墓前にて
もう冬の足音が聞こえてくる時節なのに、今日はここ最近になく日差しの強い日だった。
しかし乾いた西の風が心地よく、火照った肌を程よく冷やしてくれるので不快さは感じられなかった。木陰に入れば昼寝には持って来いだろう。
午前中は朝の光が届き、陽の強くなる日中は木々の陰となり、夕方には一日の終わりを告げる夕日が臨める……帝府内にある墓地はそんな演出が成されていた。
そんな墓地でアイサとレイはミハルの墓前に立っていた。
「スッキリしない顔だな?」
同伴していた良二がアイサに話しかけた。
「君たちの働きがあって俺たちはブラッドの乱を最小限の被害で食い止める事が出来た。シーナやエミーの救出も君たちのおかげだし、ニースの魔獣襲撃もやれる限りの備えが出来ていた。胸を張っていいと思うけど?」
「全部帝府の掌で踊っていただけよ」
「結果に不満かい?」
「戦争を防ぐ手助けができたのは素直に嬉しいわよ。エスエリアとブラッカス、ダロンとの手打ちも進んで、やがてここに他国の留学生が集って母国発展のための学習が始まる。でもブラッドは未だに逃亡中でいつ何をやらかすか分かったもんじゃない。それに……」
「それに?」
「なにより、ミハルさんが……」
「……ああ、痛恨の極みだ」
三人は墓標を見つめた。その奥にミハルの笑顔が浮かんでくる。
「これから隠密を放つたびにミハルの顔が浮かぶんだと思うよ」
「僕らやシオンさんの時もそうだった?」
「もちろんだよレイ。黒さんもな」
「カーオの繁華街であたしたちに付いてたのも……」
「そう、黒さんが自分から言い出したんだ。本来はシオンが引き続いて尾行するはずだったんだけどな」
「やっぱり」
「帝府だ人間界の守護者だとか言われているけど俺たちもまだまだヒヨッコさ。記憶覚醒のおかげでちょっと背伸び出来てるだけでね。すべてが試行錯誤の連続だよ」
「人間界最高位のお貴族様も、あたしたちの見えないところで苦労してんのね」
「まあな。だけどそれから逃げはしないよ。こんなミスはミハルで最初で最後にしなくちゃ。ミハルの命を賭しての教育だと俺は思うことにしてる」
「……ねぇ、こんな事聞いていいか戸惑うんだけど……」
「なんだい?」
「将軍たちのいた世界って、戦争ばかりだったって言ってたよね?」
「恥ずかしながらね。でもそれが?」
「ブラッドはそれが正しいんだって言ってたわ」
「……そうか。そう考えるか」
「人間が戦争するのは自然現象なんだって。当たり前の事なんだって……」
「そういう考え方、地球でもあったよ。黒さんとも時々話し合うんだ」
「なんて?」
「人間は同族同士で奪い合い殺し合う。山を崩したり動植物を追い出し自分たちにとって都合の良い環境を作り出し、他の生き物を絶滅に追いやる。こんなこと他の動物たちはやらない、人間は自然に反した異常な生態系なんだと言われたりしてたし俺もそう思っていた」
「いた?」
「黒さんは地球にいた頃から『比較できる対象がないだけで、知的生命体の生態としてはこれが普通なのかも?』と思う事があったそうだ。そしてアデスに召喚された。今……4年前は国家間戦争は無く人間同士は平和だった。だが魔素異変以前は地球と同じ戦争の歴史だった」
「裏付けられた?」
「そうだな。暗澹たる気持ちにはなった、って言ってたな」
「やっぱりそうなのかな……」
「君はどう思う?」
良二の問いにアイサは言葉を止めた。なんだか答えたくないのだ。
いや、答えはある、出ている。しかしそれを口に出すのが憚られてしまうのだ。その答えには論拠も何も無い、と言う事を自覚しているからだ。
「答えてくれないのかい?」
「だって、こんな答え……答えになってないって言うか……」
「レイはどうだい?」
「ぼ、僕? あ、いや……うまく答えられない、みたいな……」
「遠慮するこたぁ無ぇ。言っちまいな!」
不意に声を掛けられ、3人は一斉に振り向いた。
「黒さん」
誠一が花を携えてやってきていたのだ。
「おにいちゃ~ん!」
「あ、エミーちゃんも」
誠一はシーナとエミーも伴ってミハルの墓標に献花した。3人そろって手を合わせ、ミハルの冥福を祈る。
「言えよ。それ、多分正解だぞ?」
合掌から直ると誠一は再び催促した。
「あたしはその……答えは……」
「……」
「……」
良二も誠一もアイサとレイの答えを待っていた。やがてちょっと口ごもりながら、相次いで答えた。
「そんなの、イヤだ! よ……」
「僕も同じ……イヤだ、としか」
