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4話 悲劇は突如やってくる

 

 目の前に起きている現象が理解できない能力。これほどの距離もない近さで目に焼き付ける人の瀕死状態。その二つを目の当たりにした美波も脇腹を抑えた女子生徒同様、息が荒くなっていく。今では腰が抜けて、地面へと座り込むこと以外何もできない様子。それは俺・篠崎蓮の位置からでもわかった。


彼女を見捨てずにはいられない。しかし一気に押し込んでくる生徒の波でなかなか前に進めなかった。

『美波!!!早く逃げろ!!!!』

と叫んでも、逃げていく大衆の声でかき消される。

成瀬美波の前に広がっていく血の海。衝撃はやがて辛さへ変わり、圧倒した悲しみが涙として溢れていく。

『ごめんなさい!!!ごめんなさい!!!もうやめて!!お願い!!!』

ひたすら能力を持つ女子生徒に懇願しても、目の前の能力者が攻撃を止めることはない。むしろ、宙を浮遊している氷柱状の刃は、美波にも向けられる。一直線に鋭い牙を尖った先端で物語る氷柱を前に、さらなる懇願を求めた。美波も被害者の女子生徒のように殺されてしまうかも。そう思えば、思うほど声が出ないのが俺の目にまで熱く濃く伝わっていく。


 その時!!!

 氷の能力者の視界に大量の白い粉が吹きかかり、あたりは霧並みの煙で覆い尽くされる。煙が広がる光景に何が起きたのか分からない。必死に目を凝らす先には、消火器を能力者に吹きかける晴人の姿があった。

『美波!!!美波!!!!早くそこの子と一緒に逃げるんだ!!!』

名前を大声で叫んでようやく、我に返った美波は、脇腹を抑える彼女に肩を貸した状態で、校舎の外へと繋がる階段へ目指す。"怖くても動いて!!!"そう言い聞かせるように震えた足を奮い立たせた。


そしてやっと生徒の波から解放された俺も、拓けた廊下の先へ、晴人のいる先へ全速力で向かった。

晴人が消火栓から放たれる煙で対処している今、間に合え!!!


 煙の奥で能力者がなにを考えているか分からない。だが、嫌な予感はする。大人しく、消化器の噴射力を受けるわけがない。その感覚に研ぎ澄まされるごとく、俺は廊下に置かれた(生徒会たちの公約が掲示された)キャスター付きのホワイトボードを手に握り、晴人と能力者の境界線へと滑らせる。タイミングを図るように滑らせたホワイトボードは、煙の奥から放たれた氷柱の刃を受け止めていた。おかげで刃を受けたのはボードで、晴人に傷一つもない。


狙ったはずの標的に的中した感覚がないのか、確認するように煙の中から顔を出す氷の能力者。


 ここから反撃に入る。

 思い切り蹴り上げたホワイトボードは、能力者の元へ押し詰まる。それに対し、女子高校生は瞬時に生み出された刃でホワイトボードを真っ二つに切り裂くが既に遅し。真っ二つに割れたホワイトボードの境界線からは拳を振りかざす。そんな俺の行動を予期できなかった彼女は思わず防御姿勢で顔を覆うことしかできなかった。飛び越えた蓮の視線の先には、涙目になっている彼女の瞳が映る。その涙目から悲しみを感じたのか、無意識に拳を振るうことに抵抗し、そのまま女子高校生を突き倒してしまう。だが、ここで終わらせないと!!!トドメを刺すべく、もう一度拳を上げる。能力者に向けて・・・


やれ!!!やれよ!!!!


だが、俺の決断は完全な遅れをとった。仰向けに倒れていたた能力者といえど、蹴り上げた膝がみぞおちへと入り込み、地面へとねじ伏せられる。いつの間にか、立ち上がった能力者は美波たちが逃げた階段へ。

やばい・・・早く・・・止めないと・・・だが喰らったみぞおちで、なかなか這い上がれない。

それでも足早に進んでいく能力者の一歩を、晴人が差し止める。

『これ以上行かせない!!!!』

晴人やめろ・・・そう願った俺の意志は一瞬にして断たれた。

『っう!!!』

次の瞬間、晴人へと視線を移した先には、複数の刃を受け止めた彼の胴体が目に見える。それは背中から胸へ貫通した刃の先端、彼の口元と腹部から赤い海が広がっていく姿が目に焼き付けられる。出血量と一緒に力の抜けた肉体は、駆け寄ってきた俺の膝元へと倒れる。


