人生四回目の令嬢はもう精神要介護者の相手をしたくない〜筋肉が最高だって言ってた〜
我が輩は転生者である。まだ名はない。
「お前の名前はリナだ! リナ=クィンだ!」
あ、今付いた。付きました。
私は「リナ=クィン」です。
満面の笑みを浮かべているであろうクィン伯爵家の当主である父のこの言葉を聞いたのはこれで三回目。
私は「リナ=クィン」の人生を歩むのは四回目になる。一度目は本当に赤子だったので覚えていない。
しかし二度目以降はまるで前回の人生を映画でも見たかのような感覚で覚えている。
私の人生は大体十八歳の王都の学園を卒業するときに終わる。
死んだ記憶はないので死んで戻っているわけではない、はず。
何故か赤子に逆戻りしているのだ。
「リナ=クィン」の人生を繰り返している理由はわからない。
ただ、逆戻りをする直前にいつも頭の中に声がするのだ。
たしか『筋肉が最高だって』だったと思う。
謎の声のことは置いておき、違う人生を歩めば変わるのかと思い、あれこれ試したものの基本的には王都の学園に入学するのは決定事項。優秀であろうとへっぽこであろうと、生まれ持ってしまった希少な「光属性」の性質故これは避けられないことだった。
ならばと学園内での行動を変え、付き合う人間を変えたもののそれでも卒業の直後かせいぜい一ヶ月で時間が戻っている。
繰り返す人生の中で唯一助かることは経験値がたまること――とは言っても成人前の小娘ではたかがしれている。せいぜい周りよりも早熟なくらいだ。
そしてあくまで属性が希少なだけで残念ながら私は凡人だ。己の属性を偽れたり封じたり出来るような才能もない。
そもそも属性の開示は必須なのだ。
そうして十八歳までの舞台劇三回分を鑑賞済みの伯爵令嬢が私、リナ=クィン。
取り立てて特徴も才能もないにもかかわらず、私には王都の学園で妙な縁があった。それもこれも「光属性」の魔力を持っていたせいだとしか思えない。
一度目の人生では公爵家次男、ハロルド=デイヴィス。
その顔面は一流の彫刻師が命を削って作ったと言われても信じる、「宝石のかんばせ」と表される美貌の持ち主だった。体もすらりとしていて美しい。
しかも次男でありながら次期公爵家当主という噂もあるほど優秀であるため大層人気があった。
それこそお姫様から未亡人のマダムまで。
そんな彼に、希少な光属性の魔力の持ち主と言うことで興味を持たれた。
少々強引で令嬢たちの中で「迫られたら落ちないものはいない」と言う噂があり避けていた。正直公爵家の人間に遊ばれるなんて勘弁して欲しかったし。
なので丁重にお断りした上で距離を取ったら逆に更に興味を持たれたのが運の尽き。
私は彼の強引な姿勢の裏に兄に対してのコンプレックスから繊細な心を持っているところに気付いてしまった。
その頃は一度目の人生だったため、良心からつい世話を焼くようになってしまったのだ。
そこから精神的ケアをしつつお節介をしていたら婚姻を結ぶこととなり、卒業と同時に結婚することになってしまった。
しかし私は気付いてしまう。
ハロルドは男らしさを勘違いした身勝手な俺様で、その実ナイーブでクソ面倒なだけな男だと――
自分の問題を他人である私に「光属性」の魔力の持ち主ということだけで聖女か聖母を勝手に投影していたのだろう。
彼のわがままと繊細さのケアを何故私がしなければならないのだ!!
そう、気がついてしまえば次の人生で彼と人生を歩みたいなどと思えなくなるのは当然だと思う。
二度目の人生では次期宮廷魔術師といわれるヒューゴー=フローレス。
王国史で一、二を競うと言われるほど巨大な魔力をもつ彼は、魔術において誰よりも優秀だった。
しかも「氷の貴公子」と呼ばれるその知的で冷徹な態度は被虐趣味のある令嬢方に人気があるようだった。痩身長躯の眼鏡の彼に、色めきだつ令嬢は少なくない。
彼は大層優秀な魔術師であったため、彼の考える「この程度」が出来ない人間には酷く冷たい態度を取っていた。
そして案の定、私は「光属性」故に興味を持たれてしまう。ハロルドを回避していたのにまた魔力の希少さ故に興味を持たれてしまったのだ。
彼には「宝の持ち腐れだ」とか「もっと君は出来るはずだ」とか散々言われた。しかしそれも彼がとても努力家で、生まれ持った素質にあぐらをかかず、たゆまぬ精進と鍛錬のたまもの故の言葉だったのだ。
そんな彼の影の努力に気付き、そして次期宮廷魔術師と言う期待に応えるプレッシャーに押しつぶされそうな彼を支える行動を取ってしまった。
そうしている内にヒューゴーはズブズブに私に依存していき、案の定卒業式にプロポーズをされてしまった。
自分がいなければ彼はダメなのだ、などと舞い上がってしまったところがなかったとはいえない。
今思えば愚かなことだった。
再び時間が戻ってしまったときに冷静に考えた。
ヒューゴーは上から目線のツンケンとした、人の気持ちを考えない精神不安定者だと――
優秀であるくせに人の気持ちは考えず、自分だけが傷つき悲しみ、辛い思いをしていると思い込んでいる節があった。
そして「光属性」だからと幻想を抱いてハロルド同様私に精神的なケアを散々求めてきた。
不安定になれば私が抱きしめなだめすかしてやらねばならない精神不安定な子どものような男などごめんだ!!
