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幸せについて考えよう

暫しの沈黙。

重たい空気にまず響いたのは小さなシュラフの溜め息だった。


「うーん第三者を置くのも有りだけどこいつは茶々を入れてくるだけだし……。

スライムのみんな〜?その馬と小屋の外で一時間くらい遊んであげて〜?」

「え☆一時間なんてそれは最早ごうも……アッ、変なとこ触らないで……☆☆☆」


青年の姿になったユニコーンの言葉をニャーとワンの鳴き声が遮る。

沢山の足音と共に一塊の毛玉がゴロンゴロンと小屋の外へと転がっていく。

賑やかな音が遠ざかれば優しい声音で名前を呼ばれる。

見れば、さっきまで青年に向けていた冷たい眼差しとは真逆の優しい瞳がこっちを見ている。

その違いが胸の奥をもやりとさせた。


ブルルルルッ。


聞き慣れた鳴き声と共に、頬を生温くて柔らかく湿ったものに撫でられる。

それがパフォスの舌に舐められたのだと分かるまで5秒ほどかかった。


「ふふ、パフォスがそこまで気に入ってる君だもの。

もしも昨日サヨが帰ってこなければ僕はパフォスに恨まれていたかもね」

「……それは、さっきあの、ユニコーンの人が言っていたことに関係するの?」

「そうだね。まぁアレの言い方はだいぶ悪意で誇張されてるけど。

この世界の神様は純粋な善意でもってルールを運用しているし」


ふぅともう一度ため息をこぼすとシュラフの指先が光出す。

そして何かを空に描くと地面から暗色の丸椅子が二つ小屋の内部に生えてくる。


「さぁ、昨日の問答の続きといこうかな……と言っても昨日はほとんど僕が一方的に喋っていたしね、今日はサヨが聞きたいことを中心に話をしようか」


片方の椅子にシュラフが座ったのを見てから、私も倣うようにもう一つの椅子に座る。

すると私の座る椅子の傍にパフォスが足を畳んでくつろぐ様な体制になった。

まるで自分がついているぞとでも言いたげな仕草にくすりと笑みが溢れる。

近くなったらパフォスの頭を少し撫でさせてもらってから深呼吸をして私はシュラフに視線を向けた。


「……単刀直入に聞くね。シュラフは、私をここから追い出そうとしたの?」


虹色を含んだ黒い瞳がピクンと動く。

だけどシュラフの表情は穏やかだった。


「……追い出すつもりは無かった。でも、君の選択によっては出て行ってもらう事にはなっていたかな」

「私の選択……?」

「うん。昨日君にお使いを頼んだでしょう?そこから帰ってくるかどうかで僕は判断したんだ。

君をこのまま“楽園” (エリュシオン)に住ませるか、それとも外のどこかに移住してもらうかを……君に内緒でね」

「移住?つまり……私が昨日ここに帰ってこなかったら……引っ越しをさせようと思っていたの?」

「うーん、引っ越しっていうほど優しいものではない、かな」


シュラフが申し訳なさそうに笑う。


「これから話すのはもう有り得ない“もしも”の話。

君はもうこの“楽園”の住人だから、君が心の底から望まない限り住む場所は変えられない。

だから話す必要はないと思ってたんだけど……あの馬がイヤな言い方で掘り返してくれたからね……話すよ。

だけどこれだけは誤解しないで欲しい。

昨日も言ったけど此処に人間が送られてきたのは初めてだった。

