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レイ・アモン・クラーズ

 アイサもターゲンサンに入ってすでに3年弱。体制側はもちろん、各国の反政府組織の状況もある程度は頭に入っている。

 アマテラやアーゼナルでも、自分らの様に政府・行政に不満を持つ者は存在するわけだが、その勢力、活動はあまり大きくなく、その内容も大して聞こえてこない。諸外国ではターゲサンの方が有名だろう。

 それ故に組織名などは出て来ないが、上陸してすぐそちら側と接触できたとすれば幸運と言っていい。

 視界と腕の自由を奪われ、覚束ぬ足取りでしばらく歩かされるとアイサは急に目隠しを解かれた。次いで腕の縄も外される。

「素直に指示に従ってくれたことに礼を言おう。自分はこの同志の集まりガショーの頭を張ってる、名はタバシと言うものだ」

 ――ガショー? やっぱ聞いたことないや。

 そんなことを思いつつ周りを見るアイサ。連れて来られたところは柱も壁も木造の家屋の中だ。なにか、潮と埃とカビの匂いが混ざった変な臭いがする。

「ん? アビドさんはどこだい? なんであたいら三人だけなんだ?」

 そう言えばアビドの姿が見えない。他に誘導されたのか? でもなぜ彼だけ?

 アイサもミハル同様に疑問を持った。しかしすぐに、もしかして……と、見当は付き始めた。

「わかってるんじゃないか? お主らと彼は別の考えを持っていると思ったんだが?」

 タバシが若干口元に笑みを浮かべて言った。

「普通のもんなら、いきなり目隠しなぞされたら彼、アビドだったか? あの反応が定番だ。だがお主たちは抵抗しなかった。なぜ目隠しされるか、その理由を十分熟知している対応だった」

 無名とは言え組織の長となる人物だ。洞察力はそれなりにありそうだ。

「あれの意味を理解しているのは一般臣民ではない。こちら側か、あちら側か……」

 アイサとミハルはフォルドをチラ見した。対応をフォルドに委任、もしくは「話してもいいんじゃない?」とでも言いたげな目でもあった。

 それを受けてフォルドは、

「さすがだね、タバシ……さん?」

と、少々タバシを持ち上げ気味で話し始めた。

「信じてもらえるかわからんが、俺たちはシュナイザー帝国の現体制に異を唱える者の集団、ターゲサンに名を連ねている者だ。今回はある計画に基づいて、ブラッカス公国の同志たちと連携するために海路で向かっている最中だったのだ。運悪く船が難破してしまい、このありさまなのだがな」

 ターゲサンの名を聞き、ガショー側のメンバーから、とりわけ例の少年の口からも小さいながら感嘆の声が漏れ出た。その声に被せる形でタバシは、

「計画と言うのは、もしや帝国宮殿へのテロ攻撃失敗の件か?」

と、問い質した。

 フォルド他、アイサらの目に影が落ちる。あの事件は既に知らされていたか? 

 外国報道は各首都には門を通じてその日のうちに拡散するが、各国の地方に広まるにはそれなりに時間がかかる。だが計画実行日から半月はたっているので、ここいらに届いていても不思議はない。

「……そうだ。今までに無い、画期的な計画だったんだが……恥ずかしい話だが失敗に終わってしまった……」

 そう言いながら目線を落とすフォルド。アイサらにとっても、今思い出しても腑に落ちない、忌々しい顛末であった。

「そうか。で、これからはどうするつもりなのだ? このアマテラへは当初から寄港する予定だったようだが、やはりブラッカスを目指すつもりか?」

「そのつもりだ」

「しかし伝手はあるのか? もう一人のアビトとやらは海運に繋がりはあるだろうが、お前らの素性を知っているのか?」

 フォルドは首を振った。

「船を失った以上、そいつはシュナイザーへ帰るのではないか? だとするとお主らがブラッカスに行く段取りをしてくれるとも思えん。まさか自分は反体制の過激派だ、ブラッカスへの渡航を手伝え、などとも言えまい?」

