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エスエリアへ

「……どこへですって?」

「エスエリア行きの手筈を整えてちょうだい。それがこの勝負を受ける条件よ」

 翌朝。朝食を終えたアイサらは昨夜の部屋を訪れ、カリンに談判した。

「……なるほどね。逃亡中の仲間の時間稼ぎと、帝府への偵察。一挙両得を狙ったのかしら?」

 図星である。もちろんそれを見抜かれるのは織り込み済みではあったが。

「了解よ。すぐに旅券と査証を用意させるわ。それと紹介状も書いておくわね。それを見せればミカドさまにもお目通りできるように手配しておきましょう」

「ミ、ミカド様に!?」

 エスエリア行きは了承されるだろうと言うことは予想の範囲内だった。しかしミカドに会える紹介状なんてものまでは……

「拝謁窺うかどうかはそっちで勝手に決めなさい」

 アイサたち一般臣民にとっては、ミカドはいきなり現れたとは言え人間界の天辺、その経緯(いきさつ)には一家言あるものの、自分らが敵対している支配者層のさらにずっと上。

 幼少時より聞かされた天界の大神帝メーテオール、魔界の大魔王ライラ・サマエルと並ぶ雲の上の存在だ。

 言ってしまえば今の自分たちはそのミカドに歯向かっていると言われても否定はできない。事実アイサは帝府にもいい感情は無かったし、標的でもあるのだ。

 呆然とするアイサとレイを横目にカリンは呼び鈴を鳴らして侍女を呼び出し、

「国務省に伝令を。旅券発行を依頼するから担当員をこちらに寄こすように」

と指示した。

「書類は今日中には出来上がると思うわ。でもアーゼナルの首都キンパへは船で行くしか無いから門まではちょっと時間、かかるわね。キンパの入管までは私の侍女に案内させるわ」

 アイサとレイが呆れるほど至れり尽くせりである。さすがにちょっとケツの座りが悪くてムズムズする。

「なぜそこまでしてくれるの?」

「答える必要はないわね」

「はあ?」

「さっき、あなたが条件を出して私が受けた時点でこの勝負は始まっているわ。必要以上の情報の交換はお互い自重すべきね」

「う、それは、まあ」

「安心しなさい。こちらにはこちらの思惑があってやっている事なんだから、あなたはあなたの思うように進めなさいな」

 そう言うとカリンは夕べ見せた不敵な笑みを口元に浮かべた。

 アイサとしても結局は泳がされていると言うのは分かっている。

 しかし、こうもあからさまにやられると流石にバカにされてる感がハンパない。

 とは言え、それを訴えたところで、情けない話ではあるが簡単にあしらわれる結果しか見えてこない。それは昨夜の事だけでも分かる。

 こうなればヤケクソと見えても、罠を利用、若しくは食い破るだけ!

「あの……」

 レイがカリンに尋ねた。

「ガショーの……仲間は……」

「……聞いたところ10人ほど捕縛したみたいね」

 今回のガショーの計画参加者は総員20名。城外待機組が3名だから17名中10人捕縛。残り7名の内、自分らを除けば実行部隊で逃げおおせたのはわずか5名……大惨敗である。

「やっぱり……死罪?」

「国家に仇なす行為は重罪よ。これは王室や行政府に逆らったからと言うより国家臣民の平穏を脅かす行為だからよ」

「……」

 言われて肩を落とすレイ。だがアイサは、

「詭弁ね」

と、突っかかった。

「綺麗事並べたって結局は自分たちの利益に都合の悪い相手を排除しているだけじゃない」

「そう言う国家、領主が存在していることは否定しないわ。でもだからって全ての公権力がそうだと思われるのは心外ね」

「言える立場なの? 現にこうしてレイたちはあなたたちに異を唱えているわ」

「蔵を狙うコソ泥風情が? 笑わせるわね」

 今回のガショーの作戦を卑下されレイの目が険しくなった。自分たちの想いをあざ笑われては当然の反応。

「彼らは贅沢したくてやったんじゃないわ! レイたちはあなたたちが見捨てた村々を救うために!」

「怒った? まあ、そういう言い方したんだけどね」

 ――こ、この小娘ー!

