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勝負

 転移魔法。

 空間を自在に移動し、ある意味時間さえ跳躍すると言う高難易度の魔法。会得しているのはかなり高位の魔力持ちで全世界でも総勢百数十名ほど。

 その中でも、アデス三界を隈なく自由に行来き出きる程の使い手は全世界で三十五名前後。人間界ではわずかに五名。

 帝府のミカド、皇后、大元帥、大将軍とその正妻のみ。

 話には聞いていたが目の当たりにしたのはアイサもレイも初めてであった。

 自分を捉えていたあの水柱も恐らくは本人以外誰も会得しえず、無敵と噂される魔法剣なのであろう。

 更に妻子に向かって仇なすものには一切の慈悲も感じられないくらいの、あの殺気……

「さてと……」

 人数分の茶を入れたカリンはテーブルに並べると、

「いつまでそこでヘタり込んでいるつもり? 何も言い残さず、御庭衆に連行されてもいいの?」

と言いつつ、二人に椅子に座り、用意された茶を飲むように促した。

「そろそろ動けるだろ? さあ、こっち来なよ」

 先程の殺気が嘘のように消え、穏やかな顔になったリョウジ・キジマ将軍にも同様に勧められる。

 ようやく足腰に力が戻って来たアイサとレイは、まだおぼつかない足取りで椅子に腰をかけた。だが、茶器を持つほどの余裕はまだ無い。

「リョウジの殺気が効きすぎたわね。レンが怯えないか心配になるほどだったわ」

「お前とレンに刃を向けてたんだ。念話で傷つけるなと言われてなきゃ、腕の一本も落としていた所さ」

 ――念話で……そうか、念話ですぐ呼んで転移で……でも傷つけるなって?

 多少の疑義はあるがアイサはほぼ観念した。どこをどう見積もっても話を盛っても太刀打ちできる相手……いや、足元に近づく事すら出来ない絶対的な実力差を突き付けられた。

 さっきの魔法剣でそっ首落とされても「ああ、やっぱりな……」と納得してしまうくらいに。

「あ……あの……」

 先に口を開いたのはレイだった。

「なぜ、僕たち、つき、出されない?」

「ん、ちょっと引っ掛ってね」

 引っ掛る? なんだろう? 

 自分たちは王室に仇を成した無法者、犯罪者集団の一員である。

 本来なら問答無用で情状酌量の余地もなく罰せられて当然、王族の一員たる彼女らから見れば歯牙にかける値打ちすらない存在のはず……

「何が……ですか?」

 アイサも何とか口が聞けた。喉がすごく重い感じではあるが。おまけに敬語である。

「う~ん……そっちの少年は半分アマテラの血を引いてるわね、母親かしら? 父親は……シュナイザーの出ね。多分シュナイザーの北西だと思うけど、言語がちょっとアレみたいだから確定は出来ないかな?」

 レイの目がギョッとばかりに見開かれた。

「あ、当り、です」

 レイも敬語になってもうた。

「そっちの娘はシュナイザー出身だろうけど、親……ううん、祖父母がダロン王国かブラッカスの西方の出身ね。その子供とシュナイザー中西部の人物があなたの親じゃないかしら? 訛りからすると生まれと育ちはもうちょっと南みたいね?」

 ――な、なんで!? なんでそんな事が分かるの!? 言葉を交わしたってもさっきほんのちょっと、しかも脅迫……なぜ……

「こちらも当りみたいだ。いつもながら見事だね」

 良二が噴き出しながら言った。どうやらこの王女、見た目や話し方でその出自を見抜いてしまうらしい。しかし、剣を前後から突き付けられ脅迫されていると言うのにこの冷静な観察眼……

「少年はともかく、この娘がなぜ我が国に歯向かうのか? 刃を向けるか? それを知りたくなってね。アマテラに来て長いの?」

 聞かれてアイサは一瞬躊躇した。真実を話すと言うことはシュナイザーでの一件も話さねばならなくなることは容易に想像できる。

 自分はともかく、まだブラッカスに向けて出港したかどうか分からないフォルドとミハルに類が及ぶ事態は避けたい。

「訳アリね……」

「いや、大体見当はついた。君は半月くらい前に、シュナイザーでテロを画策して国外へ逃れた一味じゃ無いのか?」

 ――やはりバレてる! 一体どこまで知られてるのか!?

