33話 西山晴人vsレイジ・篠崎蓮
映画のシーンのように切り替わる場面。だが映画と違うのは、俺がその場にいることだ。実際にはいなくとも。
今は、突撃班として前線を引っ張る仲間たちの戦う姿。前川や青木がいるポジションで、周りの壮絶な現場を目の当たりにしている。血飛沫、喰らう爆風、その中で溢れる涙。何より目についたのが、青木が膝から崩れたまま、微動だにしないことだ。
『青木・・・』
名を呼んでも、反応を示さない青木はただただ俯く。いや・・・そんなわけない。アイツは弟のために・・・家族のためにまた帰ってくると誓った男だ。そして、約束を守る男だって知ってる。なのに・・・ここまできて・・・
心の中では気づいている。もう息を引き取っているって。でも最後まで希望は持ちたい。確認するまでは。そう鼻息が触れる距離へと手をそっと近づける。だが、鼻の奥から流れる空気の行き来が感じ取れなかった。
『青木・・・青木・・・ごめん・・・ごめんなさい』
また俺は救えなかった。よく"魂が削られる思い"という表現があるが、まさしくその通りだと思う。
俺の中で抜けて行く魂。自分を保っていた魂の結晶は、最も簡単に壊されてしまう。心なんて持つべきじゃなかった。そうであれば、どれだけ気楽にアイツらを殺せただろう。
『起きろ!!!蓮!!』
その声は・・・親父・・・何度も呼ばれるだけの声に思えたが、次第に揺さぶられる意識は長いトンネルを抜けていくように戻っていく。
* * *
気づけば、コンクリート内の壁に囲まれた暗がりの空間。どんな用途で作られたのかさえ、見当のつかない部屋へと放り出されていた。光さえ届かない空間に灯されるのは、宙に浮く白い発光球体。
微かに溢れる光に望みを託すように、四つん這いに倒れる俺の服を引っ張り上げる。立ち上がれと言わんばかりに。
足元、腰、肩、横顔と移っていく視線。そこには、誰かと向き合う親父・レイジの横顔。険しく刻まれる親父のシワ。彼が真っ直ぐに見る視線の先には、大きく瞳を開く西山晴人の表情。
驚きの顔と見せつけるように、一目でわかった。
『どうやって、封印を?』
『この程度で、閉じ込められるほどヤワじゃない』
封印?
『お前も、こいつに封印されるとこだったんだよ。いいから早く立て』
理解の追いついていない俺に幾つかのフレーズが今までの記憶を呼び覚ます。そうだ。正確な記憶を辿れば、俺は西山晴人に首の動脈を掻っ切られたまま、意識が途絶えた。そして、ここに至るまで、長い長い悪夢を見せられていたんだ。やっと状況を呑み込むと同時に、四つん這いについた膝から上体を起こす。
『やっと揃った。悪魔の一家・四阿家。その大黒柱であるレイジに、その息子・龍』
そう、西山晴人は見たこともない別人へと。怒りの念を込めていく。
初めて知った。記憶を失ってからは、人間界の篠崎家に拾われたため蓮と呼ばれていた。だが、本当は四阿家系に龍という名。実感は湧き上がってこないも、今はそんなの関係ない。だが、俺の本当の正体がわかった。全能者であり死と肉体を制する者。そいつにハルトは大切な者を奪われた。
奴がこれほどの憤激をぶつける理由はもうそろってる。
なら、俺は成すすべきことを成すまで。それは目の前にいる西山晴人を倒すこと。成瀬美波の件をケリをつけるためにも。これ以上その怒りで多くの人の命を犠牲にしないためにも。
だが、レイジの考えは違った。
『お前は、みんなを助けにいけ!』
は・・・
あっさりと胸を突き飛ばされた背後にポータルが展開される。ちょっと待って・・・え・・・どういうことだ?