彼もまた、私の供に歩みたくない男リストにハロルドとともに名を連ねることになった。
三度目の人生では第三王子のエドガー=ホワイト。
いくら「光属性」であっても伯爵家では縁などないだろう、と思っていた王族である。
当時私はハロルドもヒューゴーも避けるように授業以外を人気のない場所で過ごしていた。薬学で使う植物を育てる温室近くで昼食を取ったり、図書館で借りた本を読んだりしていた。
そこで偶然であってしまったのが、エドガーだった。
彼は王子であるにもかかわらず、お付きの人々からも離れ、よくひとりで過ごしていた。それが人には孤高の王子と見えるらしく、それと同時に寂しげな猫のように見えるらしく庇護欲をそそるらしく密かな人気があった。小柄でクセのある髪型が一層猫っぽさを際立てていた。
学園内でハロルドもヒューゴーも来ないこの場所を譲るのは惜しく、私はエドガーはいないものとしていた。私たちは会話もなく、ただただ側にいた。
そのうちエドガーから話しかけられ、徐々に、だが確実に距離を縮めていった。
言葉少なくお互いを観察し合い、そして理解を深めていけば、ふたりきりの世界ができあがっていた。
気がつけば私も完全に孤立し、エドガー以外頼れる友人も何も存在しなくなっていた。
それでも幸せだとそのときは思っていた。
エドガーは卒業式の日に私を妻に迎えると約束してくれた。
そしてようやく卒業式から抜けだし、その後一ヶ月が経過した。婚姻を結び早々にエドガーは領地を得て私とともに引きこもった。
このときに気がついた。
完全に籠の鳥になったのだと。
そして気付く。
エドガーは孤独をこじらせたやっかいな依存性質なだけだと――
私は交流をある程度深めてからでないと見極めが出来ない節穴だった。なので殿方の本当の性質を知る頃には取り返しが付かないところまで毎回いってしまう。
一見、物語か舞台劇のような筋書きに、多くの人は「ロマンチックだ」とか「良縁を得た」とか口々に言う。私の視点から見れば大失敗だ。どいつもこいつも精神要介護者ばかりだ。
良き縁をもってクィン家に尽くそうとした私の失敗を振り返っていた。
そして今回四度目となる人生が始まった。
もうここまでなるといっそ、結婚なんてせず独立しようか――などの頭をよぎる。
今までは学業に力を入れてきていたが、体を鍛える方に変更し、王国魔術騎士団を目指してしまえばいいのでは?