『おい・・・晴人!!!』


親友・晴人は死亡寸前の状態。呼吸も弱い。だが、新たな氷柱状の武器を手の上で生み出していく能力者。そこには、鼻の位置までかかった長い前髪のあいだからはオレンジ色に光る瞳、狂気に満ち溢れた女子高校生が見上げていた。

 俺はこの数秒で虚無へと葬られた。全身に込み上げてくる復讐より目の前の親友が血まみれに染まってしまうことだ。喜怒哀楽が消えた放心に、何も考えられない。親友が刺された・・・目の前から追い討ちを狙う能力者。

その時、近づいてくる足音が廊下響き渡る。あの女性の覇気ある声と迫り来る際に鋭く吹く風が俺を目覚めさせた。


『蓮!!!あとは任せて!!!』


そこには、狐のお面を被る咲白 朱莉が能力者の前に立ちはだかっていた。朱莉に頼るしかなかった俺は晴人と共に、そして(校舎から脱出する際に)駆けつけた教師たちのサポートと共に、(逃げ出した生徒たちが集まる)運動場へたどり着く。


 *  *  *


 今回の事態、事情をあらかじめ把握した先生たちは団子の塊となって話し合いを始めた。その話し合いによると、不審者が校内に残っている可能性を考慮し、保健室で手当てするはずの生徒を外へ避難。そして、残りの教師たちは、警察が来るまで校舎内を探索することに重きを置いたようだ。

 その数分後、正門から救急車が駆けつけ、生死を彷徨う晴人と脇腹を刺された最初の女子高校生が担架で運ばれていく。今は、ただただ導かれていくように俺は晴人の乗る救急車へと足を運んだ。それは美波も同じ。俺は晴人の握力のない手を握りしめるほかできない。その手には温く、皮膚を真っ赤に染める血が俺の安定した精神と後悔を引き起こす。

『ごめん・・・晴人。ごめん・・・・』

俺は深く祈ることしかできない。どうか晴人を助けてくださいと。


 *  *  *


 俺と美波は間近で現場を目撃した分、心配するエネルギーも多かった。いや、”心配”という言葉では片付かない。そういった意思に流されるように、手術室の文字にランプが点灯している廊下に佇む。

 ずっと美波は、手前に置かれたソファに座り込んでいる。当然、平気なわけない。彼女の表情は、校舎抜け出した直後と同様、放心状態から変わることはなかった。続いて恐ろしい出来事が起きたんだ。彼女のメンタルが回復するのは時間の問題だろう。俺は放心状態。と言うより、後悔が悲しみを引き起こしていた。どうして?あんな接し方しかできなかったんだ!!晴人は、いつも俺のことを助けようとしてくれていたのに!!!なんで俺は助けられるばかりに甘えていたんだ!!


 そんな無念もすぐに過ぎ去り、数時間が流れた。

 まだ時間がかかるのか。そう思っていた矢先に手術中の文字を光らせていたランプが消える。手術が終わった証拠だ。同時に手術室から整った髭面、細々とした目をした医師が一人出てくる。俺と美波は医師に目が行くと同時に、立ち上がり、彼へと迫る。

『晴人くんの状態はどうでしたか?』

医師は少し黙り込んだ後、一字一句ゆっくり話し出す。

『残念ながら・・・男子生徒の方は・・・一命を取り留めることができませんでした』


もう言うまでもない。これほどの絶望を背負ったことはあっただろうか。俺の一番親しかった親友が死んだ・・・

美波は膝から崩れ落ち、今まで抑え込んでいていた気持ちが嗚咽と濃い線を描いていく涙で溢れていく。

落ち着いた口調で長々と話すことから、よっぽど酷い状態だったのだろう。医師によると、女子生徒の方は一名を取り留めたそうだ。肩からの大量出血とはいえ、応急処置で生きながらえたらしい。女子生徒の方は刃の破片からの感染防止と完治を目的に入院することが決まった。


だが、俺は・・・晴人の死しか考えられなかった。アイツが死んだ・・・気づけば、駆けつけてきた担任に背中をさすられるほどの涙と苦しそうに溢す嗚咽がしばらく続いていた。



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