だから僕はいくつか可能性を考えて、君の選択を見守った。

無意識にでも君自身に幸せになる場所を選んで欲しかったから。

どんな形でも、僕は君に幸せになって欲しい……それだけは心からの本心だよ」


暗い瞳が僅かに伏せられる。

その表情に昨夜の彼が言っていた『幸せにできる自信がない』という言葉を思い出させる。

いま私はシュラフを不安にさせている。

だけど一度知りたいと思った気持ちを今更引っ込めることもできず、私は小さな声で「わかった」と返事をすることしかできなかった。


「……結論から話そう。

君が帰らないという選択をしていた場合、この世界のルールに則って君から以前生きていた人生の記憶は消去されていた。

そして君はテハイサ村、もしくは別の町か村に住む場所を与えられてそこで第二の人生を送ってもらった。

僕のことも、この場所のことも全て忘れて、新しいこの世界の住人として、ね」


それは、言い方は違うけれどあの青年が言った通りの言葉だった。

頭が真っ白になる。

もしもここに帰ってこなければ、その時点で私は今の私ではない自分になってしまっていたということ。

そういえば、昨日テハイサの村にお使いで入って行ってから自分の何かが違った様な感覚があった。

それに、自己紹介をした覚えがない人が私の事を知っていた。

もしかしてそれらはシュラフによる何かの魔法だったのだろうか。


「ううん。それは違うよ」


こちらの意図を汲み取ったかの様にシュラフが首を振る。

私の気持ちを読んだ。そういう事ができると説明されたし目の当たりにしたのも初めてではないけれど、なんだか奇妙な気持ちになる。


「お使いに行ってもらったことも含めて僕は君に対して一切魔法は行使していない。

というか、そんな魔法を使おうと思っても君は自分の魔力でそれを弾くことができる。

そのくらい君が無意識に使っている外部から干渉を防ぐ力は強いんだ。

なんて言ったって僕に与えられている管理権限すら弾くからね……優秀なんだよ、君の魔法は」

「じゃあ……どうしてあの村の人達は私の名前を知っていたり、まるで前から私が過ごしていたかのような態度だったの?

私も、シュラフに渡されたメモを見直すまでそれが当たり前みたいに思えてしまったし……」

「それこそ、この世界の住人になるっていう事だったんだよ」


すっと壁に立てかけてあった長い棒 (確か犬や猫と遊ぶために使っていたものだった気がする)を手に取りシュラフは地面に何かを書き出す。

人のような形のものや丸、そしてその脇に文字を付け足したりしながらシュラフは説明を始める。


「まず君は自分が生きていた『地球』という惑星にある『日本』で死んでしまった。

それから魂だけがこの世界にやってきてまず神様に魂の記録を全て見られる。

そこから神様は死ぬ直前の肉体の形の情報を得てそれとほとんど同じ体を作りそこに君の魂を入れる。

そうして合体した体と魂が馴染んだのを確認してから、神様はその生き物をこれから生きる場所に転送する。

サヨの場合それが最初に目覚めたあの道中だった。

だから君が外から来た魔女じゃないって知って混乱したんだよね……。

“楽園”の中じゃない、だけど僕の影響下にある場所で倒れていたから、君はどっちの住人だろうって」

「そういえば……シュラフも神様……とは違うけどそっちに近いような存在?なんだよね……?

