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カリン レン リョウジ

 歴史は繰り返す。朝あることは晩にも起こる。同じ轍を踏む。

 アイサの頭の中にそんな諺が巡りまくった。

 前回の計画に続き、アマテラ王室の住まう王都スンキョウにあるスップ城敷地内に侵入して宝物殿まで辿り着き、鍵を壊して扉を開けたまではいいが、アイサを含むガショー勢はそこで既にアマテラの城内警衛を担う御庭守護隊に包囲されてたのだ。

 アイサにとっては二連続の黒星である。

 今後の作戦で、二度あることは三度ある、なんてことにもなればアイサは顔見知りから疫病神扱いされかねない。

 過去の実績もあるし、今回は別組織での活動であるからそう単純では無かろうが、シュナイザーの魔導殿研究倉庫と同じく成功が見え始めて来ての、この有様である。

 タバシと話していた通り、城壁の内外に氷魔法で階段を作り速やかに城内へ侵入、宝物殿に難なく辿り着く事が出来て、期待に応えた仕事をしたつもりだった。

 だが扉を開けた瞬間に探照球が上げられて、アイサたちは御庭守護隊に取り囲まれている事を知る。正にデジャヴ。

「あー、あー、宝物殿前に集結する窃盗団に告ぐ。今、貴様たちは完全に包囲されている。無駄な抵抗をやめ、武器を捨てて速やかに投降しなさい! さすればお上にも慈悲はあるぞ!」

 アイサの耳には何だか棒読みに聞こえる守護隊の説得であった。論旨として帝国防衛隊と言ってることはさして変わらないのだが、なんだか如何にもなテンプレ感プンプンではあった。

 それはさておき、ここで素直に縛に付くようでは反政府組織の名折れである。

「ことわーる!」

 タバシの返答に呼応し、ガショーの面々は次々に懐から、何やら握り拳程度の丸い球を取り出し、自分らと守護隊の間に放り投げた。

 ボフ! ボフン! バフン!

 投げられた球は低く鈍い音を発しながら、濛々とした黒い煙を大量に噴き出した。どうやら煙幕を発生させる玉らしい。

 その黒煙は瞬く間に広がり、防衛隊の視界を遮った。

「散れ!」

 ガショーのメンバーはそれぞれに蜘蛛の子を散らすが如く四散した。

「こっち!」

 アイサはレイに手を引っ張られ、勝手のわからない異国の城の敷地を駆けた。

 時には伏せ、時には壁に隠れ、守護隊の目を霞めつつ宝物殿からもかなり離れたが、なかなか城壁に辿り着けなかった。

 植木の根元に潜伏していると、あちらこちらから仲間が交戦する声や、守護隊に捕らえられて手足を縛られ、文字通り引き摺られていく者もいる。

 助けたくても多勢に無勢、無念の心持ちを残しながらアイサとレイは這い蹲って活路を探った。

 しかし敷地内は城壁付近を中心に動哨が展開されて鼠一匹通さぬ状況であった。

「どうするレイ? 逃げ道有りそう?」

「難しい。外壁、しっかり、押さえられてる」

 壁に取り付きさえすれば、アイサの氷魔法で簡単に駆け上がれるのだが、守護隊は最低でも二人ペアを組み、3ないしは4のグループで多方向からの動哨経路を形成しており、同時にかかっても別の場所からの応援がすぐに駆けつけられてしまうのが容易に想像できる。

「僕、二人引き付ける。アイサ、そのスキに、逃げて」

 レイが提案した。

 なるほどレイが一組を引き受けて、アイサがもう一組を凍らせれば3つめの組が来る前にアイサだけは脱出成功、という可能性も低くはない。

「馬鹿言ってんじゃないわよ。あんた残して行けるわけないでしょ!」

「女、守れない。男の、恥」

「う……」

 言ってくれる。

 自分を犠牲にしてでも女を逃がそうとは健気なものだ。幼い顔をしてても一端(いっぱし)の男である。うん、えらい。

 とは言え素直に彼の顔を立てる気などアイサはさらさらない。

 シュナイザーでアイサ達はブラント含め3人を見捨てて逃亡した。それは今でも、そしてこれからもアイサの胸の内を締め付ける暗い過去となろう。それからわずか半月程度で再び同じ轍など踏みたくはない。

