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いろんな話を聞こう


立ち話もなんだから、そう言って彼が唇を動かすと突如彼の指先が光り出す。

その光で彼は空中に何かを描いた。すると暗色の小さな丸椅子が私と彼の足元から出現する。

地面から生えてきたような椅子を恐る恐る触ってみると、硬くてざらりとした感触が指に伝わってきた。


「砂鉄を固めたものだからあまり座り心地は良くないかもしれないけど、無いよりはマシだと思うよ」


そう言って彼は自分の方の丸椅子に座る。

私もそれに倣ってゆっくり椅子に座ってみる。

体重をかければ硬い感触ではあるものの思っていたよりも安定感がある。

椅子が壊れないのを確認してから膝の上にバスケットを乗せた。

それから彼の方を見ると再び指先を光らせて何かを描いている。

動きが終わると今度はお互いの背後に細長い棒がせり上がる

座高より少し高い位置まである棒の先端には燭台のような物がついており、彼がパチンと指を鳴らすとボッと蒼白い炎が灯った。

小さい炎なのにこの牧場一面を照らすほど明るい。

けれど炎を直接見ても明るさに目が痛むことはなかった。

風もないのにチロチロと揺れる灯りをしばらく眺めてから私は改めて彼の方へ向き直る。

目が合ったのを合図にして彼は膝の上で軽く手を組むと唇を開いた。


「さて、まずはちゃんとした自己紹介から始めようかな。

もっとも、ボク個人には名前なんて合ってないようなものだしちゃんとした自己紹介にはならないと思うけど」

「……シュラフは、あなたの名前ではないの?」

「仮名っていうのが一番近いかな。まあ他に名乗っている個人名もないし……呼び方は変えてくれなくてもいいよ。

……ボクの正式な名称は、ヒュプノス。

実際はその分体のひとつだからヒュプノス本人というには力が弱すぎるけどね。

サヨは知らないようだから補足すると地球ではギリシャの神話にその名前が記されているよ。

眠りの神、夜の神ニュクスから生まれて死の神タナトスと兄弟の眠りそのもの……そんな具合にね」

「…………神……さま?」

「本体はね。さっきも言ったけどボクはその神の分体のひとつ。

この世界で“エリュシオン”に運ばれてきた命を見守る管理者のようなもの。

他の世界にもボクと同じような存在がいて、それぞれ役割を与えられて動いてる。

とは言え、分体同士で連絡を取り合うことはしていないからボク以外が何をしているかは知らないけどね。

とりあえずボクそのものは人間ではない、かといって神さまなんて大それたものでもない中途半端な存在さ。

まあ一応与えられてる権限もあるし、人とは比べ物にならない程度の魔力や知識は貰ってるから……。

人間離れした人っぽい何かって認識してもらえればいいと思うよ

こんな自己紹介で大丈夫かな?」

「…………ちょっと、待ってね」


与えられる情報の規模が大きくて目眩がしてくる。

しっかり者の少年だと思っていた子どもが、神話に出てくる眠りの神様の分体?という存在だった。

神様そのものではないけど、色んな力を持っている……らしい。

そして彼はこの牧場のような場所を管理する仕事をしている……ということだろうか。


「ん〜……人間は理性が強いからどうも飲み込みが遅いね。

スライム達みたいに本能が強い子ほどボクがどんなものかすぐ理解してくれるんだけど、サヨは本能的な部分も薄いみたいだしなぁ……。

いや、理性が強すぎて本能が理解してることを鵜呑みにできないって感じかな?

保有してる魔力も大きいから、あんまりボクそのものを怖がってないみたいだし」

「……? どういう事?」

「ああ、そういえばサヨは自分の身に起きてる事もちゃんと分かっていなかったんだっけ?

