか、避けられない別れが訪れると分かっていても願うのだ。


どうか明日も幸せであれ、と。


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