1話 日常が終わる
『邪魔だよ。通れねえだろうが!!!』
頬にめり込む拳と蹴り上げる力はお手の物。高い鼻に、適切な定位置を確保していた眼鏡は、不条理な拳のアタックに宙を回る。その受けは予想もしない打撃に、堅い床へと尻を打ち付ける始末。あっという間に、学校の廊下は両端へと身を潜める生徒たちが目の前に広がる。
『蓮!!!殴ることはないでしょ!!!』
俺の前に目障りな奴が割り込んできた。いかにも優等生で正義感の塊のような男子高校生だ。
それも女子が皆、惚れそうな顔つきをしている。その完璧な人間を、足払いで地面へとねじ伏せる。この数秒間で地面と一体化した優等生の胴体。そのまま、顔面へと蹴り上げる。一度目の忠告を込めて手加減はしたものも、白い歯が”カランカラン”と床を転がっていく。
『歯が!!!歯が!!!』
さっきの完璧な人格は、拳による痛みで崩れ去ったようだ。荒げた声に、地面を這いつくばる無様な姿がお目にかかれる。
* * *
透き通るような青さが広がる空。次第に細長い雲が介入し、白みがかかった青に変わる。
一面、緑色に染められたコンクリートの床に寝転ぶ俺の頬に、涼しい風が吹く。それらの条件が屋上であっても、俺を野原にいるような解放感に浸らせていた。
そんな解放感もつかの間、屋上の扉を開けて、寝転ぶ不良高校生に近寄ってくる複数の足音。俺・篠崎蓮はそれを感知するように(力の抜けていた)上体を起こし、視線を向ける。
屋上に上がってきた彼らは、爽やか青年・西山晴人と優等生のお姉さん・成瀬美波が歩み寄ってくる。晴人は、身だしなみを整えたセンター分けの青年。鼻筋が通り、くっきりとした奥二重には童顔だと思わせる幼さが残っている。美波は、品のある女子生徒。ポニーテールでまとめられた黒髪、他の生徒より強調された白い肌。まさに天使という言葉が一番似合う容姿をしている。
そんな彼らが俺の元へと歩み寄る一方で、俺は彼らへと元気な手で振る。ウェルカムな気持ちで。
前まではこんなに和やかではなかったものも、最近になって昼飯を食べるようになっていた。
俺たち3人の会話の入りはこんな感じ。大体は晴人が先陣を切る。
『今日も悪い奴倒した?』
『ああ、善人の皮を被った奴らをこの手で殴ってやったぜ!!!』
俺はただ八つ当たりをしてるわけじゃない。さっき殴った最初の生徒も、善人のふりをしていた優等生委員長も、内気な女生徒・早苗さんに嫌がらせをしているクソ野郎だった。グループメッセージで彼女専用の悪口を書き込んだり、ストレス発散で殴ったりと。だから一思いに痛みで分からせてやった。
『どうだ?授業は?』
俺はいつもクラスには参加しない。信頼できるのはコイツらだけだから、クラスや授業のことは彼らから聞く。
『まあ、面白くないって言えば嘘になるし、面白いはもっと嘘になる』
『それって"面白くない寄りの普通”じゃね?難しく言うな!!』
晴人の気難しい言い方に俺のツッコミが入るはいつものこと、それを見て、場を和やかにしてくれる美波の笑顔もいつも通り。
その後もこんな話をした。
『今日も西武先生の反撃がひどくてね!!やたら同じ人ばっかり当てるんだよ。まあ、あの人は提出物を全く出さないしね。先生の軽い仕返しだと思う』
こんな感じ。
『じゃあ、この問題は・・・兼田 雄介くん』
20分後、『じゃあ、この問題を・・・兼田』
30分後、『さすがに違う人当てるか、じゃあ兼田』
これで同じ生徒を当てるのは3回目。周りの人たちも視線が兼田と西武先生に行き来している。
40分後『次当てるのは・・・兼田』
気品はあるものも、思い出し笑いは素のオーラを見せつける晴人。一方、美波はガチの苦笑いを披露する。全然笑ってない。
* * *
楽しい会話も束の間、次の授業へと進むためのチャイムが屋上まで鳴り響く。去り際に晴人にこう言われた。
『まだクラスの方に戻る気は・・・』
『それはな・・・ない』
『いいよ、蓮くんのペースで大丈夫だよ』
それでも優しく笑みを見せる美波の表情にも、俺は表情一つ変えず、弁当箱の中で眠るおかずを箸で取る。
『もしクラスに戻れそうだったら連絡して。僕たちは君の味方だから』
晴人の気遣いを込めた言葉をあとに、二人はそのまま下の階へと降りていく。
こんなやり取りをするのが俺の最近の日常だった・・・