そうすれば下手な男など縁づかないだろう。
そう気付いてからは勉学以上に武術へのめり込んだ。
両親はさぞ驚いたろう。
三歳程度の私が絵本を読むより歌を歌うより、木剣を振り回し、馬(ただし付き添いあり)に乗り、受け身で転がり、おもちゃの弓矢を引くようになったのだから。
それはそれとして令嬢としての作法は回数をこなしただけあって形にはなっている。勉学も同様。
しかし戦えるだけの体を作るには鍛えるだけでなく、食事も見直し、精神も鍛えねばならなかった。
おかげで以前の「リナ=クィン」より逞しく強い体に仕上がった。
そうしている内に社交界デビューをしなければならなくなり、鍛えられた四肢はドレスが似合わなくなってしまった。いっそ、と男物の礼装で出席したため「男装の伯爵令嬢」などと言われるようになってしまった。
そして王都の学園へも男子制服で入学することにした。
こうなると女子生徒からは青春時代の淡い羨望の的になり、男子生徒からはやっかみとちょっかいをかけられるようになる。しかも光属性の持ち主なものだから「光のリナ様」などと恥ずかしい呼ばれ方をするようになってしまった。
幸い、両親が用意してくれた武術指南がとても優れていたため武術魔術で並の男子生徒は手も足も出ない。おかげで「光の騎士令嬢」という呼び方まで増えていた。
そしてそんな騎士令嬢となった「リナ=クィン」はハロルドもヒューゴーもエドガーも寄せ付けなくなっていた。
ああ、これで完璧。
そう思いながら一層鍛錬に打ち込み、学園で五本指に入るほど強くなれた。
そんな四回目の人生で、私はあることに目覚めたのだった。
「心身ともに健全で、自分の機嫌は自分で取れる人間が一番いい」
スパン、といい音がしながら矢が的の中央にかかれた赤い丸に当たる。先に刺さっていた二本の矢より、中央に近い。
もう精神要介護者と結婚なんて嫌だ、と心の底から思った。
的に向き合い、弓を引く行為は精神統一にちょうどよく、雑念やまとまらない考えを追い出せる。
直後、スパン、と矢が的に当たる音がしたかと思うと、私が当てたものよりもより中央に近づいた矢が刺さっていた。
矢を射た相手の方を見ると、ちょうど目が合う。
「よ、考え事か? クィン嬢」
「ホワード様」
クマのような偉丈夫。
筋肉で太い手脚。
剣ダコや弓引きで硬くなった手のひら。
そして凜々しい若獅子を思わせる顔つきと、短く切りそろえられた黒馬の如き艶ある髪。
彼はロニ=ホワード。
ホワード侯爵家の次男坊で、今回の人生で私のライバルだった。
代々国王軍に所属する名家の彼は、恵まれた体格も相まって実践に近い武術ではほぼ負け無しだった。彼とは今のところ三勝三敗二分けである。
快活とした笑みを浮かべ、ホワード様は二本の木剣を持ってくる。
「モヤモヤしているなら弓より剣で打ち合うほうがいいとおもうぞ。オレなら相手になる」
そう言って、私に向かって木剣を放った。
木剣を受け止めた私は弓を置き、ホワード様に木剣の切っ先を向ける。
体を横向きにして距離を測らせない構えを取る私に対し、ホワード様はまっすぐ見据えて木剣を構える。
沈黙が私たちの間に流れた。
仕掛けたのは私が先だった。
素早く距離を詰め、木剣を落とさせようと手元を狙う。しかしホワード様は切っ先をかわして競り合おうとしてきた。
力で押されては勝ち目がない――普通はそう考えるだろう。しかし私は瞬間的に魔力を込め、彼に拮抗する腕力を生み出す。
二秒ほど競り合った後、お互いはじかれるように距離を取る。
そして再び肉薄し、木剣が折れるのではと思うくらい音を響かせて打ち合った。
こちらが打ち込めばあちらはいなす。
あちらが打ち込めばこちらは流す。
お互い体幹がぶれることはなく、膠着状態に陥った。そしてホワード様がすぅ、と息を吸い込んだ。
「ワ!!!!」
まるで間近で巨大な太鼓でも叩かれたような衝撃に襲われる。ビリビリとした感覚に一瞬反応が遅れそうになった。
私は体をひねり、回避行動と同時に剣を振り抜いた。
――ガラン……
互いの木剣が地面に落ち、手に痺れるような衝撃が残る。
再び沈黙が訪れ、ハワード様と私は互いに見つめ合った。
「……これで三勝三敗三分けだな」
にか、と実に楽しそうに笑うハワード様に、私も笑みがこぼれる。ハワード様の快男児という表現がぴったりくる人物は心地よい。
光属性の魔力についてあれこれいうでもなく、手合わせをして互いを見つめる爽やかさがあった。
私はこの関係を好ましいと思った。
「なあクィン嬢。君は魔術騎士団を目指すのか?」
水分補給をしながらハワード様が質問をしてきた。
その言葉に目をぱちくりとさせてから、私は思わず言葉をもらす。
「何故ですか?」
本当に何気なくだったので、私の返答に黒い目をくりくりさせて目を瞬かせている。けれどよくよく考えてみれば彼の家系は騎士団をはじめ軍部に多く人材を輩出している。ならば彼もそうなるだろう。