その神様に確認とかはしなかったの?」

「それが出来ないんだよ。僕はあくまで外の世界の神様の分体だから純粋なこの世界の神様ではないんだ。

ややこしいと思われるかもしれないけどね……僕や父様はこの世界っていう家に招かれた客人みたいなものなんだ。

住まわせてもらってるし、いろんな道具を使うこともできるけど、その家のルールには口出しはできませんって感じかな。

そして面倒な事に家主である神様にこっちからコンタクトを取る事は基本できないんだ。

それこそ天変地異レベルの緊急事態が起きたりでもしない限りね。

まあ向こうも基本的に僕がやる事に何も言ってこないから好きにさせてはもらってるけどさ……」

「えっと……複雑?なんだね……?」

「ははは……単純な事なんだけどサヨにはスケールが大きすぎて想像しにくいかな」


脱力したようにシュラフが笑う。

それからいつの間にか止まっていた地面への書き込みを彼は再開する。


「さて、話を戻すね。

さっき神様はこの世界に移ってきた生き物をこれから生きる場所に転送すると言ったね。

けれど目覚めたばかりのサヨが混乱したように、大抵の生き物は不思議に思う。

死んだと思ったら突然知らない場所にいるわけだし、神様の介入だって知らないからね。

それにその生き物よりも前に地上に生きている者だって突然知らない奴が住処に入ってきたら驚いてしまうよね。

だからその時点で神様は“書き換え”を行う。

新しく来た魂には『以前の記憶の抹消と慣れるまでの仮初の記憶の付与』を施す。

その魂が住む場所の先住民には『その魂の持ち主は自分達と一緒に以前から暮らしていたという認識』を付け足す。

そうやって『最初からこの世界に生きていたと思っている魂』を『昔から一緒に暮らしていると思っている魂達』の中に混ぜ込むんだ。

サヨが昨日テハイサの村で身をもって体験したのは、君が“楽園”の住人ではなかった場合に行われただろう書き換えだね。

『以前からテハイサの村に住んでいたサヨ』と『サヨは以前から村に暮らしていると知っている住人達』……。

だけど書き換えはされなかった。君はこっちを選んだからね……」

「それ……は……」


なんて身勝手な行いなのだろう。

そう思った瞬間にシュラフが悲しい顔をする。


「……知る権利を与えられたら人間はそう思うんだね。

でもね、サヨ……さっきも言ったけどこの世界の神様は純粋な善意でそういう行いをしているんだよ」

「善意で……?」

「うん。そういえば君には“この世界に運ばれる魂”の共通点を教えてなかったね。

ねぇサヨ、“楽園”に入るための2つの条件を覚えているかい?」

「えっと……人間によって殺されてしまったという事と、幸せをちゃんと知る事なく死んでしまった……だよね」

「そう。でもそれ以前にこの世界に運ばれてくる魂には大雑把だけど条件があるんだ」


シュラフが地面に新しく文字を書いていく。

今まで書いた図の外に書き加えられた言葉を彼は読み上げた。


「『一生で大きな幸せを得ることができなかった命であること』」


「……これは本当に大雑把にできていてね、大きい幸せっていうのは一回で得たものでもコツコツ積み上げたものでも同じなんだ。

だからそうだね……言い換えると幸せと不幸を天秤にかけた時に不幸の方が大きかったと思いながら死んだ魂は選ばれることが多いかな。

僕も正確な判断基準を知っているわけじゃないし、神様が作った基準を測る術なんて存在しないけど……。

でも、少なくとも僕が見てきたテハイサ村の住人達はみんなよく似た記憶の残滓を纏っていた。

住んでいた環境も、世界も、死に方も全部違っているけど、少なくともあの村に来る前は幸せではなかった」


じっとシュラフの瞳が私を見る。

私の内にあるものを見透かすように。


「この世界はね、神様が善意で創った悲しい魂をあやす揺籠なんだ。

穏やかな幸せを感じなさい。その為には不幸であった過去を思い出さなくていい。

この世界では寿命を全うして死ぬことができる。全ての魂が平等に。

感情がある生き物なんかは喧嘩をしたりするだろうけど……他者への悪意に対しては神様が厳しく罰するから誰かが誰かを殺すこともない。

そんな第二の人生を送らせる世界。

まあ僕やさっきのアレみたいに多少はイレギュラーもいるけれど……基本的には他に干渉しないからね。

神様が望む通りに緩やかに回り続けているんだよ、この世界は。

……サヨにはそれが神様の傲慢のように感じられるかな?」

「それは…………」

「どう感じてもいいよ。それはサヨの意思だ。

