最終話-1 晴人を殺す
『もう終わらせたいからな』
深く沈んだ心から出た言葉。まるで俺の心を体現するかのように夕日は沈んでいく。しばらく流れる風の吹くメロディー。晴人は鼻で笑う。
『俺は・・・この戦いを終わらせたかった。それは生命を無くすこと。心を持つ存在自体を無くすことだった。そうすれば殺し合いもない』
晴人がこぼしていく言葉を冷たい目で見届ける。そして残した最後の言葉。
『だが、その希望も失った』
晴人は、どこから描き出したかわからないナイフを自分の首元へと寄せる。すぐにわかった。彼が何をするかは・・・
だが、止めた時には、緑鮮やかな草木を赤く染めるほどの溢れ出ていく血飛沫。彼はそのまま、大きく頭を地面へとぶつける。彼は自殺した・・・
しばらく何もできないまま、俺はそこで立ちすくんでしまった。結局、なにも出来ずじまいか・・・これで終わったのか・・・もはや手応えなんて感じない・・・だが、事実、晴人の自殺により修正戦争は終結。
* * *
朱莉は、あのコンクリートの瓦礫から脱出。他の首都も送り込まれたコントロール専門の本宮セイナの死亡により完遂。みんな、ひとまず新たな避難所へ送り込まれることになった。
『あとは頼みます』
咲白朱莉の治療を頼んだ後、看護師は彼女を緊急処置室へと送り込まれることになった。
* * *
宮島小学校から少し離れた先。そこには、は山から見える都市が、視界一帯に広がっている。だが見える黒煙。この戦いが多くの傷跡を残した証明となった。
『彼のことは残念だ・・・』
ゆっくり迫り来るのは、瓜生新生。あの時とは見違えるほどの性格に。今では優しく寄り添うように背中を撫でる。
『俺たちは多くの者を失った。もちろん人間だけじゃない。あなたたち能力者も』
『ああ。この後、どうしていけばいいか話し合う必要があるな』
『そうだな』
『そういえば、研究センターは、どうなったんだろうな?』
確かに、瓜生新生が言葉にするまで気づかなかった。だが、その答えはすぐ後ろにあった。
『もちろん!!!私たちが阻止したわよ!!!』
振り返る先には、岡本優花、岸本理恵、羅輝、宮川美雨。その隣には、謎の男が立っていた。、強調された白い肌に、綺麗な二重といったパーツ、それらが整った顔立ちと思わせる。
『彼が助けてくれたんです。彼が一年前に出会った坂口紘くんです』
と岡本優花から紹介を受けた。
『影の怪物か・・・』
俺の視界に映る情報は、すぐに彼の正体を捉えていた。だが彼のおかげだろうか?岡本優花と岸本理恵から影の怪物の気配が消えている。
『もしかしてあなたが・・・』
そう、坂口紘という男に語りかけた。
『なんか有名になっているようで、喜べばいいのかどうか・・・』
『紘さんが、1年前の騒動を鎮めたのは知ってるが、その後も発生した影の怪物は・・・』
『どうやら、政府がこの世と繋ぐ扉を隠し持っていたようで、すぐ事態を片付け次第、帰ります』
『いや!!!紘!!!それは冷たいでしょ!!!』
俺と紘の会話に、岸本理恵が割り込む。
『ずっと優花は、紘のことを待ってたんだよ!!!ずっと!!!』
『ああ・・・それは・・・』
あー。イチャイチャ話はめんどい。
『悪いが、その話は向こうでしてくれないか?』
そう、俺は軽く叱責した。
* * *
宮島小学校の体育館にて。私たちは、ステージ前で紘の隣に座り込んでいた。今でも、実感が湧いてこない。これは夢?でも心臓の鼓動は嘘をつかない。ひたすら高まるこの鼓動に、私は現実だと再認識する。とはいえ、軽く裏舞台から顔を出す岸本理恵と宮川美雨が真っ直ぐな眼差しを暗闇から向けてくる。怖い!!!と思いながらも紘が声をかけてくる。
『久しぶりだね。元気にしてた?』
『あ!!!うん!!!紘は?』
思わず、声が裏返ってしまった。でも紘はそんなことを気にしていない。どちらかというと緊張が頬や耳たぶを赤く染めている。
『僕は、自分の世界にいる影の怪物を、ネガティブな心まで取り込むような生態にさせた、おかげでもう怪物という概念はもうない。みんな、人間同様心を持った種族となった。とはいえ、まだ残党が流れ込んできてるみたいだけど・・・』
『そうだったんだ・・・紘は正しいことをしてたんだね』
『うん・・・』
久しぶりすぎて、会話が弾まない。でもまた帰るなら、今のうちにあの時の気持ちを伝えないと!!!!