 まあ、密航者だとは言ってあるから一縷の望みくらいはあるが……当てにはできない。

「あんたの洞察力を信用して言う、力を借りたい。今回の件は腑に落ちないところが多くてな。どうしてもブラッカスに赴き、どこまでが真実か見極めなくてはならんのだ」

 続いてフォルドは今回の計画の経緯を事細かく説明した。隠しごとは無し、少しでも言葉に詰まればガショーメンバーにいらぬ疑惑を持たせることにもなってしまう。

「……なるほど……それが本当なら引き返しても意味は無い、ブラッカスに行く以外の選択肢は無いな。よろしい、ガショーはお主らに協力しよう」

「おお……」

「明日にでもウチの伝手でアビトと一緒にミズシ港まで送ろう。そこでブラッカス行きの手はずを整えてやる」

「有り難い! なんと礼を言えばいいか……」

「ただし条件がある」

「条件?」

「ミズシへ行くのはフォルド、お主とアビト。そして女は一人だけだ」

「ど、どういうことだ」

「一人はここに残ってもらう。我らの保険だとでも思ってもらおうか」

 人質……か?

「……信用してくれないの?」

 アイサが不機嫌そうに問う。

「悪いが、これが巧妙に仕掛けられた軍の隠密による内偵とも考えねばならん。お主らが漂着した浜は過去に密偵が潜入に使った場所でもあってな。それで今回もあの様に警戒したのだ。それに事の顛末を伝えて今後を話し合うなら二人でも十分であろう?」