つまり自分と同期になる可能性があるのか気になったと言うところだろう。
「そうですね。今現在は騎士団を目指しています」
「君は家を継がないのか?」
ずいぶんと突っ込んできた質問だ。
しかし彼のまっすぐな裏表のない性格を考えるに、本当にただ疑問を口に出しているように見える。
「そうですね。私ではおそらく婿取りは無理でしょうから、妹が婿を取るか分家から養子を迎えることになるでしょうね」
そう答えるとホワード様は「ふむ」と考え込むように顎に手をやった。
「オレは辺境伯の叔父上のもとに養子に行って後を継ぐことになると思うんだ」
意外だ。
てっきり王都で軍部に着くと思っていたのに、と目を丸くする。驚きが伝わったのか、ホワード様はにま、とあまり上品でない笑い方をした。
「辺境はいいぞ、クィン嬢。煌びやかな裏側にドロドロとしたものを隠す王都と違い、子どもや老人に至るまで強く逞しい。それでいて命を預け合うに足るまっすぐな連中だ」
ホワード様の言葉に思わず考え込む。
今までの人生では考えてもみなかった。辺境であれば王都の男たちとは離れられるし、ホワード様のような人々ばかりであればきっと過ごしやすかろう。
私はまた思わず言葉をこぼしてしまった。
「……いいですね、辺境。考えたこともありませんでした」
「ははは! 大体のご令嬢方は王都の方が好ましいようだからな! 無理もない!!」
辺りに響くように笑う彼に、一切の影はない。
ああ、こういう人物が好ましいのだ。
彼が誰かに当たるところも、不機嫌をばらまいているところも見たこともなければ噂も聞いたことがない。
何か壁にぶち当たれば淡々と鍛錬をこなして乗り越えていく。そこには自分自身を信じ、確実に道を切り開いていく頼もしさがあった。
――体格が良くて体躯もいい、筋肉の逞しい殿方というのは得てして面倒なところがない方が多いな……
私の武術指南もそうだが、この学園の武術指南もまた隆々とした筋肉と見上げるほど大きな体躯の人物だった。彼らは皆ホワード同様、快活としていて気持ちのいい人物ばかりだ。
それでいて人生の苦難も実直に乗り越えてきた深みのある人格を携えている。
私は胸に手を当てホワード様に頭を下げた。
「ホワード様、もし辺境への赴任が叶いました暁には、何卒よろしくお願いいたします」
「……ああ、もちろんだ!」
彼は満面の笑みを浮かべ手を差し伸べてきた。その手をあまり深く考えず、私は手を握り返す。
心なしかホワード様の顔がほんのり赤い。
それから私たちは一層武術に励み、ホワード様と私に敵うものは学園に誰もいなくなった。それはもう、並みいる相手をギッタギタにして二度と手合わせをしたくなくなるレベルに。もちろんその中にはハロルドもヒューゴーもエドガーも含まれている。
おかげで彼らに粉をかけられることもなく、平穏無事に学園生活を過ごすことが出来た。
そうこうしているうちに私たちは卒業を間近に控えることとなる。
幸い、今回は今までの三人との婚約することもなく、私は完全なフリーだった。
父も説得済みなので、近々辺境騎士団への試験を受ける予定だ。
「お父様から手紙……?」
試験に関する連絡と一緒に、実家から手紙が届く。頭に疑問符を浮かべ、開封するとそこに書かれていたことに目を剥いた。
『ホワード侯爵から婚約の申し出がきた』
何故、と目を丸くして停止している。どこにそんな要素があったのか、とぐるぐると思考が巡った。
そして私はホワード様を探して駆けだした。
彼はすぐ見つかる。
だっていつも鍛錬場にいるから。
「ホワード様!」
声を張り上げ、肩で息をしながら鍛錬場に飛び込む。令嬢にあるまじき行動を取ってしまったが、そんなことにかまっている余裕はなかった。
ホワード様が私を見付けると、まるで飼い主に気がついた大型犬が尻尾を振りながら駆け寄るように近づいてきた。
「クィン嬢、どうしたそんなに慌てて」
「あ、あの! 私に婚約の申し出とは一体……?!」
私の言葉に彼は満面の笑みを浮かべる。
彼は太陽のような明るい表情で膝をつきこういった。
「リナ=クィン嬢、君の鍛錬に向かうひたむきな姿勢と強さに惚れた! オレと辺境へ来て欲しい!」
まさかのプロポーズに私は硬直した。そして同時に頭の中に声が響いた。
『やっとマッチョとくっついた! だから何度も言ったじゃない。筋肉が最高だって!』
このとき私は気付いた。
私の人生を繰り返してきたのは上位存在の、彼? 彼女? が納得する相手と結ばれるためだったと。同時に遊ばれていたのだと。
怒りよりも脱力感に見舞われ、おそらくこれでもう繰り返すことはないのだろうと安心しながらホワード様の手を取った。
「……よろしくお願いします」
「ありがとうクィン嬢! いや、リナ! これからよろしく!!」
ここまで裏表もない相手だと、ホワード様……ロニであればいい気がしてきた。
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