うん、じゃあボクのことは置いておいてまずはそっちの話をしようか」


彼はポンと手を叩くと唇だけを動かす。

するとどこからか白い霧が立ち込めてきて周囲を覆った。

彼や牧場の生き物達はハッキリ見えるが、柵の端や森の木々は見えなくなってしまう。

驚いているとふと私のすぐ隣に靄が集まっているのに気づいた。

そちらを向けば靄はひとつの塊になり徐々に表面がつるりとした壁に変わっていく。

壁はゆっくり磨かれていくように滑らかになっていき、それに合わせて表面に私の姿が映し出されていく。

やがて鏡のようになった靄には鮮明に今の私が映る。

若草色のワンピースにツバの広い麦わら帽子を被った、赤い瞳の私が。


「サヨ、キミは間違いなく死んでいる」


彼の迷いのない声に心臓がギュッと掴まれるように痛む。

ドクンドクンと跳ねる心臓の音がうるさいほど体の内から響いてくる。

だけど、まるでその音の間を縫うように彼の言葉はまっすぐ私の耳へと入ってくる。


「高層ビルから身を投げてすぐにキミは気を失ってしまったから実感が薄いだけ。

あっちの世界のキミの体は誰が一目で見て分かるくらい酷い有様になって、死んだ。

じゃあ今そこにいるのは誰なのか?

もちろんキミは睦宮小夜その人だよ。

魂と記憶を持って新しい体で生まれ変わった……それが今のキミだ」

「生まれ変わった……?でも、私……ここで育った記憶は……ない」

「その通り。キミはこの世界に転生した時点で20歳の睦宮小夜の体になっている。

その事に関してはこの世界の在り方がそういうものだ……という風に納得してもらうしかないかな。

なにせこの世界に生きている生き物のほとんどが、元いた世界で死んでからこちらにやってきているからね。

記憶と違う体では何かと不便だし、すぐに馴染んで生活してもらうには体を合わせる方が早い。

だからこの世界を回してる神様が一つひとつ丁寧に体を作ってそこへ魂を入れているんだよ。

あと、この世界はサヨが住んでいた地球の他にもいろんな世界から資格を持った魂がやってくる。

世界ごとに掟や環境は違う……どんなに生き物として近しい姿を持っていたとしても本質がバラバラなんだ。

その辺をこの世界に合わせて調整する必要もあるから神様も手間暇かけてくれるって感じかなぁ」

「…………あの……意味が……」

「あはは、サヨは真面目だから全部理解しようとしてくれるんだね。

でもわからない部分は大雑把に流せばいいよ。

仕組みについて話し出したら創世神話から語り出さなくちゃいけなくなるからね。

簡単に言うと、キミのその体はこの世界の神様の一柱が作り直してキミに渡してくれたもの。

だから一から育つ必要はない。

だけど、この世界の環境に適応してもらうための違いはある。

例えば君がずっと気にしている瞳の色の違いもそのひとつだね」

「……!? どうして知っているの……?」

「あっ、あ〜…………」


瞳の色については彼に話した覚えはない。

そう思って声に出せば彼は気まずそうに目を逸らして頬を掻いた。


「えっとね……単刀直入に言えば、ボクにはこの“エリュシオン”にやってきた魂の記憶を見ることの出来る力が与えられてるんだよ」

「記憶を見る……?」

「そう、つまりね。

ボクは睦宮小夜という人が生きてきた20年間と、ここに居るサヨが何をどう思っているかを全部知っているんだ。

キミが忘れていることも含めて、余すところなく、全部。

例えば昨日の夜に髪の毛をちゃんと乾かさずに寝たから朝の身支度が大変だった事とか」

「え?え??え???」

「いやー……ごめんね。こればっかりは管理上必要な事というか……。

些細な気持ちの変化も把握しておかないと何かあったら困っちゃうし。

過去にこういう事をしたっていうのも頭に入れておかないと他の住民とのトラブルに繋がるしね。

キミが生きてた世界風にいうとプライバシーの侵害なんだけど、そこはまああれだよ、人間相手じゃないから目を瞑ってねっていう事で」

「………………ちょっと不満」

「そこをちょっとで済ましてくれるサヨは優しいね」

「でも、それならどうして私の事を色々と質問してきたの……?

そんな力があるなら、私の口から聞かなくても分かっていたという事でしょう?

