3話 悪夢の始まり
あれから2週間近くが過ぎた。
また透き通る青い空で平和を促される毎日のはずだった。だが、日に日に込み上げてくる恐れ。別の人に成り代わる能力者、鬼の能力者の住処になっていた廃ビルからは行方不明になっていた人の遺体が見つかったらしい。もし狐のお面をした彼女が助けに来なければ、俺は同じように殺されていたのか・・・
あと、西山晴人。俺を襲ってきた晴人は成りすましだったから、今接している彼が、本物の西山晴人だと理解してるつもりだ。でも、本当に彼なのか気になって、親友しか知らない話や遊びをよりするようになった。
例えば・・・最近、放課後に俺は晴人と美波を誘って・・・公園へ行く。広くはない公園で運動場のような砂が大幅を占める場所、そこで軽く3人でサッカーするようになっていた。
じゃんけんで2対1に分かれる試合。制限時間は5分。
『はい!!美波!!!パス!!!』
晴人・美波チームの連携で、晴人にパスしようとするも失敗。俺のガードで、ボールは我が手に。
『おい、蓮!!手加減しなよ』
晴人から水を差されるも、美波の真っ直ぐな気持ちに場はまた和んだ。
『晴人君!!大丈夫!!!私もやればできるから!!!』
残り制限時間2分。
俺の蹴り進めるボールは、美波の加速していく走りに追いつかれる。気づけば、ボールは横切る身体と共に、消え去る。そしてパスしたボールは晴人に渡され、そのまま線で描いたゴールラインで1点取られる。
『マジで油断した・・・』
『だから言ったでしょ!!!』
有言実行できた美波は、爽やかで良い加減のドヤ顔を見せる。
こんな何気ない遊びでも、俺は晴人と美波の信頼を確認するために必要なことだった。
* * *
次の日も、晴人や美波との関係を修正しながら、また日常の距離感を取り戻すつもりだった。ある女に声をかけられるまでは。
『ねえ!!そこの君!!!』
聞き覚えのない女性の声が俺の名を呼ぶ。その声に導かれるように後ろを振り向くと、初対面の女子高校生が正門前に現れた。
髪型はボブヘアで、小顔かつ細い首のラインがくっきり第一印象として浮かんでくる。純な茶髪が日光で鮮やかに映し出し、(どんぐり型の)目の奥にある瞳には純粋な可愛さが滲み出ている。そんな印象とともに発せられた一言。
『篠崎 蓮でしょ!話があるんだけど・・・』
* * *
俺が篠崎 蓮であること。それを確認できたことに、相手は容赦なく俺の腕に掴みかかる。
『ちょっと来て!』
細い腕に込められたわし掴むその手。
連れてこられたのは、誰もいない虚構の体育倉庫。鮮やかな太陽の光が見上げる高さの窓から入り込む。彼女の身体から発揮される馬鹿力。使い古され、小汚くなったマットへと尻を打ち付ける。
『急に何なんだよ!!!』
『ごめん!私、力の加減が下手なんだよね』
『なら下手すぎだろ!!!それより俺をこんなとこに連れ込んで、何の用だ!!』
少し剣幕な怒りを表情として、やや膨れた頬に鋭い眼差しが襲いかかってくる。
だが、”用件”の方を優先すべく、彼女は冷静さを取り戻す。
『久しぶりだね!!覚えてる?』
久しぶり?面識も初めてだし、話したこともない。でも声には聞き覚えがある。
『え!!!狐のお面を・・・被ってた人』
『ご名答!!!』
俺はどこかでギャップを覚えていた。生真面目で覇気ある声と予想以上に可愛い見た目に。だがまた真っ直ぐ突きつける言葉に意識を戻していく。
『まあこんな形になるとは思わなかったけど、ある意味、蓮君は採用されたんだよ』
『どういうことだ?』
『私は咲白 朱莉。能力者が起こそうとしてる戦争を止めようとしてる一人。だから、あなたより戦えるの。でも、マジで阻止するにはもっと多くの仲間が必要なの』