 仲間を見捨てるくらいなら多少卑怯な手管でも恥ずかしい手段であっても躊躇すべきじゃない、今のアイサはどちらかと言うとそう考えている。

「ん? ねえレイ、あれ見える?」

 言われてレイはアイサの視線を追った。

 ちょっとした離れだろうか? 開いた窓から部屋の中で一人、こちらに背を向けて椅子に座っている、髪型からすれば少女っぽい人影が見えた。

 こんな騒ぎが起こっていると言うのに窓も閉めないと言うのも不自然だが、他に妙案がないならアイサは少々、外道思考で脱出法を目論んだ。

「あの娘、人質にとるわよ」

「え!」

 思わずアイサを見るレイ。

「だめ! あの子、女の子!」

「言ってる場合!? 動哨は外への通路は気にかけているけど城内への道はあまり注視してない。奴らがあの木に隠れた後に走れば気付かれずに中に入れる!」

「だめだめ! 女子供巻き、込むの、もののふ、のすること、違う!」

「モノノフ? なにそれ? てか、もうあたし巻き込んでるじゃん! あたしはいいの!? これでも女よ!」

「アイサ、カタギ、違う」

「が!」

 ぶっちーんと何かがブチ切れそうなアイサであった。さっきはあたし守ろうとしたくせになによその言い草! てなもんだ。

 だが今はそんな事を言い合ってる場合ではない。アイサは深く息を吸って吐いた後、

「わかった。じゃあ、あの娘にお願いしよう。逃げるまで付き合ってって」

と諭すように言った。

「それ、人質……」

「だ か ら! お願いするの! 殺しもしないし傷もつけない。外に出るまで一緒に居てってお願いするの!」

「断られた、ら?」

「それなら諦めて別の方法を探しましょ?」

「ホント?」

「ホントホント! 約束する!」

 眼を細めニッコリするアイサ。目を細めたのは眼が泳いでいるのをごまかすためでもある。

「じゃ、じゃあ……」

 なんとか納得したようだ。もっともアイサは顛末がどうあれ人質にする気だが。

 レイが何か言っても後は野となれ山となれである。

 と言うわけで行動開始。

 動哨が樹の影に入ると二人は跳び出し、極力足音に気を使いながら離れに向かった。外壁に氷で足場を作り、窓から飛び込み中へに突入。

「ん!?」

 突然の侵入者に少女は後ろへ振り向こうとした。が、

「動かないで! 静かに!」

アイサが音量を抑えながらもドスの効いた低い声で少女に警告。背後をレイに任せてアイサは前に回った。

「突然押しかけて悪いわね。ちょっと言う事を……聞い……て……」

 剣を突き立て少女に脅しをかけようとするアイサ。だが、しかし……

「な、なに?」

 アイサは少女を見て驚愕した。初見の通り見た目13~4歳くらい、レイよりも年下に見えるのだが、なんとこの少女、腕の中に赤ん坊を抱えているのである。

 更に!

 少女はその赤ん坊に自らの乳房で授乳とかしている真っ最中だったのだ。

 この世界の成人年齢は16歳前後が相場である。若く結婚する者もいるにはいるが、昨今は身体が一人前になるまで子作りは控える傾向にある。

 ――子供が子供に乳を飲ませてる……

 そんな思いにとらわれるのも致し方無し?