「…………」

「全てが終わるまでとは言わん。最短はお主がちゃんとブラッカスに向けて出発するのを確認するまでだ」

 フォルドは口を真一文字にし、鼻からフーッと大きく息を吹いた。目を閉じ、これから起こるであろうことを頭の中に羅列し、考えているのだろう。

「フォルドさん」

 アイサが声を掛ける。

「あたしが残るよ。彼らの気持ちもわかるし、今はとにかく今回の事の真相を明かさなきゃね」

「理屈はそうだ。しかし仮にもこの計画のリーダーとしてお前たちどちらかを見捨てるような真似は……」

「アイサ、あんた……」

「あたしは氷魔法。ブラッカス出身のミハルさんは現地の連絡と土地勘。今回の計画に抜擢されたのはそれが理由でしょ? ミハルさんの出番はこれからなんだよ?」

 フォルドの口は真一文字からへの字になった。若い女の犠牲で動くしか無い事には釈然としないが、意地を張ってる場合でも無い事もわかっている。

 そんな思いが彼の口をひん曲げさせた。

「是非もねぇ……タバシさん、あんたの言う通りにする。骨折りをお願いしたい」

 フォルドは頭を下げた。

 タバシも若干目を和らげながら、うんうんと頷いた。



 翌日。

 フォルドら三人を乗せた馬車はミズシ港へ向かって出発した。

 一人残ったアイサは女と言うことでアジト内に個室を貰い、しばらくはそこで寝起きすることになるようだ。

 半月ほどの間、海の上で揺られながらの生活だったので、久しぶりの陸での睡眠を堪能したのだが、フォルドたちを見送った後は何をやるわけでも無いので部屋で寝て過ごす。

 体の疲れも取れきれてないのか、午前中にも拘らず、すぐに眠りこけてしまった。

 目が覚めたのは、昨日自分たちに誰何(すいか)してきた少年がアイサの分の昼食をベッド前の台に置いた音が耳に響いた時だった。

「あ、起こし、ちゃった?」

 少年は申し訳なさそうに言った。

「ん、大丈夫よ。食事持って来てくれたの? ありがとう」

 アイサは気にすんなと言いたげに微笑んで、昼食が置かれた台に向いた。

 出された食事は米飯にスープ。野菜のピクルスっぽいのが小皿にもられていた。スープの具も野菜だらけで肉っ気が全くないところがアイサにはいささか物足りなかった。

 おまけにこのアジトにはスプーンもフォークも無く、箸だけで食わなければならなかった。

 アイサは箸を使ったことが無いので勝手が分からず昨日の昼夜、今日の朝食も刺し箸、握り箸で掻き込んでいた。

 ピクルス(漬物)は酸味が穏やかで米飯に良く合い、アイサは結構気に入っていた。しかしとにかく掴めない。

「箸、苦手?」

「え? ああ、使ったこと無いからね。うまく使えないんだ」

「……あのね、まず、一本だけ、持って。人差し指、と、中指の、二本。それと、親指で、押さえて」

「こ、こう?」

「そう。次、それで、上下に、動かす」

 少年はもう一本の箸で見本を見せる。

「親指で、軽く、押さえて。他の、二本で、動かす」

「こうかな?」

 カクカクとしながらも少年のやる通りに真似てみる。

「上手。で、もう、一本。親指の、根元、挟んで、薬指に、あてる」

 持っていた箸をアイサの指の間に差し込む少年。薬指部分をちょいと押さえながら、

「親指の、根元、と薬指で、押さえる。こっちの箸、動かさない。動かすの、上の箸、だけ」

と指導。

「う、う~んと……」

 やはりいきなりはうまく行かない。箸が手の中で浮いているようだ。

 それを見て少年は親指と薬指を軽く抑え、

「人差し指、中指だけ、動かして。あまり力、入れない」

そうアイサに促した。

 言われてアイサはゆっくり指を動かした。力むなと言われても自然に力が入り、ちょっと震えはしたが、箸の先端と先端がくっつく。

 少年はそのまま箸を漬物に近付ける。

「上へ、上げて」

 先を開けさせ漬物にあてる。

「下げて」

 上の箸をゆっくり下げ、漬物を挟む。ゆっくり手を上げられる。

「あ! 掴めた!」

「そのまま、口に」

 漬物が落ちないよう、手を添えながら少年がアイサの口に運ばせる。

「ほら、出来た」

 にっこり微笑む少年。アイサは漬物を噛みながら照れ笑い。

「今度、ごはんで。あまり力まない、のが、コツ」

「う、うん」

 次は米飯に挑戦。まずは一口分を掬い、挟み直してみる。

 ――力まずに、力まずに……

 箸を持ち上げる。米飯も上がる。力まずにとは言うもののやはり少しは力が入ってしまい震えてくる。

 ゆっくり口に近付けるが、最後は口を寄せてかぶりつく形になったが口に運ぶことには成功した。

「うん、上手、上手」

 ぱちぱちぱち、と拍手する少年。あどけない笑顔だ。

 結局この昼食は最後まで箸の使い方指南に終始した。

「ご馳走様~。やっぱまだ慣れないけど、最後の方は楽に使えたかな?」

「あまり、落とさな、かったね」

「先生が良かったかな? あ、君の名前なんての?」

「レイ。レイ・アモン・クラーズ」

「クラーズ? シュナイザーでよく聞く苗字ね?」

「父さん、シュナイザー国民。母さん、アマテラ国民」

「ああ、なるほど。あたしはアイサ・シュテルグ。生まれも育ちもシュナイザーよ」

「ターゲサン、なんだね」

「うん、そうだよ。そう言えば浜でも君、ターゲサンて口走ってたわね?」

「ターゲサン、有名。活躍、よく、聞こえる」

「そっかあ~。ちょっと照れるけど嬉しいな」

「まあ、俺たちが声を上げないで済む世の中が一番いいんだがな」

 入口から野太い声が聞こえた。

 アイサとレイが声のした入口に目を向けた。声の主はタバシだった。

「昼飯は終わったかな?」

「はい、片付け、します」

 レイは食べ終えたアイサの食器を引き下げ、部屋から出て行った。

「頭目が自分たちの存在を否定とか、ちょっと考えモノじゃない?」

 入口が閉じられるとアイサが皮肉と嘲笑を交えて言った。

「そう思った事は無いかな? とは言っても俺たちが納得する世の中になったところで、別の不満を言う連中が出て来るだけかもな……不満と言えば、食事はどうだ? シュナイザーの料理とはかなり違うとは思うが」

「肉が少ないのが物足りないけど、味付けは気に入ってるわよ? 箸の使い方が分からなかったから苦労してたけど、さっきレイが丁寧に教えてくれたわ。可愛い子ね」

「お主らターゲサンの話はこちらにもよく届いている。そのせいで憧れがあるのかもしれないな」

「あの子いくつ? 見たところ13~4歳くらいに見えるけど、そんな子供に槍持たせるほどガショーは人材不足?」

「人材不足なのは確かだが、あいつはあれでも17歳だ。立派に戦士だよ」

 自分より一つ下だけ? 童顔だな~とは思ったが、浜で自分らに見せた、あの眼の鋭さは確かにアイサも一目置くべきだとは感じていた。

「あいつは両親を魔獣に殺されてな。呆然としていたところを俺たちが拾ったんだ。元服前の子供(ガキ)を入れるのは抵抗があったが……」

「子供? そんなに長いの?」

「4年前だ。安寧計画による魔獣の暴走はアマテラでも散見された。両親は身を挺してあの子を守ったらしくてな。あいつをかまどに隠して魔獣どもを屋外に引き付けようとしたんだが……結果、レイは魔獣に無残に喰い散らかされる両親の姿をまともに直視する羽目になった」

 ――あたしと同じ?