親父によって展開された場所から戻され、またこの暗闇の空間に戻された。どうやら、レイジの用意した時空の先に、晴人の邪魔が入った。
『せっかく舞台が揃ったんだ。一緒に遊んでいけよ』
晴人の言葉に続き、彼の肉体から線上に引かれていく黒い物質が放出。その粒子たちは、肩を並べる位置へと新たな物体を創り出す。数秒で出来上がったのは、晴人と瓜二つ・もう一人の晴人。晴人の親切さで、二人分の席を用意してくれた。
『ならここでお前を殺すしかない』
その一言に込めた覚悟。
親父・レイジが打ち出す一直線な鋭い風。その風は頬を強く叩きつけると同時に、頑丈な壁に空洞を描き出す。気づけば、レイジと晴人はいない。
『よそ見するな!!!』
視線を戻した時には、分身で生まれたもう一人の晴人の拳が、腹の中で眠る内臓まで刺激する。強く後ろに聳え立つコンクリートの壁に全身をダメージを喰らう。
『まだまだ!!!』
追い討ちに飛んでくる拳で、HPは半分以上失うほどの意識を揺さぶられた。全能者なんだろ!!!なら回復しろと訴えるも、まるで効果がない。だが彼の攻撃は止まらない。さらに繰り出された拳に、HPは0まで達した。
気づけば、悪運立ち込める黒色の雲に、戦闘音が響き渡る外の世界へとおいやられる。
クッッソ!!!晴人おおおおおおおお!!!
ダメだ。精神を夢の中で操られたせいで、感情的な拳しか晴人に放てない。必死に振るう拳も、まるで芯がない。この時点で晴人に負けている。霧のように消える晴人。もはや見えない。
全く見えなかったが、外の世界へと吹き飛ばされていく過程で、脇腹、横腹、脳天、関節部分へと強烈なアタックが痛みと身体的ダメージを引き起こす。だが、俺は肉体・死の全能者。こんなところでひれ伏すわけがないと、自分の肉体を回復していく。
『さすがは、全能者!!!やっと能力の使い方を思い出したか。でもな!!!』
西山晴人の手元から風の速さで現れる謎の剣。さっきからそうだが、以前の晴人より圧倒的な速さで移動を可能にしている。それも、いつ瞬間移動し始めたのかさえ、全能者の目でも追いつかない。
その速さに対応できないなら、もうタイミングを図るしかない。そう全身の中で研ぎ澄ます瞬間移動。
は・・・なんだ・・・今の・・・
もはや痛みの感覚が伝わるのさえ遅くなるほどの素早さで、右肩に深く加わる鋭利な剣。なんとか、肉体や死に関する能力は全能に近いはずだが、その能力で食い止めても、ここまで内部を痛感させるほど刃が食い込む。溢れかえる血と比例して、ボルテージの上がる痛みという苦しみ。
空いた左手で必死の拳をぶつけるも、軽く避けられる上に強烈な頭突きが額に襲いかかる。
『お前が見た夢は決して夢ではない。青木が死んだのも本当だ。ただ、そこにいるかのようにお前を投影させただけだ』
今度は、精神的ダメージで、俺をひれ伏させるつもりか・・・だが嘘を言っているようにも思えない。横腹に全力をこめる晴人の足蹴りが横腹に入る。っく!!!
音も風も痛みも追いつけない速さで繰り出すだけじゃない。その速さは伝染するように、喰らった俺自身もどこかへと投げ出される。肉体強化でさっきよりダメージ量は少ないはずが、やけに脳震盪が意識を揺さぶる。それに、肉体回復で回復できない右肩の傷跡。出血量がただただ増えていく。こいつ回復する前に、あらゆる攻撃をぶつける算段か・・・相手の攻撃を防ぐも、最も簡単に引きちぎれる指や抉られる皮膚たち。
放物線上に線を引いていく晴人と俺。真下からは戦いで聞こえる怒号と衝突する仲間たちの怒り狂う声。それ以上、上昇をすることができず、地上へと背中を打ち付ける反動で、草原にクレーターができる。