「君たちが乗り込んだと目される船がアマテラへ入港したと言う情報はいまだ入っていない。もう入港予定日は過ぎているけど、数日前の暴風で何隻かが難破したという知らせが有ったから巻き添えを食ったかと思ってたんだが……話してくれないかな?」

「そ、その通りです……沈む船から逃れて漂流して……この子がいる組織に助けられ……ました……」

「たしか逃亡したのは君を含めて三人だったと聞いてるが……他の二人は?」

 アイサは再び迷った。助かったのは自分一人と言うべきところだろうが、果たしてこの二人はどこまで知っているのだろうか? どこまで勘付いているのだろうか?

 それが不明な内は迂闊に話すことはできないが……

 そんなアイサを見て、カリンはフンッと鼻で笑った。

「若いわねぇ。もう答、言っちゃってるじゃ無いの。死んでたり、難破ではぐれたり、今回の騒動で捕縛されたりしてるんなら即答できるけど、別行動しているなら、そいつらに類が及ばないよう誤魔化さなきゃいけないし、その言い訳を考える時間も必要。つまり、あとの二人はまだ、この国の中で潜伏中……違う?」

 ――だめだ! 敵わない!

 アイサは天を仰ぎたくなる気分だった。先程とはまた違った脱力感が彼女を襲った。

「そうか。じゃあ取引だ」

 ――と、取引!?

「君はこの場で本当のことを洗いざらい話すんだ。代わりにこちら側は、その二人の足跡を当局がつかんでもアマテラでは拘束はしないと約束しよう。それでどうだい?」

 アイサはまた戸惑った。何この急展開! てなもんだ。

 確かにフォルドらの身を保障してくれるのはありがたい。しかし、それをして彼らは何の利を得られると言うのか? 罠の匂いもプンプンだ!

 とは言え、それは何のための罠? 脱力感もあり、頭が思うように回らない。

 一体どうすれば……いや、こうなっては逆を突くしかない。

「話すのはいいですけど……でもそれを信用しろって言うのは無理があります! 情報を得た後3人とも始末するのが一番手っ取り早いじゃないですか!」

 アイサは、酸素不足の脳内に懸命に鞭打って問いかけた。追われる側としては当然の疑問であるし。

「理由は簡単よ、私はあなたたちの言葉を聞きたくなったの」

「あたしたちの?」

「あなたたちは何のためにテロ行為をしているの? ただうっぷん晴らしに暴れたいだけ?」

「確かにそんな連中も居るにはいる。しかし君たちはそう言う連中とは違うな」

「なぜ、そんなこと……」

「そこの少年よ?」

「ぼ、僕?」

「あなたは私と娘を人質にとる事に反対したわ。暴れたいだけならそんなこと考えやしないわよ。それがあなた一人の考えなのか。それとも組織全体の矜恃なのか? もしも後者なら話を聞く価値はあるかな、てね」

「為政に於いて我々の見えないところ、気が付いていないところ。それを伝えるため、話し合いのテーブルにつくために、君たちはテロという手段で気を引いているのではないのかな? 手段としては褒められるものではないが、君たちの活動を応援し、支援する勢力が大きくなればこちらとしても無視は出来ん。もっともその先が和解か、争いになるかは分からないけどね」

「………………」

 アイサには二人の話は些か衝撃であった。国や人間界のトップの一角が自分らの如き無名の一般臣民に気を配っている上に、自分らの話に耳を傾けようとしてくれている。この感情は驚愕の類ではなく、むしろ感激の範疇であろう。だがしかし、それ一色と言う訳ではない。

 アイサがシュナイザーで行った計画は、今後は他国と連携して世界規模で歩調を取れるかどうかの指標になるはずだった。

 支配者側からすれば、自分らの情報を基に反体制派の国際的連携を阻止し、あわよくば一網打尽に、と考えても当り前である。

「でも……」

「ん?」

「まだ信用できません……」

「なぜだい?」

「僕、4年前、国の触れ、遅れた。両親、魔獣に、殺された……」

 顔はまだ上げられないが眼だけはカリンと良二を見据えるレイ。

 良二らは顔色が曇った。

「そう、か……あの時……」

 良二は目を伏せた。

「あたしの両親もそう。何年も前から計画されてた安寧計画。なのに一般臣民に知らされたのはわずか数日前。あたしの家は人里離れた牧場だったから更に触れが遅れた。あと一日、せめて半日早ければ!」