* * *
また流れる色鮮やかな青空。そして流れていく雲の白い埃カス。もうすぐで、奴らのうるさい声も静まる。俺はただ5時限目に訪れる再来の静寂を待ち侘びていた。それはゆっくり閉じた瞼にも示されている。
そこにまた屋上へとつながる扉が開かれる。また晴人と美波のアイツらか?それとも殴った件で怒り狂った校長か?まあ、誰が相手であろうと、狼狽える必要はない。。数秒間の静寂と温もりある空気が俺の顔付近に近づいてくるだけで、発せられる言葉なんてひとつもない。その不自然さに閉じていた瞼を開く。
『うわ!!!』
開いた先には息の届く距離に迫り来る男性の顔。迫り来る威圧に情けない声質を晒す。
『驚かせた?ごめん!!』
『晴人!!!なんでここに!?』
『実は頼みがある。今日の放課後、正門前に集合してくれる?』
* * *
何の用だ?・・・と思いつつ、正門前で彼を待つことにした。まあ、暇だからいいかと。
『お!!蓮!!こっち!!』
気づけば、正門前から顔を出した晴人が俺を手招きしていた。話を聞くと、ある場所へ一緒についてきてほしいと言う。彼の言われた目的地へと行こうとするも、電車なんて味気ない。俺は、駐輪場に止めていたバイクを激しく鳴り響かせる排気音と共に走らせた。
それにしても呼ばれた目的地を目にした瞬間、いつもの彼とは思えない行動に俺の身体は一瞬の震えを示した。
だって目的地がこんな人けのない周辺の空気に、モノクロの世界へと変貌したと思える色のない暗がりな廃ビルなのだから。
それにそぐわない明るい晴人のテンション。こいつ、やべー!!
『僕は頭のネジが飛んでるってことかな?』
『うん?』
『今、”こいつ、やべー!!”って言ったでしょ?』
『俺、口に出して言ってたのか!?』
心の中で叫んでいた本音は、いつの間にか声へとなっていたことに思わず自分の口元を押さえる。それに溜息を漏らす晴人。
『まあ、そう思われても仕方ない。今なら人いないし、いっか』
そう廃ビルへと見上げた角度とともに指を差す。
『あのビルに、能力者がいる。それを退治して欲しいと連絡が来たんだけど、うちは人手不足。そう思った時に、なかなか攻撃性の高い蓮を頼りたいってわけ』
『能力者・・・確か、消え去ったはずしゃ・・・』
『そう思うなら、ついて来て』
俺はそこで立ち止まり、しばらく動けない身に成り代わる。どうした?いつもの威勢はどこへいった?急に消えた度胸は身動きできないこの身に、晴人も目を向ける。
『蓮。君がどうしても無理と言うなら、帰ってくれても構わない』
『もう一度聞くが、何で俺なんかにこの話を?』
『信頼できて戦える仲間が欲しいから。同時に最近のお前を見てて思ったんだ』
『何を?』
『本当は人のためなら自分が盾になるし、進んで戦える人だってこと』
過去の記憶が脳裏に走ると同時に痛む記憶。俺は・・・俺は・・・
『何が起きてるか知らねえけど、手伝ってやるよ』
意を決した俺と晴人は、ビルの中へと入っていった。
* * *
本当に使われてなかった廃ビル。埃カスに塗れた床とたまに見かけるネズミの姿。窓ガラスも薄汚れてて、光が全く入ってこない。今は階ごとに置かれる廊下を淡々と渡っていく。後ろで俺の見落とした箇所へと目を凝らす晴人の横顔がお目にかかれる。どんな能力者がこの廃ビルにいるか知らないが、これだけは言いたかった。
『なあ、なんか武器とかねえのかよ』
『そんなの無くたって、お前にはできる』
『そういう話じゃなくて、物理的に・・・』
俺は面と向かって話すべく、振り返った先には、鈍器の固く重みのある金属部分を俺へと振るう晴人。
大きく揺れる視界で、這いつくばる体勢。不利な動きを取るも、もう一度振りかぶる金属器を手に受ける。微かな意識でも、命を守るべく手足は前へと暴れ出す。しかし、完全に油断した俺は、晴人の姿を最後に意識が吹き飛んだ。
この作品を読みに来てくださり、ありがとうございます!!!
少しでもこの作品に興味を持ってくださったことに、心から嬉しく思います。
読者の皆様にお願いがあります。
もし、少しでも"面白い!!"や”気になる”と思ってくださった方は、『ブックマーク』や『ポイント評価』をしていただけると嬉しいです。
より良い作品を作るためのプレッシャーを得るために、ご協力お願いします!!