「ちょっと」

 少女に逆に声を掛けられ、アイサは我に返った。

「なによ。子供が子供に乳飲ませてるみたいな目で人を見て」

 少女は不機嫌満面な顔でアイサを睨みつけた。

 この気位の高さを感じる物言い、どうやら王族であることは想像に難くない。人質としては申し分ないであろう。とは言うものの、

「御庭衆がやたら騒いでいると思ったらそう言う事? 全くぅ、私とこの子にそんなもの向けて覚悟はできているんでしょうね?」

全く物怖じしていない。と言うかまるで「やれやれね」とでも言いたげ、自分が斬られるとか、殺されるとか、そんな危害が及ぶなんてこれっぽちも思って無さそう。

 しかし、いくら何でも二人掛かりで剣を突き付けられているのにこの態度は……

「ア、アイサ。この人ダメ! 赤ちゃんまでいる!」

 レイがこの母娘を人質にとる事はやめるように言う。

 確かに赤子いるのは、なんぼなんでも想定外だがアイサは端からその気はない。

「わ、悪いけどあたしたちが逃げるまでの盾になってもらうわ。協力してくれれば傷一つ付けず解放することを約束する! あたしたちに従って!」

「アイサ! ダメ!」

「王族だからって誰もがひれ伏すなんて思わないでね! あんたらを死ぬほど憎んでる人間だっているのよ!」

「そう? で、どうするの?」

 少女の様なこの母親はアイサの恫喝にも何ら屈する事も無く、逆にその目線でアイサを気圧していた。更に、

「あたしを刺して、その生き血をこの子に飲ませるとでも言うの? それであなたの気が晴れるの?」

と動じないにもほどがある、などと言いたくなるほどの冷静無比な口調でアイサに詰問する。

「アイサ! もう、やめ……て……」

 変わらず、アイサに思いとどめてもらおうとするレイ……ではあったが、その言葉の最後の方は生唾を飲み込む音に消えてしまった。

 同時にアイサも両の目を思いっきり見開き身体が硬直した。

 なぜなら今まで感じた事も接した事も無い凄まじい殺気と共に、極細かい水飛沫を伴った細めのレイピア程度の水柱が二人を捉えていたのだ。それも正に一瞬。その持ち主がいきなり部屋に出現し、レイの後ろを取ったのも斯様に刹那のことであった。

「俺の妻と娘に物騒なモノを突き付けるのはやめてもらおう……」

 言い終わるや、その男の持つ柄から出ていた水柱はアイサに向かって瞬く間に伸長し、アイサの左耳付近をわずかにかすめた。同時にその水柱に触れた髪の毛、十数本が音もなく落ちて行った。

 ――髪が! 剣? 剣なのこれ!? え? なに!? 

 アイサの状態は、血の気が引くなんてものではなかった。

 カシャーン……

 アイサもレイも剣を手放した。いや、

 ――か、勝てない……いえ違う……ここから、生きて、出られない!

手の力が抜けてしまったのだ。持っていられなかったのだ。

 立っているのも不思議なくらいなのだ。風がそよっと吹いただけで崩れてしまいそうだ。失禁しててもおかしくない程に全身が脱力していた。

「遅いわね。念話送ってから何秒たったの?」

「すまん。言い訳だけど、あのオヤジときたら俺に仕事丸投げばっかで研究室に籠りっぱなしでさぁ」

 詫びと愚痴を零しながらその男は、まずレイの襟首を摘んで左に投げてから、妙な剣を納めつつ、アイサの横に近づいた。

 身動き一つ出来ないほど体が硬直したアイサは男に左肩をポンと押され、くちゃっと崩れる様にレイの隣に転げ落ちた。

「あ~……」

 乳を吸っていた赤子が小さく、か細い声を上げながら口を乳首から離した。

「ん? もうお腹いっぱいかな~」

 母親はまだ首が座りきらない赤子の頭をゆっくり自分の肩に預けて背中を優しくポンポンと刺激し始めた。

 やがて軽くげっぷを出した赤子を母親は腕の中に抱き直す。

「レン、お父様がいらしたわよ~。ごあいさつしましょ~」

「レン~、元気してるか~。あ、ダメだ。満腹になってお(ねむ)だよ」

 そうみたいね、と微笑みながら母親は赤子を、これまた笑顔満面の父親に託した。

 母親は出していた乳房を服の中にしまうと、テーブルの上の呼び鈴を静かにならした。

「お呼びでございますか、カリン様」

 侍女が戸の陰に隠れながら返事をした。入室は用向きを聞いてから判断するのだろうか?

「レンが寝てしまったわ。寝床に連れて行ってちょうだい」

 ははっ、と答えつつ侍女が入って来た。と、中にいる男を見て途端に背筋がシャキーン!

「こ、これはキジマ将軍閣下! ご機嫌麗しゅうございます! おいでだとは露知らずご無礼を」

 ――キジマ大将軍! 帝府ミカドを護る四天王の筆頭!

「いや、勝手にお邪魔して申し訳ない。レンの顔が見たくてね」

 通り一遍の挨拶をしながら将軍はレンを侍女に委ねた。慎重にレンを抱きかかえながら、同時に侍女はアイサたちを一瞥。

「こちらの方は?」

 侍女としては例の押し込み騒ぎに関係する不審者と想像するも、カリンらが何も言わないところを忖度し敢えて確かめている様子。

「うん、エスエリアのアマテラ系臣民の部下の子女でね。初めての転移で腰を抜かしたらしくて」

「然様でございますか……」

 侍女は今度はカリンの目をチラ見した。彼女の眼は「他言無用」を訴えていた。

「畏まりました。それでは……何か御用の際は何なりと……」

 侍女はレンを抱きかかえ、部屋を出て行った。

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