「そういった計画の不備による被害を被った人たちには、被害に応じて補償が受けられるはずよ?」

「お金の問題じゃない!」

 アイサはやっと大声を出せた。怒りの感情も戻って来た。

「もちろん金銭で済むことじゃ無いよな。俺も15歳の時に事故で両親を亡くして保険金が下りて来たけど、そんなものいらない、父と母を返してほしいと思ったしね」

「し、将軍……も?」

「でもね、今のアデス三界のどこを探しても、天界のメーテオール猊下ですら死者を蘇らせる手法も魔法も持たない。国側としてはお金か遺族の待遇改善以上の施しは出来ないんだよ」

「そんなの、勝手、言い分」

「世界的災厄であった先の騒乱。早くから触れて魔素異変の再来とばかりに臣民を不安にさせるか、ギリギリまで伏せて出来る限りの予防策を講じた上で公表し、必要最小限の強制避難で出来るだけパニックを防ぐか……当時の実行委員会はそのどちらかを選ぶしかなかったんだ。そして委員会は後者を選んだ」

 なるほど、一応は理に適った言い分だ。

 自分に対してチビるほどの殺気を向けて来たとは思えない、ほっこりする子煩悩なところを見せる両者の口から出る言い分にアイサもレイも絆されそうだった。

 しかしアイサも、同じくレイもそれで矛を収められるほど人間は出来ていない。

「話を戻しましょうか? そう言えば、まだ名前を聞いてなかったわね? 少年、あなた名前は?」

「…………レイ」

「苗字は?」

「……」

 レイは眼をそむけた。

「なるほど、素性はまだ明かせないって? まあ名前だけで満足しましょう。あなたの方はアイサだったわね?」

 アイサは頷いた。先程レイが口走ったから誤魔化しても仕方がない。

「さてと、あなたたちが国や行政を恨む根幹は分かったわ。で、これからどうしたいの? 大人しくお縄につきます、とはなりたくないでしょうけど」

「逃げられるなら逃げたいわ。まだ、あたしにはやり遂げたいことがある。こんな異国で死刑になるなんてごめんよ」

「そのやりたいことは何か、それを聞いているのよねぇ?」

 アイサは口をつぐんだ。会話を続けると言葉巧みに体制側の論理を植え付けられた上、組織の内情を引き出されてしまいそうだ。

 しかしながら、このまま無言でいても進展は無い。

 何か機先を制する様な事を言わなきゃ……と逡巡していた矢先、

「リョウジ。この二人、私に預けてくれない? ちゃんと帝府の意向も踏まえた沙汰を考えるから。一人は母国(アマテラ)の臣民だし、いいでしょ?」

またもそれがくじかれた。

「もちろんいいよ。お前の判断力は信用してる。お任せしよう」

「ちょ! 何を勝手に!」

「なに? こっちはあなたたちの希望を聞いたのにダンマリ決め込んだのはそっちでしょ? だったらこちらから言わせてもらうわ」

「う……」

 ぐうの音も出ない。さっきから完全に、この二人の掌で踊らされている。

 かてて加えて、アイサは更に踊らされそうな提案を出されることになる。

「ね、勝負しましょ?」

「し、勝負? 何の?」

「私の権限であなたたち二人のアマテラ国発行の旅券を用意するわ。外国へ行きたいなら査証も取ってあげる。必要ならアーゼナル首都キンパの(ゲート)を使用出来るようにも手配するわ」

「あ、あたしたちを自由にするって言うの? いったい何を企んで……あ……」

「気付いた? あなたたちは自由を手に入れて本来の思惑に沿って行動する。私たちはあなたたちを追尾してその全貌を探る。あなたたちが私たちの目から逃れられればそちらの勝ち。あなたたちの思惑を私たちが暴けばこちらの勝ち。どう?」

「……情報が欲しいならあたしたちを拷問でもなんでもすればいいんじゃないの?」

「趣味じゃ無いし、あなたが全ての事情を把握してないなら効率も悪いわ。それにね、もしもいま世界のどこかで動いている何らかの思惑の様なものがあるなら、為政の側にいるものとして知っておきたいの」

 ――この二人……いえ、帝府は何をどこまで知っているの? もしかして、あたしも知らないこちら側のことまで?