舞起こる土埃。何もかもが俺に、生きる気力を失わせるほどの激痛。それでも・・・すべきことは・・・
・・・・
・・・・
・・・・
煙から現れるのは、ひざまづく人影。微動だにしないそのシルエット。夢の中で・・・この状況見覚えがある。ゆっくり意識を集中させた先には、下へ俯き、膝から崩れる青木だった・・・
『青木か・・・』
『なんで目覚めない!!!おい起きろって!!!』
必死に揺さぶった。反応を示してくれるまで・・・
やっぱり晴人の言っていたことは事実なのか?夢の中でしたように、そう鼻息が触れる距離へと手をそっと近づける。だが、鼻の奥から流れる空気の行き来が感じ取れなかった。
本当に犠牲になってしまった。
『青木・・・青木・・・ごめん・・・ごめんなさい』
また俺は救えなかった。よく"魂が削られる思い"という表現があるが、まさしくその通りだと思う。
俺の中で抜けて行く魂。自分を保っていた魂の結晶は、最も簡単に壊されてしまう。心なんて持つべきじゃなかった。そうであれば、どれだけ気楽にアイツらを殺せただろう。
『死んだのは青木だけじゃない。友達の楓も、影の怪物に乗っ取られた橘、吉田も亡くなったみたいだ』
さっきまで気配を感じなかった。こいつは、本当に・・・全能者として俺を殺すつもりなのかと再認識させられる。
目の前に現れる晴人。這いつくばる俺に見上げる気力さえない。
『お前は誰も救えない。お前はただ殺してる。大切な人たちを。友人とか言って、美波も殺したぐらいだからな』
晴人の瞳はただただ氷のように冷たく、輝きをなくしたその奥から鋭く見通す。ここまでくれば、頭の中がぐちゃぐちゃだ。影の怪物を利用すると考えたのも、俺だ。だから死んだ。
『そうだ。俺が殺したも同然』
ゆっくり立ち上がる俺の肉体。
『だから・・・お前も殺せる』
俺の中で何かが壊れかけている。救うはずが、殺す念を唱える渦が描かれていく。
『蓮!!!!』
また誰かの呼ぶ声だ。気づけば、後ろから濃く映る影が、晴人にも負けない素早さで拳を貫く。真っ直ぐ、強く向ける拳は西山晴人の心臓を抉り出す。
『親父・・・』
『こいつはダミーだ。俺が相手していた奴もそうだ』
『え・・・』
心臓という急所を狙ったのか、晴人の本体自体が灰色の塵となって離散していく。ダミーにも勝てなかったのか・・・俺は・・・なんて弱いんだ・・・俺なんて俺なんて・・・・
『蓮!!!しっかりしろ!!!』
さっきから上の空の俺に勘づくレイジは、勢いのある平手打ちで頬を打ちのめす。その上、加わる左肩へのしかかる厚い手。一歩、暗闇の海から光が宿る。
『お前がそんなんでどうする!!!』
『・・・・俺は・・・』
何もできなかった。
『だって俺は・・・誰も救えていない。青木、楓、美波・・・もう一人の父さんも守れなかった』
俺の視線は逸らすばかり。だが親父は真っ直ぐ俺の瞳を向き合っていた。
『お前にはできることがある!!!ただ全てを発揮していないだけだ!!!』
『それは俺が手加減してたと言いたいのか!?』
『俺は、死んでいった仲間たちが叶えられなかったことがお前にはできるって言ってるんだ!!!』
いつもいつも・・・
『本当に成し遂げたいなら、本気で自分の全てを賭けてみろ!!!弱い自分と戦うんだよ!!!』
レイジの見開いた瞳。力のこもる圧が肩やじんわり響く頬へと伝わってくる。
『仁明さんも・・・ウジウジいう男に育てた覚えはないと思うぞ!』
そうだ・・・
そうだね・・・
こんなんじゃ、死んだみんなに顔向けできない。死んでいったみんなの望みや希望をつなぐためにも、今俺たちを信じて戦ってる仲間のためにも、自分を奮い立たせ!!!自分を本気でかけろ!!!