誠一はフッと笑うと、
「俺もそうだよ。そんなのが自然現象だなんて、イ ヤ だ! さ」
と答えた。
「俺もさ。科学的根拠とか論拠とか証拠とかそんなもんクソ喰らえで、イヤだ、だよ」
と、良二も同意見。
アイサとレイはちょっとポカンとした。
こんな感情だけの答えなぞ答えになってないと思っていたから。
「イヤだから戦争を止めるように動いた。それで止まった。これ以上の理由なんていらないだろ?」
「まあ、全てがヨシ! とはならなかったけどな。ミハルはもちろん、カタギを薬漬けにして銭稼ぎしてる悪党どもとは言え、ブラッドの屋敷で死んだヤクザはキメラにやられた奴含め20人を超える。10万人の一般臣民が死ぬより遥かにマシとは言え、これも小さな戦争だ。喜んでちゃいけねぇ」
「それも、イヤだ、の範疇だよね」
と良二。
「そっか……そうなんだよね。それでいいよね」
アイサの顔に笑みが浮かんできた。
マシャルに言われた戦争自然現象論。アイサにはそれを突き返す理由も反論も出せなかった。思いつかなかった。
だがそれでいいのだ。そんなのはイヤだ! それ以上の理由は不要なのだ。
戦争は見るのもやるのもイヤ。イヤだ、と言う以上の理由はいらない。そのために考え、調べ、行動する。
もちろんそれだけで解決できるほど事は単純ではない。
でも今はそれでいい、だって、
イ ヤ !
なんだから。
「さて、アイサ、レイ。君たちはこれからどうする? 俺たちとしては、こないだ話したように……」
良二がこれからの事に付いて切り出した。
戦争回避が成った今、これまでの共闘関係はご破算だ。
「行くところが無いのよね~。ガガラもエトラッコもニース防衛戦が終わった後、全員投降しちゃったし」
「まあ元々はテロを計画していたんだし無罪放免てわけにゃぁ、いかねぇわな」
「魔獣撃退や臣民の避難誘導などには大きく貢献したから減刑されて、重くても5年くらいの鉱山労働の刑くらいか?」
「僕もアマテラへは帰れないし……」
「カリンの旅券はずっと有効だぞ? その気になれば……」
「いや、その……」
「将軍、元帥」
「ん?」
アイサは良二と誠一に向き合い、一息ついて呼吸を整えると、
「あたしとレイ、あなたたちの誘いを受けるわ。帝府の特戦隊に入れてちょうだい」
自らの決意を伝えた。
「そうか、決心してくれたのか」
「ええ。今回の事件、まだ解決じゃないわ。主犯のブラッドは今もどこかで戦争勃発を画策してるんだもの、絶対に阻止しなきゃ! あいつを監獄にぶち込むまでこの事件は終わらない!」
「そうだな」
「それには帝府の身分と権限を利用するのが一番動き易いと判断したの。そんな志望理由でよければここに置いてちょうだい」
「お願いします!」
レイも続いた。
「おっけぇ~! 歓迎するよ~!」
「ミツキ皇后!」
声の主は美月だった。他にも、容子に史郎、フィリアやメアやシオンにメイドたち、カグラ、ハインツら特戦隊も銘々に花を持ってやってきた。
「もう! お参りするなら誘ってよ」
「水臭いですよ、リョウジさん?」
「ごめん、容子、フィリア」
やってきた面々はそれぞれにミハルに献花し、お参りした。
「ミハル、アイサとレイが仲間になったよ。あの二人も一緒に、あたしたちの事、ずっと見守っててね?」
美月の言葉に合わせて全員が合掌した。
直るとアイサ達に次々に声がかかる。
「やっぱり特戦隊ね。これからもよろしく、お二人さん?」
シオンがアイサとレイに握手を求めて手を差し出した。二人もそれに応えて手を握る。
「特戦過程の前に帝府軍で基礎訓練受けてもらうっすよ! あたしが直々に教官に付くから覚悟するっす!」
「お、お手柔らかに……」
メアの激励? にレイ君冷や汗タラーリ。
「お兄ちゃん、これから毎日遊べるね!」
ジョウやヒロコ、ミン、リンたちがレイに群がった。相変わらず子供たちにモテモテである。
「じゃあ、今晩は二人の歓迎会ね! ジュディ料理長と腕を振るって料理するから期待してよ!」
おお~! 全員から歓声が上がった。と盛り上がる帝府面々に、
「将軍! キジマ将軍ー!」
遠くでメイスが良二を呼んだ。
「奥様が、カリン様とレン様がお戻りになられましたー! お部屋でお待ちです!」
「え! 帰ってきたの!? 迎えに行くって言ったのに。うん、今すぐ行くよ!」
言い終わるや良二は走り出した。
「ちょ、待ってよ! あたしも行く! う~ん、レンちゃんの顔、久しぶり~!」