『紘・・・私はやっぱりあなたのことが好き。大好き!!!なに言ってるんだ?と思うかもしれないけど、ずっと一緒にいてほしい』
『・・・それは・・・』
やや言葉を濁らせる坂口紘。子供みたいな困り顔がちょっと愛おしく思えてくる。でも、今は彼の答えが気になった。
『・・・そうだね。これからはずっと一緒にいよう』
気づけば優しく包み込む手が私の手のひらに乗る。
『僕も向こうの世界に行っても、忘れられなかった・・・君のことが・・・』
『・・・』
『僕も優花のそばにいたい』
気づけば、募って行く気持ちが溢れていく。私は思い切り紘君の胸に飛び込んだ。
『ありがとう・・・ありがとうね!!』
最後の一言に、私の声は震えた。私に釣られたのか、紘も呼吸の荒れるほどの涙を流していく。
* * *
私・江田美穂は、山下叔父さんと牧宮宇井の肩をかり、避難所である宮島小学校へと戻ってきた。
無事、桐島慎也になりすました能力者の撃退に成功。その代償に大きな負傷を受けた。けど、生きて帰ってきた。
そこから懐かしい声が聞こえてくる。
『美穂!!!美穂!!!!美穂!!!!』
何度も名前を呼んでくる母の声だ。
『江田美穂ならこっちだぞ!!!』
山下叔父さんが張り上げた声に、過ぎ去ろうとする母は涙目で私に視線を向ける。
『美穂!!!!』
母が強く私を抱きしめる。抱く力は強まるばかり。
『ごめんね・・・私には、あなたが生きてさえいればなにもいらなかったんだよ』
母が初めてこぼした言葉。私はそれに熱い涙を流した。
そうだ。人生は生きてさえすれば変えられる。そう私の気持ちは涙として溢れていく。
* * *
今度は私・牧宮宇井の番か。
足元に抱きつく一人の少年。弟だ。
『ミヤビ!!!よく生きてた!!!』
『姉ちゃんも!!!』
ミヤビは、人前で泣くのが苦手な奴だ。だけど私の太ももをカバーするズボンが湿って行くのがわかる。顔を埋めて、泣いている証拠だ。私は、強く彼の背中をさする。
『おい!!!他の奴らも帰ってきたぞ!!!』
そんな声が聞こえる同時に、ポータルが開かれていく。
* * *
ポータル越しで帰ってきた私・西野明奈。すぐさま、娘を探した。ここまで生きて帰ってきたなら、もう名前を呼んで探すしなない。
『クミホ!!!』
娘の名前を呼んだ。
『母さん!!!』
すぐ気づいた。真正面から駆け寄ってくる娘の姿。
* * *
『父さん!!!!茅!!!』
三浦香穂は、行方がわからなかった二人の元へ駆け込んでいく。我慢していた気持ちは嗚咽として込み上げてくる彼女の横顔。次は僕の番だ。僕・篠崎翔は母と共に、篠崎蓮兄さんを探しに行った。
みんな再会を喜ぶだけじゃない。中には悲しみに暮れるものも。
『翔!!!母さん!!!』
抱きついてきたのは、蓮兄さんの方だった。僕と母さんを強く抱くと同時に溢れていく涙と嗚咽。
『父さん・・・救えなかった・・・ごめんなさい!!!』
『父さん・・・』
兄さんの偽りのない言葉に、僕はすぐさま悲しみへと引き戻された。でも母は違った。
『あなたのせいじゃない。大丈夫!!!』
と蓮兄さんを擁護する優しさを優先していた。もちろん母だって辛い。でも今は、兄さん、そして僕たちが生きてることを喜ぶべきだと思ったのかもしれない。そう、家族三人で寄り添った。
* * *