『もう終わらせよう!!この戦いを!!』
『そうだ!!!その意気だ!!!』
* * *
俺にはできることがある。
俺とレイジは、高々に空中へと上り詰めていくと、能力者の軍勢が見える高度までたどり着く。
能力者2軍をメインに隊列に突っ込んで、1軍と3軍が2軍の中にいる人類を挟み撃ちにしようとする魂胆。それが一目瞭然だった。一見、不利な状態を演出したが、ちゃんと理由がある。だいぶ遅れたが、俺たち全能者が能力者だけの軍を始末しやすいようにする作戦だった。あの眩く光球体エネルギーで。親父は1軍へ、俺は3軍へと体を向ける。
あとするべきことは一つ。軍勢を減らすことだ。
親父の一言で生まれ変わる俺は冷静さを取り戻すと並行し、両手に描かれるエネルギー・白く発光する球体を渦まかせていく。空気中から作り出したその球体は、標的を定めるように目に見える気を溜め込んでいく。
『いいか、蓮』
『その名で呼ぶの?親父』
『命の恩人が付けた名前を易々と捨てる必要はないだろ』
『そうだな・・・もう終わらせよう』
むしろ清々しい気持ちで撃ち放った巨大なエネルギーは、軍勢へと直行。ここまで見通した作戦に対処しきれず、両方の球体は、眩い光を撒き散らしていく。とてつもない轟音を響かせると同時に。
殺したのかって?もちろん気絶させるだけに調整している。この戦いは両者に犠牲を生まない戦いだから。それを信じて、みんな亡くなっていたのだから。その約束は守るべきだ。
計画通り、1軍と3軍はほぼ機能不全。大半以上の能力者を制圧したはずだった。
『なんだ!!あれ』
背後には、どこから現れたのかわからない謎の軍勢が防御班の目の前に現れた。それも突如だ。
『一体どこから?』
『蓮!!!降りてこい!!!!』
倒したはずの能力者軍勢。なのに、自分のエリアを保っていた防御班と本部が占拠され始めている。その答えを得たかのように大声で声を届ける結城。俺はすぐさま、彼の元へと降りる。
『どうした?』
『今、避難所の位置が能力者に知られて、攻撃を受けてると情報が入った』
『は!!??』
『それだけじゃない。東京だけでなく、各地の主要都市に能力者の軍勢が送り込まれてる』
結城の説明に後付けするように割り込んできたのは、武装集団の一人・牧宮宇井。でも、俺の中で疑問があった。
『主要都市に送るほどの軍勢がいたとは思えない』
『恐らく、人を無理やり能力化させたのでしょうね。そうしたら、制御できず暴走するし、適応できない時は自爆するからかなりの威力となる』
『じゃあ、今目の前から現れた奴らも?』
結城の質問に口ごもる牧宮宇井。
『あくまで推測よ・・・』
『大体の状況はわかった』
大体の事態を把握した親父。彼の冷静さを見る限り、何か作戦があるようだ。
『お前たちは、避難所や他の首都へにいる人々を守れ。場所の移動なら、俺たちのポータルを使うから心配するな』
結城、牧宮はコクリと頷く。その言葉に続き・・・
『俺は防御班を狙う奴らと残った2軍を始末する』
『それではあなたが!!!』
牧宮がそう口調するも、親父は強く遮る。
『俺は全能者だし、簡単には死なない』
『俺も!!!』
と言おうとしたが、すぐ親父に遮られた。
『お前は、残りの全能者を始末しろ。お前にしかできないことだ』
指差し付きで向けられた一言を、今度は強く噛み締める。
『わかった』と受け止めて。
* * *
そして俺は、すぐ一人目の全能者を見つけた。瓜生新生だ。
ポータルから現れた俺に背を向けていた瓜生は、恐る恐る視線を向けていく。あたりは、戦闘後の悲惨な姿。建造物の原型を奪うほどの破壊力がクレーターとなり、荒地と化した。そして飛び散った後の血痕。かなり悲惨な状況に、覚悟を心に刻む。
『誰かと思えばお前か・・・西山はしくじったか』
『・・・』
思ったおり状況はひどい。晴人の言う通り、楓の遺体も足元にあることは、すぐ確認できた。目を見開いたまま、あんぐりとした口、貫いた先から滴る赤い海。そして瓜生の背後には、地面と同化した咲白朱莉の姿が・・・あまり動きが見えない。
正直、二人の状況を見ただけで、心の奥がだいぶ揺さぶられる。怒り怒り怒り怒り怒り怒り、で俺の脳内の文字は埋め尽くされそうだった。だが今度は違う。親父の言ったことを思い出せ。
怒りに任せるな。俺にできることをするんだ。篠崎蓮!!!そう冷静さを取り戻す。
それとは反対的に、瓜生新生はストレートな気持ちを言葉に突きつける。
『篠崎蓮って呼ばれてるんだっけ?いや、四阿 龍。お前を殺す』