「行きましょう、ヨウコさん!」
「カリンママかえってきた~!」
「レンちゃん、レンちゃんだ~!」
一番小さい家族の帰還を歓迎しに、みんなが次々に駆け出していく。
ホント、みんな強い絆で繋がってるな~。アイサとレイは改めて感心した。
「みんな家族なんだね」
レイが微笑みながら言う。
「他人事みたいに言うな」
「元帥?」
「お前たちもこの帝府の一員なんだぞ?」
「……はい!」
レイは力強く返事した。これ以上は無い、満面の笑みで。
「さぁ~て。レンに赤ちゃんパワー貰いに行くか!」
「ホント、赤ちゃんてみているだけで元気くれますよね。私も二人目、考えちゃいそう」
「お? いくかい? いいのかい?」
「主様次第ですわ?」
「ママ~、パパー、早く行こうよ~!」
「おう!」
エミーに急かされてシーナと誠一も足早に官舎へ向かって行った。
「赤ちゃんか~。そういや最初にカリン様のところへ転がり込んだのが帝府との縁の始まりなのよねぇ」
「あれが無ければ今でも僕たち、不穏分子のまま迷ってたんだろうなぁ。ところで、あの時のカリン様との勝負って結局どうなったのかな? 僕たち勝ったのかな? 負けたのかな?」
「どっちでもいいわよ。あの時カリン様が旅券作ってくれなきゃ……そう言えば、今もあの旅券が生きてるならあたしたちって姉弟のままなのかしら?」
「帝府に入るなら新しく籍を作ってもいいって言ってたけど」
「そうねぇ。今は不都合無いけど、仕事に差し支えるなら変更もありよね」
「アイサ。アイサはその……」
「うん? なに?」
「僕の家名を名乗るのはイヤかな?」
「ん? どゆこと? 姉弟のままの方がいいってこと?」
「じゃなくてさ……」
「へ?」
「このまま、僕の家名名乗ってくれたらいいな……って……」
「はぁ? それってどういう……!」
「あ、イヤなら僕がアイサの家名を名乗っても……あ、ああ、いや、あの!」
――あたしの家名でもって…………え? まさ、か……………………ええええええ!
「ちょ、あんた、いきなり何言ってくれてんのよ! え、マジで? あれ、あれ? てか、あんたいつの間にスラスラ喋れるようになってんのよ! って、あ……」
――生きて行く理由が他に移れば期待できそうね。(アイラオ談)
「ちょーい! 他に生きてく理由って、えええ!」
「落ち着いて! ね、アイサ! 落ち着いてったら!」
二人の顔は、まだお天道様が真上であるにもかかわらず夕日を浴びたように真っ赤っかであった。
間もなく二人はミカドの承認により正式に帝府への入営が裁可された。
所属はシオン達のいる隠密、諜報や特殊工作を担当する特殊作戦隊、通称特戦。総員はアイサ達を含めて10名の精鋭たちだ。
3か月の基本訓練をメアの下できっちり仕込まれ、その後は特戦の専門訓練を受けつつ、農場で畑仕事を叩きこまれ、レイも厩舎で馬や牛、豚の世話を仕込まれ(従事する時間はそちらの方が圧倒的に長いが)、子供たちの遊び相手として翻弄され、日一日と帝府の一員として成長していき、半年弱の訓練期間を経て正規任務に就くようになった。
当面の目標は国際手配犯、マシャル・ブラッドの捕縛だ。
アイサもレイも、彼奴の情報を得るたびに6大国を股にかけてその真偽を探っていった。
彼奴が画策するであろう世界戦争を未然に阻止するために、今日も二人はアデスのどこかで奔走している事だろう。
その後、二人の名乗る家名がどうなったか? それはまたもう少し後の話。
終
三〇八です。
これをもって本作は完結です。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
まだまだ荒い出来ではありますが今回も何とか畳む事が出来ました。
で、前書きで記していた本作を書きたくなったきっかけになったシーンですけど、これ、第7部のカリンが授乳しているシーンなんですよね。その割に彼女の登場シーンはその辺りで終わりだったのですが()
前作キャラは出来るだけ表に出さず、現地の人を中心にと心がけてたのですが、結局無双させちゃいました。反省反省。
次作はまた異世界モノですが、全くの新作で執筆中です。この二作を踏み台に、もっと多くの人に少しでも楽しんでいただけるお話を描く事が出来れば……と鋭意努力中であります。
読んでいただいた方、評価下さった方、ありがとうございました。この場を借りて厚く御礼申し上げまして最後の言葉とさせていただきます。
それでは、また。