「あいつの話し方がたどたどしいのはその時のショックによるものだ。最初はほとんど声が出なかったんだが、ようやくあれだけ喋れるようになった。時間を掛ければそのうち普通に話せるだろう」

「……」

「俺たちの中に居たせいか、親を守ってくれなかった国への恨みか。俺たちの活動に参加したがってな。今じゃ一人前の戦力ってわけさ」

「まいったな……」

「うん?」

「いや、あたしと原因がまるっきり同じでね」

「と言うことは、お主も両親を?」

「ええ、あと一日……いや半日でも早く役人が知らせてくれればあたしの親は助かったはずなんだ。聞けば計画は数年掛かりだっていうじゃない! それがなんで、たかが半日を縮められなかったのよ!」

「なるほど、同じだな」

「あたしやレイのように泣いてる人間がいるのに行政の役人や領主や貴族共は民から吸い上げた銭でいい思いしやがって、それでいて魔素の大異変から臣民を守った、世界に安寧をもたらした、なんて偉そうにほざいて、許せないわよ!」

「……それでターゲサンに入ったのか」

「その前に色々あったけどその通りよ。あたしはあの連中に一泡も二泡も噴かせてやりたいの」

「そうか……いや実はな……」

 タバシはフンと一息つくとアイサに些か厳しい視線を向けて、

「明日の夜、王城の宝物殿を襲撃して、貯蔵されている財を()(さら)うと言う計画が実行されるんだ。人質としてここに留まれと強制しておいて虫がいいんだが、お主も参加してもらえないだろうか? ターゲサンのメンバーなら戦力として申し分ない。一人でも多く人手が欲しい」

と、アイサに誘いをかけて来た。

 アイサは眉間にしわを寄せた。言う通り、マジで虫のいい話ではあると思う。

「人手が欲しくて人質……てわけでも無さそうね?」

「実を言うと他の連中も参加させて、それを高跳びの条件としようとも思った。だが今回の計画は目標が王城とあって失敗の確率も高い。他所の組織の者を巻き込んで最悪の事態になったら志を同じくする者として申し訳が立たんし、お主らの報告を待っている他の組織からも非難されるだろう」

「で、あたしに白羽の矢を?」

「一人は真っ当な航海士で戦力としては心もとない。残る三人の内、斥候(ものみ)の言によればお主は氷魔法であっという間に大量の魚を捕獲していたと聞いてな。お主が残ると言った時、誘ってみようと思ったわけだ」

「まあターゲサンでも魔力(それ)を見込まれて今回の計画に推されたからね」

「例えば、城壁に氷柱を出させて階段、若しくは足場にして乗り込むなんてことも期待したいところでな」

「それくらいなら、へでも無いわよ?」

「お? おお、そうか」

 実際に帝都の城壁から脱出した時はその手で壁の上から降りて行ったのだから。

 アイサちゃん、ちょいとドヤ顔。

「お主は自分らの一味ではない、強制は出来ん。しかし……」

「残ると監視役も必要だもんねぇ。人手、欲しいよねぇ」

「ま、まあな」

 意地悪く言うアイサ。しかし彼女は既に答えを出している。

「そうねぇ、思うところは同じみたいだしぃ。一応聞いておくけど、お宝狙うのも金儲けのためじゃ無いよね?」

「もちろん今後の活動資金の確保もあるが、出来るだけ換金して、国の保護が届かない寒村に配るつもりだ」

「乗った! 参加させてもらうよ! じゃあこれからその計画内容を聞かせてもらいたいわね」

「済まんが、それは夜まで待ってくれ。今晩、計画参加者全員で最後の合議をやるつもりなんだが、今は山菜取りや畑、魚の干物作りしてる連中が出払ってるんでな」

「え? まさか自給自足? スポンサーとかいないの?」

「シュナイザーではどうか知らんが、うちではそれで生計を立てながら活動してるんだ」

 以前、スペンスがアマテラの役人は賄賂を取らないクソ真面目な連中とは言っていたが、自分と同様の反体制組織も清貧を旨としているのだろうか? 

 スポンサーの意を酌まねばならない時もあるターゲンサンとしては見習うべきなのかもしれない。

 アイサは、ふと、そう思った。

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