6話 進展
私(成瀬美波)は、しばらく学校へ通えずにいた。あの廊下で目撃した悲劇、目の前で血飛沫を受けたあの光景、それが脳裏に焼きついたせいで発作が起きる。発作が起きれば、優しく寄り添ってくれる両親に助けてもらう日々だった。何より大事な人を、西山晴人君を失うのが辛かった・・・そんな絶望を感じるようになってしまったある日のこと。
小さなアパートから鳴り響くチャイムに引き起こされる。導かれるように扉を開いた先には、親友の篠崎蓮くんが立っていた。私は来るとは思わず、彼へと見開いた目を晒してしまう。
『久しぶりな気分だ。大丈夫か?』
『ああ・・・うん、ありがとう』
『晴人のことなんだが・・・』
私はその名前を聞いてしまった直後、拒絶反応で扉を閉めてしまう。でも、蓮君の靴が侵入し、完全な閉めはできなかった。
『彼が亡くなる前の昼休み、美波は体育祭のことで呼ばれて(屋上に)来れなかったろ?』
『うん・・・』
『美波が来れなかったあの日、晴人がこう言ってたんだ』
”俺は美波と出会えて、今までの自分の行動を見直すことができた。何が正しいのかを見つめ直すことができた。それは、美波が真っ直ぐでみんなに寄り添う優しい心を持ってるから。だからその真っ直ぐさと優しい心で、みんなをこれからも助けてほしい”
それが彼の残した言葉だった。
『思ったよりロマンチックだよな、あいつ。ちょっと気持ち悪・・・・いや、ちょっとアイツらしくないと思ってたけどな』
『その伝言をわざわざ言いに来てくれたの?』
『ああ。晴人もいつものようにみんなを笑顔にしてくれる美波を待ってる。俺もだ。だからまた学校に来てほしい』
私は・・・確かに晴人の言葉で心動かされる何かを得ることができたように思えた。
『晴人くん、蓮くん、ありがとう!!!』
気づけば、二人の前で見せるあの笑顔を取り戻していた。
『お!!いつもの美波だな。じゃあまた学校で会おうな』
そう、彼はその場を後にした。
* * *
俺(蓮)は、やるべきことを終えた後、アパートの下で待っている朱莉の元へと駆け寄る。
『覚悟はいいのね?』
朱莉にもう一度聞かれる覚悟。だがもう揺れ動かない。
『ああ、俺も戦う』
* * *
覚悟を持って、訪れたのは住宅街の中に佇む日本家屋。伝統的な瓦屋根。そして障子が、所々透明な窓ガラスの向こうに見える。
『どうぞ!!』
朱莉の明るく満面の笑顔で招かれる自宅への入り口。
この家がとても仲間たちの拠点とは思えない。とは言っても、朱莉には能力者関係の事件に関わるといっただけで、特に説明もなく、ここに連れてこられた。だから拠点じゃない可能性もある。
* * *
綺麗な木面の模様が描かれた廊下を抜けると、そこからタバコの臭いが舞い込んできた。
俺が入ってきたのは、黒いソファに腰を下ろす男。ハードボイルドな雰囲気を持ちつつ、綺麗な肌に高い鼻、そしてパーツがはっきりとした顔立ちは、爽やかなクールを兼ね備えている。額は完全に見えるように前髪は自然な分け目で流しているようだ。そんな男が"ここに何の用だ?"そんな眼差しを突きつけてくる。
『彼が、新しい仲間です!!名前は篠崎 蓮君!!!』
朱莉はいつもと変わらない様子で、目の前の強面男と接する。
『で、この感じ悪いけどイケおじな人が、私たちのリーダー・レイジさん』
朱莉は好き放題に話すが、何の表情も変えず、タバコの火を付け直す。
『よろしくお願いします』
『お前は役に立つのか?』
初めましての合図をした俺に対するレイジの第一声にやや眉間に皺が寄った。
『役には立てる』
『なら、もうすぐあの男が帰ってくる。そいつと互角、もしくは勝てたら任務を与える』
『あの男??』
俺は視線で朱莉に"あの男”の存在について知りたがるも、彼女は違う視線と口笛で難を逃れようとする。
『俺なら、もう帰ってる』
レイジという男が座るソファの向こうから、白髪の男が現れる。その彼を目にした時、一瞬で分かった。ニュースで組織の闇を告発した人物、元怪物狩りの組織・如月紫苑。
『俺のこと知ってるって顔だな』
* * *
ここは思ったより大きな敷地を持っているらしい。
まだ採用したわけではないから、部外者と扱われた俺は目隠しをされながら地下室へと歩かされた。そして同じ場所とは思えない広い武道場へと誘われた。降りて行く感じは地下室だろうが、それが本当なのかわからない。
一方、木面の床が描かれたエリアに土足で入っていく紫苑。俺は彼に続いた。
『得意な分野は?剣術か格闘』
『格闘だ』
そう答えるとせっかく出そうとしていた木刀を定位置に返す。
『じゃあ、始めようか?』
構えの姿勢に入ったと同時に、俺は鋭い拳を踏み切った前足と共に突き出すも、食らった攻撃は俺の方だった。
早すぎて見えなかったのか、当たる感覚と激痛だけが走る。
『お前、名前は?』
『蓮だよ!!!』
こいつ、喋りながら格闘する余裕あんのかよ!!!