 いや、実年齢ではアイサの方が小娘なんですけどね。

「宝物殿なんて名づけられてるから勘違いしている連中も多いけど、あの中に所蔵されているものは歴史的な価値は有っても金銭的な値打ちなんかまるで無いの。そりゃ交易のあった国家同士で贈り合う品の中には金銀細工を施されたものもあるわ。でもほとんどは我が国の建国以来の行政の資料・記録。主だった産業の足跡となる物品ばかり。歴史学者や愛好家ならともかく、錆び付いた大昔の刀や鍬にお金を出してくれる奴なんてそうそう居るとは思えないけどね」

「え? あの……蓄えた、金銀、違う?」

「言ったでしょ? 興味ない人にはガラクタよ」

「じゃ、じゃあなんで宝物殿なんて名前を……」

「歴史は国の宝よ」

 言われてアイサとレイはキョトンとした。

 そんな二人にカリンは「ついて来なさい」と言い、部屋を出て本丸御殿に向かった。

 その途中、天守に入る前に役人からアイサら二人をともなっての入城を止められる一幕があった。

 警備の観点上、氏素性のわからない部外者を通す事は許容できないと反対されたのだ。まあ、当然の反応であろう。

「帝府、キジマ将軍の意向もあるのよ? 目を瞑ってちょうだい」

「帝府の御意に逆らう気は毛頭ございませぬが、(それがし)が上様より承る役職上、お通しするわけにはまいりません。どうしてもと仰せならば某を解任、もしくは斬り捨てた後に……」

 眉間にしわを寄せため息をつくカリン。

 アイサとしては眼がパチクリである。スペンスからアマテラの役人は石頭だとは聞いていたが、役職のためにそう簡単に命をどうこうと言うのは……驚きと言うより呆れると言った方がいいかも?