それに“楽園”の住人達の昔の記憶を僕は消そうとは思わない。

その不幸を上回る幸せを与えることが僕の使命だし、不幸を知っているからこそ分かる幸せもあるだろうと僕は考えているからね。

それに、不幸だったからこそ今度は幸せになってやるぞっていう気概を持った命も見たことがあるからさ。

僕も一方的に与えるはするけど、自分自身でも幸せについて考えてもらって……ああ、幸せってこういうものなんだって思ってもらいたい。

その為に僕も努力は惜しまないし、一緒に幸せになるにはって考えもする。

もちろんその中にはもうサヨも入ってるけど……君は、どう思うのかな?」

「私…………」


言葉を詰まらせる。

私はこの世界の在り方について疑問に思った、それは事実だ。

でもよく考えたら他人の幸せについて私はどうこう言える立場にはない。

そもそも私には何が“幸せ”と言えるものなのかが十分に理解できているわけではないからだ。

ただ、苦しい気持ちや悲しい気持ちは容易に想像ができる。

もしそれらを全て忘れてしまえるのなら、その上で穏やかな生活が約束されているのなら。

それも、ひとつの“幸せ”なのかもしれない。

だけど釈然としないのは、私が記憶を消されてしまう事を知ってしまったからだろうか。


ぐるぐるとまとまらない思考を続けていると、不意にパフォスが器用に頭を私の膝の上に乗せてきた。

馬ってこんな風に体を動かせるのかと疑問に思ったけれど、よく考えたらパフォスは私の知る馬とは違う生き物だということを思い出した。

だったら、疑問に思うことではないのかもしれない。

じっと見つめてくるパフォスの無言の訴えに私は恐る恐るパフォスの鼻筋を撫でる。

すると視界の隅でパフォスの長い尾がパタパタと動いているのが見えた。

フンフンと鼻息も聞こえてくる。

すると静観していたシュラフがははっと笑い声を上げた。


「気持ち良さそうだね、パフォス。大好きになったサヨにいっぱい甘やかしてもらえて、嬉しいね。

―――幸せだね」


優しく穏やかに発せられた言葉に私は顔を上げる。

優しすぎるほどの表情で、嬉しそうにシュラフが私達を見ていた。

ふと、私は理解する。


シュラフが望んでいるのは今このような時間や空間である事を。


パフォスが尻尾を振りながら、まるでシュラフに返事をするようにブルルルルッと鳴く。

パフォスの瞳は穏やかだ。私にはそれ以上のことは分からない。

だけど、シュラフの言葉の通りならいまのパフォスは“幸せ”なんだろう。

私がただ撫でてあげただけ、たったそれだけのこと。


「……ねぇ、シュラフ」

「ん? なぁにサヨ?」

「私も、私もいつか……いまのパフォスみたいに……“幸せ”って分かるようになるのかな……」


自分で言っておいて怖くなって俯いてしまう。

もしも、私には感じられないものだったらどうしよう。

そんな不安が胸の中に生まれる。

だけど。


「分かるようになれるよ。君がそうなりたいと望んで考えてくれるなら、絶対に」


顔を上げる。

シュラフは笑ってこっちを見ていた。

その笑顔に、不思議と胸の中に込み上げてくる何かを感じる。

温かいそれが安心からくるものだとまだまだ鈍い私は遅れて気づく。


「君が知りたいなら僕はこの世界の事は何だって分かる範囲で教えてあげる。

何度も言うけど人間を相手にするのは初めてだし、何を知って何を知らないでいるのが君の幸せなのかが分からないから。

だからもし君が知って嫌だったり苦しくなるのなら教えて。

もう二度とそのことに関して話したりしないから……」

「うん。今は難しくて嫌とか苦しいって思う余裕もなかったけど……自分でちゃんと何を聞くべきか、考える。

まずはその辺りがしっかり区別がつくようにしないとだけど……」

「そうだね、先ずはゆっくり自分っていうものと向き合えば良いと思う。

そうしてサヨにとって欲しいものは何か、要らないものは何か……また教えてくれたらいいよ」


シュラフの言葉で体も気持ちも解れていくのを感じる。

今日知った事は私にとってもしかしたら嫌な事だったかもしれない。

だけど話してもらえた事で安心したところもある。

だからきっと、さっきまでの時間は私には必要だった。そう思いたい。



「一時間経ったねぇ☆☆☆☆☆」

「チッ、うるさい蝿が戻ってきた」

「蝿じゃなくて麗しきユニコーンだねっ☆☆」


もう少し騒がしい今日は続くようだけれど。


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