「その思惑が世界のため、臣民のためになるようにとの思いから出ているのなら尚更だ。双方が良かれと思っているのにボタンのかけ違いで騒乱になる事だけは避けたい。迷惑するのは一般の臣民だ」

 良二が補足した。言葉だけで見ればアイサには彼らに自分らを騙す、担ぐと言った思いは感じられなかった。

 しかし、そう簡単に即決する気にもなれない。

 シュナイザーでの活動は3年にも及ぶが敵対した体制側の連中には美辞麗句を並べ自分たちに理解を示しながら、箱を開ければ私利が最優先だったと言う例には枚挙にことかかない。

 それを暴き臣民に現実を理解してもらう事、ターゲサンの活動目的にはそれも同居している。

「すぐには、決められない。せめて一晩、時間をちょうだい」

 カリンは部屋のチェスト上に置かれた時計を見た。時刻は午後11時になろうかと言うところだ。

「そうね、良い子はとっくに寝る時間よね。二部屋隣りが空いてるわ。寝具を持たせるから二人でじっくり相談なさい」

「もう、カリンを狙わないよな?」

「う……そ、それは勿論よ。今のあたしたちじゃ……」

「そう。狙っても、すぐ、将軍、来る……」

「一応言っておくけどカリンはアマテラ流デスサイズの使い手だ。狂黒熊ですら一撃で屠る腕前だからな、娘を抱いていなければ君たち返討ちだったぞ?」

 良二が目元、口元を歪めながら言った。

 こんな小柄な女性がそうだと言われても、ちょっと信じがたいが、今までの言からするとあながち嘘とも。

「じゃあ、あとはカリンに任せるよ。俺、レンの顔見てから帰るから」

「あらぁ、泊まっていかないのぉ?」

「向こうはまだ昼前で課業の真っ最中なんだよ。週末にまた来るからさ」

「わかったわ。ヨウコやフィリア(姉さん)によろしくね」

 アイサとレイの目の前だと言うのに、夫婦の甘い会話を交わし、カリンと唇を重ねた良二は、娘の寝顔を見るため部屋を後にした。

 カリンも「じゃあ今夜はこれでお開きね」と言いつつアイサ達も休むように促した。



 寝所と寝具を用意してもらったはいいが、アイサもレイも寝る気は起きなかった。とりあえず、これからの行動の指針を決めなければならない。

 勝負に対する返答を遅らせれば、時間の引き延ばしはまだもう少しは図れるだろうし、その間にフォルドらが首尾よく出港にこぎつけられる可能性も高くなる。

 だが、いたずらに引き延ばせばカリンらの良いように持っていかれてしまうわけで思案のしどころだ。

「アイサ、どうする?」

 ベッドの上で背を壁に座り、膝を抱えながらレイが聞いた。

「うん、そうねぇ……」

 アイサもまた、壁にもたれている。ただ膝は抱えずに丸めた布団に肘をついて楽にしていた。

「あたし、あの女の提案に乗ってみようと思うの?」

「勝負?」

「うん。とにかくここに留まっていても得は無い。あたしは外に出られる方を選ぶわ。危険なのはここにいても外でもさして変わらないと思うし。こちらの行動を見届けたいなら、最終目的につくまでは身の安全は大丈夫そうだしね。レイ、あなたは?」

「僕?」

「このまま留まったら牢獄行きよ?」

「でも、仲間、見捨てて、行けない」

「そりゃ分かるけど……だけどさ、ここに居たって結局彼らと同じ牢獄に入れられるだけでしょ? それ、なんかプラスになる?」

「……」

「逆に考えてみなさいよ。自分が牢獄にいて、仲間の一人があたしたちみたいな立場で外に出られかもと迷ってたら? その人が外に行くこと選んだら、そいつのこと裏切者呼ばわりするの?」

「そんな! 無事に、逃げて、ほしい」

「でしょ? あんたの仲間もそう思うわよ」

「う、うん……」

 そう答えるレイはまだ釈然とはしていなさそうだ。アイサの言う通りであろうことは理解できていると予想できるが、そう簡単には切り替えられるものでもあるまい。何よりアイサも半月前に同じ思いをしている。

「ねぇレイ、一緒に来ない?」

「え?」

「アマテラに留まったらまたお尋ね者のままよ? ガショーの仲間がどれだけ捕まったか分からないけど、人数が減ったのは確実だし活動はしばらく制限されてしまうわ。他国の組織の活動を見てみない?」

「んん……」

「考えてみて……」

 小さく頷くレイ。

「アイサ、ブラッカス、目指す?」

「ううん、その前にエスエリアに行くつもり」

「え!」

 驚くレイ。アイサは本来、ブラッカスの組織と連携するためにそこへ向かうはずだった。

 それが、なにゆえにエスエリア?

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