「じゃあ部屋に行くまで目隠し、両手は拘束。これでどう?」

 カリンの提案に役人も少しの間思案するも結局一歩下がって受け入れた。ガショーのアジトに連れて行かれる時の再現でもあるし、アイサもレイも抵抗する理由は無い。


「見なさい」

 5層目の一室に案内され、目隠しを取ったアイサらにカリンは窓からの景色を眺めるよう促した。

 この窓からはアマテラ王国首都スンキョウの城下は一望の下だった。

「こ、これは……」

 スンキョウの町は広大であった。あまり坂は無く実に平ぺったい町である。

 その広さと平地の多さも去ることながら、理路整然と区画整理された街並みに驚く。

 縦横に、ほぼ直線の道が通されており、その道が作るマス目の中に建物が並んでいる。

「感想は?」

「綺麗……シュナイザーにはこんなに整理された町は無いわ。これならどこへ行くにも最短で行く方法が簡単にわかる」

 アイサの答えに、フフンとカリンドヤ顔。

「でも、例えば大軍に攻め込まれたら道を一直線に進められてしまうわ。防衛と言う点では脆弱なんじゃ?」

「あの山が見える?」

 カリンは遠くを指差した。かなり遠くではあるが、険しい山が連なっているのがわかる。

「我が国は大陸側のあの山脈のおかげで、内陸との往来は遮られているけど同時に他国からの侵略も防いでくれているわ。だから我が国に攻め入るのは海路しかないの」

「なるほど」

 アデスでは通常、攻める側は防御力に対し3~4倍の戦力が必要とされている。これが上陸戦となればその更に2倍必要と言うのが相場だ。

「おかげで建国以来、我が国は他国に侵略され、政権を明け渡したことは一度も無いわ。アーゼナルが諸国と連合を組んで来襲した時も撃退している」

「それが今はアーゼナルの属国?」

「魔素異変のおかげでね。記録を見ると敵対している場合じゃ無かったみたい」

 カリンは次に城下町郊外へ指を差した。

「見えるかしら? 田畑の様子」

 言われて目を凝らすアイサとレイ。更に平地が広がり麦や稲が棚引いているのが何とかわかる。こちらも町と同じで綺麗に区画整理されていた。

「畑も整理されているのね。あたしの実家の近くは四角や丸型の畑が入り乱れていたわ」

「昔はこっちもそんな感じだったらしいわ。でも、それだと作付面積や灌漑の効率が悪いから改善したの」

「すごいわ……」

「ここから見える土地、これらは最初から平地では無かったわ。わずかな平地を基に段々開墾して整地して、何百年という時と手間をかけてここまでにしたの。あの宝物殿に納めらていたのはここにたどり着くまでの祖先から残された記録・物品よ。技術や仕様の経緯が残されていれば、天災その他の理由で今の技術が失われても辿り直すことができるわ」

「……なるほど」

「おかげで我が国はアーゼナル皇国連邦の中じゃ人口当たりの収穫比率、税収比率は皇国よりも上なのよ」

「その割にレイたちの食料事情は潤沢とは言えなかったわね。今日の朝食、ガショーの夕食より豪華よ?」

「朝から、焼き魚、贅沢……」

 言われてギロッと、レイを睨むカリン。

「う……でも、美味しかった……」

 カリン、今度はニコっ。

「君主は健康であることも仕事の内よ。ガリガリに痩せ細ってヒョロヒョロフラフラの君主が臣民に頼られるはずないでしょ?」

「そ、そりゃあ一理あるけど……」

「確かに都市部は発展してきた。でも地方はまだまだ。やはり人口が多い方を優先するのはやむを得ないわ」

「安寧計画と同じ発想ね。結局はあたしたち弱者を切り捨てる言い訳だわ」

「そうね……あなたたちにはそう言う不満を言う権利があるわ。そう言うのが集まってレイたちのような過激派が生まれるのも止む無しね。ところでアイサ?」

「な、なに?」

「我が国内の過激派は東のボーン、中部のガショー、西のヒーガンと大体その三つが主だった組織だけど、あなたシュナイザー国内でその名前を聞いたことは?」

「あ、いや、一つも聞いたことない……」

 アイサは正直に答えた。レイくん、しょぼーん。

「つまりそれだけ彼らに賛同したり支援しようとしたりする人数が少ないわけ。だから国外に伝わるほど大きな騒動にはなってない」

「……自分たちが正しいという証拠だって言いたいの?」

「むしろ満足している臣民が多い方を誇りたいわね」

「あの……」

「ん?」

「カリン、さま。ガショーの、仲間、助けて」

 過激派の話題に機を見つけたのか、レイがカリンに仲間の助命を嘆願した。

「……これ以上、何をおねだりするの? 調子に乗ってない?」

「別に無罪放免てわけじゃないでしょう。あなたたちも利するからこういう沙汰を決めたんでしょ?」

 カリンは口をへの字に曲げ、鼻でため息をついた。

「安心しなさい。死罪にはならないわよ」

「ホント!? でも、さっき……」

「私は死罪なんて一言も言ってないわよ? 重罪だって言っただけ。まあ、今回は御庭衆にけが人はいるけど人死にはいないし、何より臣民に類は及んでいないわ。多分、頭目か、それに類する者がいれば一番重く処されるでしょうけど、死罪になる者はいないでしょうね」

 ぶっきら棒な言い方をするカリンだったが、その言葉にレイはとりあえず胸を撫で下ろした。とにかく命は助かるのだ、今はそれを喜ぼうと。

「失礼いたします、カリン様。国務省の者が……」

 例の役人が到着したらしい。カリンは現れた役人に、アイサとレイの旅券作成、査証の準備を命じた。

 レイはアマテラ臣民なので本名でも問題なかったが、アイサはシュナイザー国民であるので名はそのまま、苗字をクラーズとし、レイとは姉弟と言うことにされた。

 旅券と査証が用意された翌日、二人はカリンの次女に付き添われて一路アーゼナル皇国へ向かった。

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