なにか、喋らせる事で確かめたいことでもあったとか?」

「ああ、それはね……結論から言うと最初の2日はキミの記憶が見れなかったんだ」

「? どうして……?」

「その説明のためにも話を戻そうか。

キミは死んでから魂だけでこちらにやってきてこの世界の神様に新しい体を渡された。

だけど環境の違いで前の体と今の体には大きな違いが生じたんだ。

サヨ、今のキミの体には“魔力”が宿っているんだ」

「魔力……?お話の中で魔法使いが使っている?」

「うん。その解釈で概ね合っているよ。

この世界ではね神様からのギフトとして魔力が体内に付与されるんだ。

ただ魔法を使えるほどの量は基本与えてないみたいでね、せいぜい悪い事柄をふんわり避ける御守り程度のものなんだよね。

大抵の生き物は魔力が与えられた事に気づかない……そんなものなんだ。

……けれど、神様は気まぐれだからねぇ……時々魔力をたっぷり与えられて転生する場合もあるんだ。

そんな幸運……?に恵まれたうちの1人がキミだよ、サヨ」

「え……?でも、私……別に何もできない……よ?」

「意識的にはね。そもそもキミは魔法が伝説のように語られている世界から来ているから使い方も知らないのが当たり前。

だけどそれはキミが自覚していないからであって、新しい体そのものは魔力の使い方を知っている。

その証拠にいまもキミは魔法を使っているよ」

「え、ええ……!?」


魔法を私が使っている。

思わず私は自分の手のひらに目を落とす。

それから見える範囲で自分の体を確認してみるが特に変わったところはない。

訳もわからず視線を上げて、ふと鏡に映る自分と目が合った。

あった。

昔の私と違うものがじっと鏡の中から私を見つめている。


「もしかして……目の色が変わっているのが、私の魔法……?」

「惜しいね。キミの瞳の色の変化は魔力によるものだよ。それ自体は魔法ではない。

でも、キミが魔法を行使するのに使っている部位はその瞳だからほとんど正解みたいなものだけど」

「???えっと……魔法って目でも使えるものなの?」

「体を使って操作する魔法ならどの部位にもそれぞれ存在するよ。

まあ瞳を使った魔法はあまり知られてはいないからとても珍しくはあるけどね。

というのも、瞳そのものは体の中でも特に繊細な部位だから無理が効かないんだ。

鍛える事も難しいし、魔力を無理に流してしまえば最悪失明するしね」

「失明…………!??」


ゾッと全身に寒気が走り鳥肌が立つ。

そんな私の様子を見て彼は「ごめんごめん」と慌てて言葉を重ねる。


「今のは一般的なケースの話で、サヨを怖がらせるために言ったんじゃないんだ。

それくらい瞳は弱い所だから魔法を学んだ人間はまず魔力をそこに流すことはない。

だけど、瞳そのものが特別だったら話は別なんだよ。

もしも瞳が魔力に対して耐えられる強度を持っているなら、瞳を使って魔法を操っても問題はないんだ。

この辺りは生まれ持った素質が関わるから、ただでさえ少ない魔法使いの中でもさらに絞られてくるところだけど。

そんな砂粒ほど僅かな可能性を掴んじゃってるんだよね、サヨは」

「……私が……私、なんかに……そんな……」


信じられない。

それが素直な感想だった。

そんな私の胸中を知ってか知らずか彼の言葉は続く。


「まあ、そんなわけで瞳を介した魔法っていうのはあまり知られていないんだよ。使うことができないからね。

重ねて言えばボクも流石に瞳を使った魔法は知っているけど使えない。

本体なら無理をすれば出来るかもしれないけど……まあリスクを背負ってまで使うメリットはないかな。

色んな魔法を組み合わせればなんとか近い性質まで再現はできるからね。

ああ、でも流石にゴルゴーンが持っていた石化の魔法は再現できないかな。

あれは特別級のさらに上をいく彼女だけが持ち得た力だから。

似たような力をコカトリスも持ってはいるけど……瞳が小さい分有効範囲が狭いんだよね」


彼の言葉にニワトリだったヘビのような生き物達が一斉にシューシューと声を上げる。


「あ、ちなみにコカトリスはこの子達の種族名だよ。

この子達も瞳で魔法が使えるけど……みんな自分より体の大きい生き物を石にするほどの魔力は持ってないかな。

同族に効くものでもないし、使えるけどみんな使わないから安心して。

……まあサヨの場合は石化させる前提条件の目を合わせるその瞳が常に守られてるから効かないんだけど」


彼の説明を聞きながらちらりとコカトリスという子達に視線を向ける。

すると仕切りに鳴いていた声がピタリと止んだ。

身を寄せ合い、じっと私の方を見てくる。