『じゃあ、趣味は?』
『最近はアニメ鑑賞だ!!!』
『へえー、俺もアニメは割と好きだな、どんなアニメ?』
『呪術を扱ったり、チェンソー振り回したりするやつの物語だ!!!』
今度は躱しきれない連続的攻撃の右拳、左拳、右足で紫苑を追い詰める。もっと差し迫るために歩幅を広くしながら。
だが、全部スルー。
『いいな!!俺も好きだ』
『だってあいつ、目隠ししてる白髪イケメンかっこよすぎだろ!!!』
気付かないうちに、紫苑のアッパーを喰らった俺は真っ白な目を晒しながら、地面にねじ伏せられる。
『お前の力はそんなもんか?』
いつの間にか現れたレイジも、俺の有様には失望し切った表情だ。
『くそが・・・誰も、まだ終わったとは言ってねえよ』
脳震盪のように揺らぐ意識を奮い起こす俺は立ち上がる。
その後も何度も何度も紫苑に飛びかかった。最後の力が果てるまで。
* * *
警視庁にて。
不満げな表情全開で、椅子の背もたれにもたれかかる一人の若手刑事・上白石 北斗。若手とは言っても、3、4年の実績は持っている刑事だ。そんな彼と会話する班長の篠崎仁明はどうも、安藤由美香の事件に関して深く疑問を抱いていた。
『安藤由美香はどこに消えたんだ?関連性は見当たるのに、なぜ最後の一人・江田美穂を狙わない?』
『いいじゃないですか、犠牲者が一人減るってことですよ?』
『その犠牲者は他の人かもしれないな。息子の親友のように・・・』
『・・・・すみません。言いすぎました』
『それでよろしい』
『あ、そういえば聞きました? 能力者関連の事件を捜査する部署が6年ぶりに復活するって話』
『それはいつから?』
若手刑事の目を上にやる仕草は聞いた記憶を手探り探しているようだ。だが答えは後ろの女性から聞くことになる。
『今日からよ』
鈴が鳴るごとく澄ました声が刑事たちを一瞬で振り向かせる。どこか色気あるオーラと同時に、上司の貫禄がある顔つき。
『失礼。新しい部署、通称・特殊能力者事件捜査班の班長、本宮伊織です。よろしくお願いします』
警視庁にいる人材とは思えない。むしろモデルさんといえるその華やかな印象を見せる。スーツからでも見える体のラインが整っているのだろう。キリッとした二重、筋の通る鼻、綺麗なロング茶髪を宿す。だがよく見れば、どこか儚く悲しそうな瞳をしている。
『どうも。機動捜査隊の上白石とこちら、うちの班長の篠崎 仁明です!!』
『よろしくお願いします』
品を感じさせる流暢な口調が耳に残るものも、気づけば自分の職場へと去っていった。
『あの人、めっちゃ美人じゃないすか!!!彼氏いるんすかね?』
上白石は瞳をキラキラさせながら、仁明に語りかける。
『お前の頭の中はお花畑かよ!!!そんなこと考えてないで仕事しろ!!仕事!!これだから最近の若い男は・・・』
* * *
はあ・・・もう疲れた。それくらいは紫苑に飛びかかった。
『度胸と覚悟はあるみたいだな』
レイジはその言葉を機に、こう放った。
『認めてやるよ。お前には、今度の任務に参加してもらう』
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!!いかがでしたか?
”デイズ -名も無き魂の復讐者-"シーズン2の最終回にて、探偵事務所に現れたハードボイルドな男が、登場しています。その男こそ、今回初めて明かされた人物・レイジであり、如月紫苑さんを勧誘した人物だったんです。
もしよければ、過去作品を振り返ってみると面白いかもです!!