俺は、この言葉を疑った。これで一度、罠に嵌められたのだから。でも、彼女には本心が乗った気持ちを声に乗せているように思えた。
『もちろん、みんなを巻き込みたくない。でも、戦争が起きてしまう前に事態を気づいてる私たちで立ち上がるべきだと思った!!!・・・の』
なんで最後、自信無さげに言う!?。
『あの能力者はお前が仕組んだことじゃないのか?』
『もちろん、あんなところに能力者がいたなんて知らなかった!』
『はあ・・・・で、俺をスカウトしたいと?』
『そういうこと!!もちろん参加するかはあなた次第だけど・・・どうする?』
俺の目の前は、真っ暗になった。
過去のトラウマのせいか、俺は彼女の言葉に前向きになれなかった。体育祭の件で、そのモヤモヤは消えたはずなのに。
『悪いが・・・あまり知らない人の頼みに応じるほど、優しくはなれない』
俺は朱莉の肩を横切り、その場を去っていく決断を下した。
* * *
またいつもの日常へと戻り、いつものように親友たちと昼飯を食べ、昼休みを終える頃。透き通るような青さが広がる空。その様子を屋上からただただ眺めていた。だけど、何か違う。いつもの空気とは思えない重みが息苦しさを感じる。
『きゃああああああああああ!!!!!!』
(屋上からでも聞こえる)尋常じゃない女子生徒の叫び声。嫌悪とかのレベルではない命の危険を示唆する叫びに俺の上半身は引き起こされた。俺はその叫び声の正体を探るべく、素早い行動で屋上から階段へ、廊下へと駆けていく。
* * *
やってきた廊下には多くの生徒が顔を出し、視線は女子トイレ前で蹲る一人の女子生徒に向けられた。
さらに現場へと足を進め、目を凝らす先。そこには、脇腹からは血の色が紺色のブレザーに滲むと同時に、激痛を必死にこらえる(脇腹を抑える)女子生徒。その痛みは唇を噛み締める歯と荒れ狂う呼吸の乱れで示していた。
いち早く事態を確認しようと、(血を流す)女子生徒の元へと歩み寄るのは、成瀬美波。同時に、蹲る女子生徒へと近づくもう一人の人影が女子トイレから顔を出した。
その彼女は(清潔感のない)ボサボサの前髪が鼻の位置までかかっている。だから、その女子生徒がどういう表情しているのかよく見えない。同時に、彼女の黒ずんだ制服から溢れ出る負のオーラは、美波さえも一定の距離を置こうとさせる。
『あなたがやったの?』
負のオーラをまとった彼女に対し、美波は覇気ある声で、女子生徒の脇腹から滲んでいく血を指差す。それに対し前髪で隠れた彼女は何も答えずにいるが、口角が少し上がっているように見えた。そんな彼女に聞くのは時間の無駄だと思い、美波の対応は脇腹から出血している女子生徒へ変わる。
『立てる?』
出血で意識が遠のいているせいだろうか。それとも、あまりの恐怖で声が出なくなったのか、脇腹から血が滴る女子生徒は頷くことしかできない。美波は、脇腹を抑えた彼女に肩を貸し、ゆっくり立ち上がろうとしたその時。
氷柱の形状をした鋭い何かが、脇腹を抑えた彼女の肩に深く突き刺さる。鋭く長い何かによって激痛が走ったのか、彼女の悲鳴はさっきより大きくなる。事態を察した周りの生徒たちは、彼女の悲鳴を機に、叫びながら下の階へと逃げ出す。一気にパニック状態に陥る廊下。
それもそのはず、生徒たちは目の前でありえない現象を目撃してしまった。なんと彼女の肩に突き刺さった刄は前髪が隠れた女子生徒の手の動きと同時に操作されていた。触れてもいないのに。
そう。彼女は、本来の人間が持たないはずの能力“テレキネシス”を持っていた。
悲劇は突如やってくる・・・