怖がられているような、そんな気がする。

もしかしてあんまり見ない方が良いのだろうか。

コカトリスから慌てて視線を逸せばああと彼が声を上げた。


「別にサヨが使っている魔法は目を合わせた相手に害を与えるようなものじゃないから安心して。

どちらかと言えばキミが無意識に使ってるその魔法は……キミを守るためのものなんだよ」

「私を……守る?」

「そう、その魔法は常にキミを守るように働いている。

ボクが最初キミの記憶を見ることができなかったのも、その力によるものなんだよ。

キミの瞳が使っている魔法は2種類。

ひとつは外部からの干渉を防ぐ魔法。

もうひとつは目を合わせた相手に干渉する魔法。

前者がボクの管理権限を弾いていたものだね。

サヨは持っている魔力量がとても多いからその効果も強い。

それでいて無意識に使っているから、流石にキミが魔法でボクの力を阻んでいるなんて気づけなかった。

そもそも、このエリュシオンに人間が送られてきたのも初めてだったから、前例がないぶん余計に分からなくてね。

倒れてるキミを見つけた時もどこかの魔女が行き倒れてるとしか思わなかったし……。

なんならその豊富な魔力を貰って此処の維持に利用しようかなとも考えたからね」

「そ……そうなんだ……」

「あ、いまはそんなつもり全くないからね!!

えっと、そんな守りの魔法だけど、キミ自身が気を許したりしてくれたらその相手には力を和らげるみたい。

2日目の夜にサヨから話をしてくれたでしょ?

それがきっかけでボクはようやくキミの記憶を見ることができたんだよ。

つまりボクがキミに色々聞いていたのは確認とかじゃなく、本当にキミのことを何も知らなかったから。

ボクも初めてなことづくしで色々緊張したよ……此処にきた命をボクが傷つけるなんてことがあっちゃいけないからね」

「それは……管理者だからということ……?」

「そうだけど、そうじゃない。

これはボクの使命であり、存在理由そのものだから」


すっと彼の表情が引き締まる。

急変した空気に私が圧倒されていると、彼は静かに立ち上がる。

そして一歩ずつゆっくりこちらに近づいてくる。

それに対して私は動く事も声を発する事もできなかった。

やがて目の前に彼が立つ。

暗く黒い瞳から目を逸せないまま、私はただ彼の行動を待つことしかできない。


「キミは、自分勝手に生きる事を辞めたと言った。

そんな自分は優しくされるべきではない、何も貰うべきではないと言った。

だけど……知っているかい?本当にそうあるべきだと自覚してる人ほど……自分のあるべき姿を口には出さないんだよ。

こうでなくてはいけない、そう言ってしまう人ほど……自分が否定してるものを心から欲しているんだ。

サヨ。キミは沢山のことを我慢して諦めて生きていた。

だけどそれはキミが望んで受け入れた生き方ではない。

キミの周囲の人間によって押し付けられて、選ぶ余地すら与えられずに強制された生き方だ。

キミの心はいつだって欲していた。ほんの一握りの優しさを、温もりを、愛情を、ずっと望んでいた。

だからこそ、ボクはキミに断言する。

キミは、人間の身勝手に殺されたんだ」


違う。

そう言いたくて、でも、言えなかった。

義家族を庇おうという反射行動を、私の中にある欲望が押さえつける。

あの人達が全部悪いとは思わない。

でも、あの人達によって沢山のことを強いられてきたことは事実だ。

そして、今この場に自分を取り繕って機嫌を伺ってきたあの人達は、いない。


「この“エリュシオン”には入るために2つの条件が必要なんだよ。

ひとつは人間によって殺されてしまった命であること。

もうひとつは幸せをちゃんと知る事なく死んでしまった命であること。

そんな不遇な命のためにこの場所は在り、そんなキミ達を幸せにするためにボクはいる。

ボクはヒュプノス。

眠りを与えることがボクの役目。

幸せを知らない、そんな苦しい最後でキミ達を終わらせない。

それぞれの望みを、それぞれの幸福を、それぞれの安らぎを……キミ達の不幸が薄れて消えるまでボクが与える。

絶対にボクは見捨てない。絶対にボクは傍に在り続ける。

だから……幸福に生きよう。

喜んで、怒って、泣いて、楽しく、穏やかな日常を一緒に生きよう」


彼が微笑む。

この箱庭にいるみんなに向けて。

それが私には眩しくて、やっと許してもらえたような気がした。





ああ、私。


ここで生きていてもいいんだ。



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