3ヶ月後。
俺たちは記者会見をおこなった。篠崎蓮である俺と瓜生新生で。目の前には大量のフラッシュライトとスーツ姿の人間たち。空気は非常に固い雰囲気。俺は覚悟した。多くの批判は集めるかもしれない。でもこれが俺たちの中で生み出したベストの解決策だった。
『私たち人間と能力者は、これからは共に歩んでいきます。もちろん、多くの批判はあるでしょう。命を奪った奴らと一緒に生きて行くなんて・・・でも理解しようとしなかったからかもしれない』
目の前にいる人たちはざわつき始め、内容を理解するのに困惑した様子。
『でも考えてください。両方の種族とも愛する人がいる。大切な人がいる。それを理解できれば、戦争なんて起きないはず。そう思える人が少しでも増えたら、一緒に生きて行くのも不可能ではないと思います』
* * *
記者会見後。
俺は、坂口紘に声をかけられた。スーツ姿に身を包むルックス。どうやら、一部の記者から迫られるのを心配していたようだ。
『万が一のことがあれば、私が彼らをなんとかする』
だが、俺は反対した。
『できれば、心を操らないでほしい。彼らの本当の選択を俺は受け止めたい』
『そうですか・・・』
『お前が、この戦争を終わらせたのか?』
なんだ?幼い声でキツく聞こえる口調。坂口紘と共に振り返る背後には幼い少年が立っている。身に覚えがないが、言いたいことがあるようだ。俺は少年の質問に答えを突きつける。
『まあ、終わらせた一人だな』
『こんなこというのは、あれかもしれないけど・・・言わせてくれ』
『?』
『あなたのおかげで、この戦いは終わった。記者会見で下した決断も悪くはない・・・ありがとう』
ツンデレの極みで、返ってくる言葉に俺と坂口紘は声をあげて笑った。
『な、なんだよ!?』
『いや、悪い。生意気なのに、言うことは可愛いなと』
『姉さんが生きてたお礼だよ!!!』
『君、名前は?』
『ミヤビ!!』
『ミヤビか・・・いい名前だ』
* * *
それからまた時間は流れる。俺は能力者と人間の良好関係を築くための活動をしていたから、咲白朱莉と滅多に会えなかった。だけど、今日久しぶりに再会する。
あの学校の屋上で。
『ねえ!!松葉杖なんだから、もう少し呼び出す場所は考えてよね!!!』
久しぶりに聞こえてくる声に、俺は瞬時に振り返る。
『悪い!!!やっぱりこの屋上が好きでな!!!』
いつの間にかできていた屋上に座るための簡易的なベンチ。俺と咲白朱莉は隣り合わせに座る。
『リハビリの調子はどうだ?』
『まあ良きってとこかな』
『そうか』
『・・・うん』
『なあ』
『うん?』
『俺たちって、この世界を救えると思う?』
咲白朱莉は、俺の質問に沈黙の時間が流れる。
『確かに、平和を取り戻すなんて難しい。でも誰かが止めないと』
『・・・』
『止める誰かが現れたら、瓜生新生のように変わる人もいる。私はそれを最後まで信じ続けたい』
『そうだな』
俺と朱莉は、揃って久しぶりに青色の空を見上げた。
修正戦争は終わった。でも、この世界に与えた影響は大きい。これから俺たちが何をすべきなのか?
命を失った仲間たちのためにも、俺は必ず取り戻す。あの頃の姿を。
そう決意した。
最終話特別ED→https://www.youtube.com/watch?v=4Wl5p3BNM2w